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2  ターニング・ポイント

三話連続掲載の二話目です。

こんなこと書かなくたってちゃんと一話目から読めるシステムになっているのでしょうか?

テレビで運動神経悪い芸人なんてやっていますが、

世間知らなずぎ小説家(志望)の私です。


では、どうぞ。

「大丈夫ですか?」


 私はもう一度、確認してみた。

 モエコさんはその人を起こして髪についた砂を払ってやった。


「ああ、ありがとう。すまないがお嬢さん、これでミネラル・ウォーターを買ってきてはいただけませんか? そこに自動販売機があったでしょう」

「救急車とかは呼ばなくても大丈夫ですか?」

 とモエコさんは訊いた。

「ああ、ありがとう。大丈夫、それほどじゃない。十分も休めば、何ともなくなるから」

 モエコさんはお金を受け取って、自動販売機に走った。


 そこで幾分冷静になって初めて気が付いたのだけど、その人はおじいさんで、白髪の長髪で、髭も立派で、長いコートを着ていて、百八十くらいはありそうなしっかりとした体格で、どことなく外国人のような雰囲気だった。


 私はしばらく、そのおじいさんをじっと見ていた。


 周りを見渡したおじいさんは、すっと立ち上がった。

 立ち上がって大丈夫ですか?

  座って休んでいたほうがいいんじゃないですか?

  そう言った私に、にっこりと微笑んで、こう返してきた。


「あなたの歌は素晴らしい。心だって素晴らしい。話をしてまだ三分と経ってはいないけれど、私にはわかる。なぜなら、あなたには、私が見えているのでしょう?」

「え……、ええ、はい。……見えてはいますけど……」

「どういう意味かは、分からない」

 とおじいさんは微笑んだ。

「……はい」

「先ほどのお嬢さんには、見えるようにしました。私が。こうして話している間も、あなたが奇異の目で見られないように、私の姿が見えるようにしています。でも、私が見えたあなたには、それだけでもうわかるのです。ああ、才能があるのだ、と」

「才能……ですか?」

「はい。才能、です」


 包容力のある目と声だった。私は心が引き込まれるような錯覚をした。

 すると、おじいさんはすっと手を差し出した。

 私は躊躇わずに、その手を取った。

 何故だかは分からないけど、まるで吸い寄せられるように。

 考える前に体が動いたのだ。

 大きな手だった。

 要すると、私とおじいさんは握手をしたのだ。

 でも、ただの握手ではなかった。


 おじいさんの手と、おじいさんの手を握った私の手の接着面から、青白い光がほとばしったのだ。

 それは稲光のように一瞬だった。

 でもはっきりと見えた。

 気のせいでも、幻覚でも、何かのトリックでもない。

 たしかに光ったのだ、青白く。

 驚いている私を、おじいさんは微笑んで見ていた。


「今のは『鍵』です」

「え?」

「鍵。ドアや金庫なんかを開けるための、鍵です」

「……鍵、ですか……?」

「はい。もちろん、あなたには拒否権があります。でも一度、一度だけ『鍵』を使って、『ドア』を開けてみてください。このしわがれたじいさんが何を言っているのかは、まず間違いなく分からないでしょう。でも何のことかはその時に分かります。あなたはきっと受け入れる。あなただからこそ、きっと受け入れられる。だから私が見えたのです。私が見えたことこそが、その根拠になるのです。嫌なら拒否してください。でも、拒否なんてしないでください」

「……拒否したら、どうなるんですか?」

「大勢の人が、様々な不幸な目に遭います」

「責任重大ですね」

 私は逆に笑った。

「そうです。重いのです。でも、いや、だから、あなたにも確実に困難が押し寄せます。決して簡単で楽な道ではありません。それは申し訳ありませんが、断言できます。できてしまいます。それでも私は、あなたに『ドア』を開けてほしいと願うのです。これをお持ちください。ささやかなプレゼントです。きっと役に立ちますから。人に訊かれても内緒で通してください。珍しい物なので、スリに狙われないように。さあ、早く仕舞って」


 そう言って、私に紙に包まれた、見た目よりも重いそれを手渡した。

 私には分からないことだらけで、でも何をどう質問したらいいのかもわからなくて、言われるがままトートバッグに仕舞い、その後はただ黙って突っ立っていた。


「ああ、時間がない」


 おじいさんがつぶやいた。

 その意味を問う前に、モエコさんがミネラル・ウォーターを手に走ってきた。

 一大事だからだ、全力疾走ではないだろうけど、息を切らせていた。


「これでいいですか?」

「はい。ありがとう」

「顔色、だいぶ良くなってますね」

「はい。あなたたちのおかげです」


 ミネラル・ウォーターを受け取って、キャップを開けてゴクリゴクリと喉を鳴らした。


「うん。美味い。では、よろしくお願いしますね」


 おじいさんはわたしの目を真っ直ぐに見て、言った。

 モエコさんはきょとんとしていたけど、おじいさんはそれに対しての説明はせずに、歩いていった。

 おじいさんが遠くになってから、モエコさんが訊いてきた。


「お願いしますって、どういう意味? 何をお願いされたの?」

「それが、私にもよく分からないんです」


 実際、私も何が何だか分かってはいなかったのだから、分からないとしか言いようがなかったというのが事実だ。

 投げ銭を仕舞って、ギター・ケースにギターを仕舞った。

 モエコさんはこれからアルバイトなのだそうだ。

 大学で勉強をして、アルバイトをして、夢を叶えるために歌を歌って。時間がいくらあっても足りないだろう。


(私も大学生になったら、モエコさんみたいに苦労を苦労とも思わずにいられるのかな)


 眩しかったのは西に傾いた太陽だけではない。

 私は駅に向かった。

 家には五時になる前に着いた。


「ただいま」


 リビングからドタドタと足音が近づいて、見えなくても分かる、おじさんだ。


「どうだった?」

「楽しかった。拍手してくれた人がいっぱいいた」

「そうかあ」


 おじさんは安心したというように大きく息を吐いた。

 おばさんは


「疲れたでしょう。ご飯までゆっくり休んだらどう?」


 と優しい笑顔で言ってくれた。

 でも私は気が昂っていて休めそうにもなかった。

 だからおばさんには、うん、と肯きはしたけど音楽を聴こう、どのアルバムにしようかな?

 と考えながら階段を上った。


 自分の部屋の前まで行き、ドアノブを握った。

 おじいさんと握手をした左手で。

 ドアを開けて背負っていたギター・ケースを下ろし、触った感じは固くて石みたいなおじいさんからのプレゼントの入ったトートバッグを置いて、ドアを閉めて顔を上げた。

 そこは私の部屋ではなかった。


まだ始まったばかりですが、どうですか? 

続きを読んでみたくなっていらっしゃいますか?

みんな頑張っています。私も頑張っています。

よろしくお願いいたします。


では、また。


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