24 人類の脅威
人の上に立つ人が一番重要視すべきことは何だと思いますか?
では、どうぞ。
「クリミネンの民がひどい仕打ちを受けていたこと、知らなかったのは私が愚かだったからだ。謝罪しよう。すまなかった」
「王……」
いかにも大臣が止めようとするのを、王が制止した。
王様は、頭を下げたのだ。
「セラネスは罪を犯した。だから罰を受けた。それでクリミネンが元の平和で活気のある街に戻るわけではない。クリミネンの民の心の傷が癒えるわけではない。しかし、命を落としたのだ。許してやってはくれまいか。そして私は約束する。クリミネンの復興のために尽力することを。セラネスの罪は、それに気づかなかった私の罪。私はこれから一年の間、ビニッシュ王国の王としてではなく、一人の民として、クリミネンの町で暮らす。そこで本当の意味で民の声を聴き、民の暮らしを知る。それを私の償いとさせてほしいのだが、どうだろうか?」
「王よ。それではこの国はどうなってしまうのですか?」
「お主がいるであろう。ドーマスよ。私の不在の間、妻や子どもたちを支え、妻や子どもたちと力を合わせ、国の政治を行ってくれ。頼りにしておるぞ。もしも困ったなら、クリミネンに来るといい。私とて国の政治をすべて丸投げする気はない。民と同じ暮らしをする王様、になるだけだ」
闘技場の観客席で、誰か一人が拍手をした。
それが呼び水となって、一万を超える人が王様へ拍手を送った。
その様子を、虹色瑞鳥様は見ていた。
聞いていた。
(今、少しだけ、笑った?)
見間違いかもしれない。
鳥である虹色瑞鳥様の嘴は、人間の口のようには動かない。
でも、とても優しい目で、微笑んだように見えたのだ。
「人間よ。王、だったな。お主の言葉に嘘がないことはよく分かった。ただ、まだ足りぬぞ。被害に遭ったモンスターへは、どのような罪滅ぼしをするつもりだ。我が満足する答えが返ってこぬならば、我はお主を殺すかもしれん」
「何よりも先に、頭を下げます。ほとんどのモンスターには人語は通じませんが、互いに心がある者同士、分かり合うことはできると思います。モンスターだって仲間とか、家族とかを思う気持ちがあるのですから、その可能性がないとは、私は思えないのです。食料が必要だと判断したら食料を、傷薬が必要になったならばポーションを、差し出しましょう。でも私がモンスターに残虐な行為をした人間を野放しにした愚かな王として、真っ先にすべきことは、謝罪だと、そう思うのです」
「うむ。我もモンスター。小男が死んだとてそれで丸く収まるとは思わない。しかし、お主が言ったことをこれからお主が、お主たちがし続けるのなら、この怒りも収めよう」
「ありがとうございます」
虹色瑞鳥様からの圧力が消えた。
体にのしかかる重さが無くなったと体感できたから、分かった。
王様は命の試験に合格したのだ。
だけど、これでハッピーエンドとは、ならなかった。
最初は見間違いかもと思ったのだけど、それは徐々に広がって、それから、本当に『あっ』という間に空を覆った。
黒い雲と、激しい雷だ。
ギギギギ、ガガガガという轟音とともに稲妻が黒い空に走った。
私たち人間は、この異常な出来事に恐怖したけど、虹色瑞鳥様と鳥人間モンスターは苦しみだした。
苦悶の声が漏れるほどに。
それが、人々の恐怖心に輪をかけた。
神に祈る人や、抱き合う親子や、泣き出す女性もいた。
その雲と雷の正体が、語りかけてきた。
「我は魔王。汝ら人間ごときに、我自ら語りかけてやろう。百年という時を経て、我は復活した。憎き勇者を名乗るあの者どもを血祭りにあげてやりたいが、人間という脆弱な生き物は百年は生きられない。この恨みを、そして怒りを、この世界から人間を抹殺することで晴らす。と言いたいところだが、それでは断末魔を聞く楽しみがなくなってしまう。だから我はこの世界を魔族によって支配する。人間どもは永劫に我ら魔族の奴隷だ。ハッハッハッハッハッハ。苦しめ、叫べ、恐怖しろ。それが我を愉快にさせる。さあ、世界のモンスターたちよ、その体に流れる魔族の血の望むままに、暴れるのだ。人間どもよ、血を流して踊るがよい。我を楽しませよ。我にひれ伏せ。ハッハッハッハッハッハ」
黒い雲と雷は幻のように消えた。
でも、虹色瑞鳥様と鳥人間モンスターは苦しそうなまんまだった。
特に鳥人間モンスターは、頭を抱えて唸っていた。
悪いことが、重なってしまう。
見ると、虹色瑞鳥様の青い目も、鳥人間モンスターの緑の目も、白目だったところが真っ黒になっていたのだ。
私は思わず口に手を当てた。
当てずにはいられなかった。
二人とも、何かから抵抗するように身を強張らせていた。
小刻みに震えていて、何だか可哀そうだった。
その時、鳥人間モンスターのほうから声が聞こえた。
鳥人間モンスターはこう言った。
「苦しい、苦しい、苦しい。自分が自分でなくなるようだ。誰か、助けてくれ。野蛮なモンスターになど、なりたくはない。誰か、誰か」
その声に、虹色瑞鳥様が答えた。
「朱色瑞鳥一族の血を、聖なる魔力を、体の中に巡らせなさい」
「もうしています。でも、駄目なのです。ああ、私は私でなくなってしまいます。母様、私は野蛮なモンスターに成り下がるくらいなら、死を選びます。どうか悲しまないでください。お許しを」
鳥人間モンスターは裏切った騎士さんが落としていた剣を拾って、自害しようとした。
「やめて」
私は叫んでいた。
走り出してもいた。
そんな私を鳥人間モンスターは一瞥して、でも首に剣を近づけて、死のうとした。
あと零コンマ何秒か遅れていたらと思うとぞっとする。
私は鳥人間モンスターを助けられた。
横から抱き付くように剣を持つ腕を抑えることができたのだ。
私は言った。
「死んじゃ駄目。あの、虹色瑞鳥様はお母さんなんでしょ? お母さんの前で子どもが死ぬなんて、そんな不幸なことないよ。死ななくたって、道はあるはずよ。死んじゃ駄目」
そして目を見た。
息を呑んだ。
鳥人間モンスターの目に、白目が戻っていたのだ。
「目……」
「……目?」
「戻ってる」
「……ああ、それよりも母様。不思議なことに、先ほどまであんなにも渦巻いていた『魔王の呪縛』が鎮まりました」
「それはその娘の力です」
「それはつまり……」
魔王の呪縛というのは何となく分かったけど、私の力とか、それで言葉を失うとか、意味が全然分からなかった。
でも、見ていた人たちはもっと意味がわかっていなかった。
「嬢ちゃん。一体誰と、そして何を喋ってるんだ?」
頑丈おじさんに言われて私はますます混乱した。
モンスターの中でも、位の高い、知性のあるモンスターは人間の言葉を話せるんじゃないの?
この鳥人間モンスターも例外じゃなくて、知性のある、朱色瑞鳥の一族だから、そしてたぶんその中でも位が高いから、人間の言葉で喋ってるんじゃないの?
まず頭で考えて筋立ててから、言葉にした。
けれど、どうやら違うようだった。
虹色瑞鳥様が、答えをくださった。
魔王。弱かったら話は広がらないのですけど、
どらくらいの強さにするか? それとも……なのか?
これから少しずつ明らかになるはずです。
では、また。




