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22  歌うたい

一番罪が深いのは誰か? 一番の被害者はだれか?


では、どうぞ。

 さすがに観客たちの大半も、ただならぬことが起こっていると気付く。

 大臣がモンスターを連れて王様を殺すと言っているのだから、当然だ。

 固唾を呑んではいるけど、逃げだす人は、まだいない。


 四者がそれぞれに敵と見定めた相手に向かっていきり立っている。


 最初に動いたのは、モンスターだ。

 灰色の岩石でできた体は岩石でできた筋肉の鎧をまとっていて、二メートル以上はありそうだ。

 丸太のように太い腕を怒りのままに振るい、頑丈おじさんに襲いかかった。

 頑丈おじさんは、その攻撃を、腕をクロスさせて、生身で受け止めた。

 私の体にも衝撃が伝わってくるくらいだ。


 でも、頑丈おじさんは何度殴られても反撃をしなかった。


「何でシグマで攻撃しないの?」

「おらあ、こいつに恨みはねえ。殺すなんて、できるか」

「皆の者よ、マグマに加勢せぬか」

「ご自分が置かれている状況を分かりもしない。あの愚か者を殺してしまえ」

「ゴアアアアアアア」

「俺が許せねえのは、あいつだ!」


 頑丈おじさんの目力だけで、父親大臣は後ずさる。


「さあ、早く、王を始末せよ」


 指示に従う騎士さんと魔術師さんたち。

 人数では王様の護衛のほうが、九人も多い。

 でも、父親大臣は、今の王様のお父さんの頃から大臣として仕えているらしい。

 派閥を持つ権力も、あると聞いた。


 王様の盾になって構える剣を、王様に向けた騎士さんが現れた。

 信じられない。

 王様の護衛の九人の中に、裏切り者が、隠れていたのだ。


「死んでください、王よ」


 剣先が王様に迫る。

 咄嗟のことに、護衛の誰も動けないでいる。


(王様が、死んじゃう)


 私は反射的に目を閉じ、数舜の後に開けた。


 シグマが裏切り者の胴に食い込んでいた。

 頑丈おじさんだ。

 でも、頑丈おじさんには、これで武器が何もなくなっちゃった。

 モンスターには、武器を持たない相手には攻撃しない、みたいな、これも武士道だろうか?

 そんな観念は、おそらくだけど、まず間違いなく、ない。


 父親大臣は、裏切った護衛たち(倒された騎士も含めて十二人中五人もいた)と七対七での乱戦を指揮していた。

 モンスターは頑丈おじさんの腕をへし折り、殴り潰さんとばかりに拳を振るい続けた。

 王様はおろおろして、頑丈おじさんは耐え続けた。

 そして、がくりと膝をついた。

 私は、また、ただ守られているだけだ。


(このまま殴り続けられたら、頑丈おじさんがいかに頑丈だっていっても、死んじゃう。王様の命だって、どう転ぶかは分からない。さっきも死にかけてたし。このモンスターだって、水晶みたいなのが額に吸い付くまでは、大人しかった。このモンスターこそ、正気を失ってるんじゃないの? 父親大臣の策略で。そしてそれを言い出したら、今、この場で正気でいる人って、一体何人いるの? みんながみんな憎み合って、暴力を振るって、殺そうとして。……でも私には戦うことなんてできない。普通の十五歳の女なんだ。……悔しい。悔しい。悔しい!)


 鼻がツンとした。

 その直後、はっと息を呑んだ。

 それは父親大臣の発言だった。


「魔術師よ。騎士を肉体強化の魔法で援護せよ」


 私の耳に、耳から心に、するっと入ってきた。


 騎士は剣で。

 魔術師は魔法で。

 なら、歌うたいの私は、『歌』で。


 私は叫んだ。


「皆さん、闘技場にお集りの皆さん。私の声は届いてますか?」


 怖かった。

 でも、腹から声を出した。

 風魔法が、まだ有効なら……。


「聞こえているなら返事をしてやってくれ」


 と言ったのは王様だった。

 レスポンスは、まるで地鳴りだった。


「ねえ、グマ爺さん。私、歌っていい?」

「もちろんだ。景気のいいやつを頼むぜ」

「ううん。私が今歌うべきなのは、平和を祈る歌よ」


 この歌は、私のオリジナルではない。

 夢想家なんて嗤われた、偉大なミュージシャンの曲だ。

 大好きな曲だ。

 ギター・ストラップを肩にかけて、チューニングを合わせた。


 気が付くと、戦いが止まっていた。

 みんな、こいつは何をしでかすんだ?

 って顔で私を見ていた。

 目の前で人がモンスターが命のやり取りをしていたこの場で、極限状態の私は、鳩が豆鉄砲を食ったようをされて、何だか可笑しくなった。

 さあ、歌おう。


 ちょっとオーバーして、三分五十五秒くらい。


 プロ契約をする前に、一万人を超えるオーディエンスの前で歌えた幸運の持ち主は、私くらいだ。

 たぶん。


 それはシーンという音が聞こえそうなくらいの静寂の後だった。

 闘技場は、中央の闘技場を囲むように観客席がある。

 一万人を超える観客の声が、空気を震わせる圧力となって、全方位から押し寄せてきたのだ。

 みんな、立ち上がっている。

 私の歌を聴いて、みんなが、立ち上がっている。


「すげえな、嬢ちゃん」

「ありがとう」


 私は、笑った。

 見ると、王様は泣いていた。

 いや、王様も、だった。

 観客の中にも、泣いている人はいた。

 騎士さんは剣をだらりと下げて、モンスターの赤く血走った目は、くりっとした黒目と、綺麗な白目とに、色を変えていた。


「皆の者、争いは、もう止めよう」


 王様だ。


「セラネスよ。お前の子を思う気持ちは分かる。だから私は謝ろう。すまなかった。この通りだ。だからビニッシュ王国の者がビニッシュ王国の者同士で殺しあうなんてことは、もう終わりにしよう。さあ、剣を鞘に仕舞って。皆が、セラネスもドーマスも、セラジェスも私も、国民の一人一人も、みんなが幸せになれる一番の方法を、話しあおうではないか。さあ、そうしよう」


 嘘偽りのない、王様の本心が、届いた。

 父親大臣以外のみんなに。

 父親大臣はもう、救えないほどの狂気に蝕まれていたのだ。


「煩い、煩い、煩い。さあ、何をしているモンスターよ。暴れよ。その気分を害す歌を歌った女を、殺してしまえ」

 モンスターの額の赤い水晶のようなものが、血のように赤く光った。

 ゴアアアと苦しそうに頭を抱えたモンスターは、頑丈おじさんを跳ね飛ばして、私に向かって拳を振り上げた。

 でも、その拳は私には届かなかった。


「馬鹿野郎が」


 頑丈おじさんが、跳ね飛ばされた先にあったシグマをモンスターに投げつけて、守ってくれたのだ。

 右の側頭部に深く食い込んだシグマによって大量の血が飛び散り、その血は私を青く染めた。

 モンスターの最後の呻き声は、ごめん、と言ったように聞こえた。


 その時、闘技場に、何かが重くのしかかった。

 辺りは暗くなり、空気はざらざらとしているような感覚が、私を襲った。

 たしかに辺りは暗くなったけど、太陽が消えたわけでも、魔法で太陽の届かない場所に移動させられたわけでもなかった。

 闘技場を覆って太陽を遮るほどの大きさの、綺麗な鳥が、上空に姿を現したのだ。


愚者は往々にしてああです。

え? どれかって?

それは……です。


では、また。

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