2 入学式を控えて
美優姫が魔法使いと呼んでいる、いまだ正体不明のおじいさん。
また出てきましたね。
では、どうぞ。
それは洋服だった。
それもこちらのではなく、あちら仕様のだ。
高校の入学式前の日曜に、私は午後から友達と遊ぶ約束をしていたので、そうだと確認したのは、午前の空いた時間にだ。
青と水色の中間みたいな色のワンピース。
膝上丈で可愛い。胸には刺繍で何かの紋章が描かれていて、何だか『冒険者』って感じだ。
私が吟遊詩人としてギルドに登録するのを応援するような意味にも受け取れる。
スカートがめくれても大丈夫なようにショートパンツもある。
靴は少し赤っぽい茶色のショートブーツ。
うん、悪くない。
イヤリングは、ちょっと違うけど雪の結晶みたいな形で、銀色に揺れている。
あのおじいさん、いいセンスしてるなあ。
この格好で街を歩いても、全然変じゃない。むしろ、可愛い。なのに私は
(せめてイヤリングだけでもしていこうかな)
とも思わなかった。
元あった通りにたたんで、机の上に置いた。
おじさんやおばさんに見られたら不味くはあるのだけど、おばさんもおじさんも人の部屋に無断で入る人じゃないので、隠さずに、そのままにしておいた。
五時過ぎに帰って来て、服はやっぱり出かける前と同じ状態であった。
遊ぶのに夢中過ぎて、シャンプーなどなどの詰め替え用ボトルを買うのを忘れていたことに、帰宅してから気付いた。
午前中に買いに行けばよかった。
がっかりだ。
我が家の晩ご飯は六時半前後始まりと決まっているのだけど、私が高校生になって、部活をやるだとか、アルバイトをするだとか、何か新しいアクションが起こった場合にどうするか?
を晩ご飯を食べながら話し合った。
いや、話し合いにはならなかった。
なぜか?
私が結論を言ったからだ。
「私、部活やらないで音楽活動したい。同じ理由でバイトもする気ない。前におじさんとおばさんが言ったよね。変に気を使うことはないって。バイトしてせめて食費くらいはうちに入れたいって思う気持ちもあるけど、おじさんもおばさんもそんなことしても喜ばないって知ってるから」
「うん。それがいい。やりたいことをやるのが一番だ」
とおじさんが言った。
「私も、気持ちだけで充分。気を使ってアルバイトさせて、それで美優姫ちゃんの夢を邪魔することになったら、おじさんもおばさんも悲しいわ。だからやりたいこと、思いっ切りやりなさい」
とおばさんが後押ししてくれた。
「あ、でも、平日にもストリート・ライブをやる許可は、欲しいかな」
「一応聞くけど、何時頃まで?」
「九時」
「駄目だ。ストリート・ライブは土日の昼間だけ。九時になんてなったら、酔っぱらいやら何やらかんやら、若い美優姫には危険がいっぱいだ。そこはおじさん、鬼になってでも許可しない」
「じゃあ、学校が終わってから晩ご飯の時間までの約二時間。六時までには帰ってくるから、それなら酔っぱらいの危険もないし、いいでしょ?」
「……う、いや……、いや、駄目だ。そもそもの約束では、土曜か日曜のどっちか、日中ってことだっただろ。まだ一か月も経ってないじゃないか」
「だから、よ。二回経験して、平日もありかなって、思ったの」
「いいや、駄目だ。鬼と言われようとも、おじさんは認めない」
「うえええん」
「嘘泣きしたって駄目なものは駄目」
「まあ、それもこれも美優姫ちゃんのためだものね」
「そんなあ、おばさんまで。ここは私の味方になってくれるところじゃないの?」
「うふふ。鬼の嫁もまた、鬼なのよ」
私はぶうたれたけど、笑った。
おじさんもおばさんも私のことを真剣に考えて、私のためを思って、言ってくれているのだ。
それがすごく嬉しかった。
食卓を囲んだ私たち三人が、笑顔で、幸せだった。
詰め替え用のボトルは、家にもあるかもしれないと気が付いたのだけど、それを聞いてどうして必要なの?
なんて訊かれたら答えようがない。
諦めて改めて買いに行こうと、寝る前に歯磨きをしながら考えた。
おやすみを言って、階段を上がって、ドアを開けた。
ドアを開ける時に
(もしかしたら)
と身構えるのは、もう癖になってしまっている。
そこは紛れもない私の部屋で、まあ、一安心だ。
よくよく考えたら、服を机の上に置きっぱなしにするのは褒められたことではない。
ないし、置きっぱなしにしてみたら案外と邪魔になった。
だからとりあえずはとクローゼットに仕舞おうとして、手を止めた。
高校の制服が、そこにあったのだ。
もちろん、私が仕舞っておいたのだから、あって当たり前だ。
だけど、感慨深いものがあった。
お父さんとお母さんが笑ってくれている気がした。
もう昔のように泣いたりはしない。
だからと言って平気なわけじゃない。
私は十五歳で、高校生になるのだ。
そこで、ふと思った。
おじいさんのプレゼント(もう私の中ではプレゼントになっている)の服、サイズ、合うのかな?
そう思うと、着てみたくて着てみたくて仕方がなくなった。
矢も楯もたまらず、私はパジャマを脱いだ。
あつらえたかのようにぴったりだった。
でもどうやって私の服のサイズを知ったんだ?
まさか……、と怖くなったのは一瞬。
姿見の前でポーズをとったりしてから、再びパジャマに着替え、そしてベッドに入った。
タオの羽を枕元に置いて。
美優姫はまだ十五歳。これからの高校生活に胸をときめかせる女の子なのです。
まだ、十五歳、なのです。
これからどんな冒険が待っているのか、それを経験して何を思うのか?
では、また。




