25 バトルアックスのシグマ
人の命を救いました。
消えるはずの命が、長らえたのです。
それは特筆すべきことだと思います。
では、どうぞ。
「我の子の命を救ってくれた若き淑女よ。名を教えてはもらえまいか」
「小鳥美優姫です」
「やはりか」
「え?」
どいう意味なの?
名前を聞いて『やはり』って……。
それは、つまりは、思った通りだって意味よね?
子どもの命を救ったのはやっぱり私かって、それ、どういう意味?
「混乱させてしまったな。詫びよう。そなたの疑問は、周りの人間の顔を見て、尋ねてみればわかるぞ」
言われるがまま見渡した。
みんな、驚きと困惑を足して二で割った顔をしていた。
「どうしたの?」
私は訊いた。
頑丈おじさんが答えた。
「嬢ちゃん、モンスターの言葉が、分かるのか? 今、あの虹色瑞鳥様は、モンスターの言葉で喋ったんだぞ」
「ミユキよ。つまりそなたは、我らモンスターの言葉を理解できるようになったということだ」
「えええ⁉」
青天の霹靂っていう言葉は、まさに今の私が、使うべきことわざだろう。
呆気にとられて、二の句が出なかった。
「ミユキよ。すまないが、我の中で暴れる『魔王の呪縛』も、鎮めてはもらえまいか」
「あ、はい。お安い御用です」
でもどうすればいいのかが分からなかったけど、また天使の梯子が、今度は私の上に降りてきた。
虹色の羽毛とともに。
私はそれを握った。
どうしてかは分からないけれど、そうするのがいいと、そうすべきだと、直感的に思ったのだ。
光は温かかった。
羽毛とともに天使の梯子が地面から空に、正確には虹色瑞鳥様に向かって消えていくと、また声がした。
今度はみんなに分かる人語で語りかけてきた。
「ふむ。我の中の『魔王の呪縛』も毒性を失くした。まこと、不思議な女性だ」
そこで言葉が途切れた。
でもそれは話を終わらせたわけでも、言葉に詰まったわけでもなく、何か深淵なことを思案しているという、そんな感じだった。
だから、私たちも待った。
話し出すのを。
そして、固唾を飲む私たちと一万を超える観客に、こう告げた。
「皆も見たであろうが、聞いたであろうが、魔王が復活した。我と子は逃れられたが、世界中のモンスターのほとんどが、その『魔王の呪縛』の力によって凶暴になり、人を襲うようにもなるだろう。今こそ、人が力を合わせ、立ち上がる時だ。百年前、人から勇者が現れ、魔王を倒した。だから、また勇者の出現を望む者もいるだろう。戦う力を持たない者も、悲しいが、いる。しかし、それぞれがそれぞれの戦い方で、魔王と戦えばいい。平和が訪れるその日まで。我はもう行く。人間が正しく生き、清い心で臨むなら、我もまた姿を現すかもしれない。その時まで、さらばだ。さあ、行こう」
「お待ちください、母様。私はこの者に勇気を見ました。光を見ました。魔王がこの世界を征服せんと言うのなら、私は人間とともに戦いたいと思います」
「……厳しい道になるぞ」
「覚悟の上です」
「……そうか。それならば、送り出そう。ただし、どうしても必要な時は、我を頼ってもよいのだぞ。それを忘れるな。愛しているぞ」
「私もです、母様」
「ミユキよ。我の名はタオファルジオ。そなたにこれを渡す。きっとそなたの力になってくれるだろう。受け取ってくれるか?」
「もちろんです」
光の粒を放ちながら、虹色瑞鳥のタオファルジオ様から、ゆらゆらと私が差し出した両手の上に、落ちてきた。
虹色の羽毛をかたどった飾りが五つ連なっていて、虹色に輝く、ネックレスだった。
私は首に回したチェーンをつけるのに手間取るタイプなのだったけれど、なんの苦も無くクラスプは収まった。
宝石なのか、魔力がこもったアイテムだからなのか、淡く光っていて、綺麗だ。
「我の子を、頼んだぞ。では、さらばだ」
だんだんと透明になっていって、最後にはタオファルジオ様は消えた。
残された私たちは、余韻で呆けていた。
その場にいた一万を超える人たちが、みな一様に呆けていたのだ。
一人、違う意味で沈黙していた鳥人間モンスターが、私に話しかけてきた、
「ミユキ。私の名はタオジオルガだ。断りもなく決めてしまったが、これからミユキに仕えさせていただきたいのだ。認めてくれるか?」
「いや、認めるも何も、仕えるって。私、そんな立派な人間じゃないし」
「断られることは想定していなかなったな。しかし私も見得を切って母様と別れた手前、はい、そうですかと引き下がるわけにもいかない。これはどうしたものか」
「嬢ちゃん、今度は何だって?」
私は説明した。
「ふうむ。そりゃ困ったな」
頑丈おじさんは宮廷魔術師さんの回復呪文を受けながら、考えた。
そして、ああ、と呟いた。
「なんかいいアイディアでも浮かんだの?」
「いや、鍛冶師大会の優勝が誰か、まだ決まっていなかったなと思い出してな」
たしかにその通りだけど、それ、今言うことじゃなくない?
「おお、たしかにそうだったな。いろいろあったが今は鍛冶師大会の真っ最中。優勝を決めぬままでは、何のために開いた大会か、分からなくなってしまう。決めよう。そして皆に問おう。この大会、優勝に相応しいのは、誰の造った武具だ?」
一人が言った「マグマさんだ」に呼応するように闘技場のあちこちから「マグマ、マグマ、マグマさん」の声があがり、それが一つになって、一万人を超える観客からの大合唱になった。
それを満足そうに聞いた王様は
「皆がこう言っている。私も同じ気持ちだ。十年ぶりの鍛冶師大会、優勝者は、バトルアックスの『シグマ』を造った鍛冶師、マグマだ。文句のつけようがない、非の打ち所がない見事な出来栄えだった。おめでとう、マグマよ」
声も高らかに褒めてしめた。
いい幕の降ろし方だ。
拍手の雨を受けて、頑丈おじさんは照れに照れていた。
無骨に見えるんだけど、可愛いところ満載なんだよな。
袖に控えていた騎士さんたちが(つまり王の護衛につけるのは一部の上級騎士さん、とでも言おうか、選ばれた騎士さんなのだ)モンスターの遺体と、父親大臣の遺体と、反乱をした人たちをどこかへと運んで行った。
下がる王様や私たちと入れ替わりにユニーク髭男が出ていって、またおちゃらけたことを言ってから、観客をはけさせた。
何かいろいろあったけど、最後は何とかいい感じで終わらせられた。
形だけ、上辺だけ、ではあるけれど。
私たち、つまり私と頑丈おじさんと運転おじさん、それにタオジオルガの四人は、王様の馬車に同乗させてもらうことになった。
行き先はお城だ。
でも、すんなりとはいかなかった。
町の人々が馬車に向かって、復活した魔王への恐怖を訴えかけてきたのだ。
声を大にして、涙をこぼさんばかりの顔で。
護衛の騎士さんたちが静まれと言っても、それは簡単に静まるものではなく、最後には王様が馬車から顔を出して話さざるを得ない事態になった。
それで一応の治まりは見せたけれど、『魔王の復活』という世界の存亡の危機に、人々は身を震わせた。
美優姫がなんでモンスターの言葉を理解できるようになったのか、
はっきりと書いたほうがいいですか?
書くまでもなく通じていますか?
では、また。




