11 初めて見たもの
モンスターがいるこの世界で、モンスターではなく人間に命を狙われる……。
なんか含蓄がありますね。自分で言ったら駄目ですか?
では、どうぞ。
心臓の音がやけに煩かったけど、それ以外はどんな音も耳に入らなかった。
だから、山賊の口が動いたので何か言ったのだとは分かったのだけど、何を言ったのかは、当然、分からなかった。
さらに目に映るすべてが、ゆっくりだった。
一歩、また一歩と歩み寄る山賊しか目に移ってはいなかったのだけど、その山賊の動きがスローモーションで、ツボった。
「あはははははは」
私は笑った。
すると耳が聞こえるようになり、目も正常にものを捉えられるようになった。
笑われた山賊は、烈火のごとく怒った。
「てめえ、女」
武器を振りかざして、駆け寄ろうとした山賊の手下Aが目で捉えきれないスピードではじけ飛んだ。
「ハンマーはそんなふうに扱うもんじゃねえぜ」
頑丈おじさんだ。
宙で回転していたハンマーを見もせずに握って、肩に担いで、鋭い眼光で、ばっちりと決めた。
かっこいい!
山賊の手下Aは派手に転げ回って動かなくなった。
だが、五対一だ。
「卑怯よ。大勢で寄ってたかって。せめて一対一で戦ってよ」
「馬鹿か、お嬢ちゃん。俺たちゃ殺し屋。殺しに来てるんだ。卑怯も糞もねえ。死んだ人間は何にも言えねえしな」
すぐに運転おじさんの陰に隠れる私。
「そう、こいつらは殺し屋。つまりは金をもらって誰かを殺す、殺しのプロ。そういう連中に殺しを頼むのは、一体どんな奴なんだろうな」
頑丈おじさんが一歩近づくと、山賊だと思っていた殺し屋たちは一歩下がった。
「まあ、大体の見当はつくが、ていうより、一つしか思い浮かばねえが。さて、どうしたものか? 目には目を歯には歯を、殺しには、殺しを。でいいか? 命が惜しいなら、口を割ったほうがいいぜ」
余裕なのか、鼻で嗤う殺し屋のリーダー。
こっちは頑丈おじさん頼み。
でも、頑丈おじさんは五対一のこの状況で、ただの一つもビビってなんかいない。
名のある冒険者だったと言ったのは、三十おじさんだったか、金髪お姉さんだったか。
武器を構える殺し屋。
肩にハンマーを担いだ姿勢で、出方を伺う頑丈おじさん。
しばらく睨み合った後で、殺し屋は引いた。
(帰ってくれるの?)
と思ったけど、それは間違いだった。
何頭もの馬の蹄の音が近寄ってきて、まさかとは思ったけど、まさかのまさか、殺し屋は十人も増えて、十五人と戦力外一人になった。
「ご立派なこって」
背中しか見えてはいないけど、声色から、頑丈おじさんも少し困ったようだと判断できた。
そういう意味の嗤いだったのか。
憎らしくなった。
初めから好意なんて持ってはいなかったけど。
どうしても私たちを殺したいのか。
でも何で?
何の恨みがあってそんなひどいことをするの?
と思って、私もピンときた。
大臣の子どもの領主が、邪魔をしているんだ。
見たことがないから想像だけど、ちびでずんぐりむっくりでお金が大好きで四十歳くらいで、人望なんてまったくないのに権力を笠に着て威張り散らしている嫌な奴が嗤っているんだ!
一度モンスターの襲撃を受けて耐性ができたからなのか、武器を持った殺し屋に囲まれても気を失いはしなかった。
十五人対、実質一人。
私は見ている以外に何もできない。
悔しい。
でも、一番は、怖い。
目も耳も正常になったから、意識をしっかりと持てるようになったからはっきりと認識できている。
さっきから足ががくがくと震えて止まらないのだ。
唐突に、戦いは始まった。
仕掛けたのは頑丈おじさんのほうだ。
先手必勝というやつだ。
殺し屋たちは十五人がリーダーを後ろに二列になっていたのだけど、頑丈おじさんは獣のような唸り声をあげて、まず一番右の殺し屋にかかっていった。
頑丈おじさんがハンマーを上から叩きつけると、両手持ちの大きな剣は悲鳴のようにギャキンと砕けた。
そのままハンマーは殺し屋の頭を潰した。
私は人が殺されるところを、生まれて初めて、見た。
殺されたのは私たちを殺そうとした殺し屋だ。
死んでも仕方がない。
でも、殺したのは頑丈おじさんだ。
この世界では殺し殺されは珍しいことではないのだろう。
でも、頑丈おじさんが、頑丈おじさんが、殺したのだ、人を。
気が付いたら私はへたり込んでいた。
そんな私の目隠しをするために、運転おじさんは私のすぐ前にしゃがみ、私の耳を塞いだ。
ゆっくりと視線を向けると、優しく微笑んだ。
そうしている間も戦いは続き、誰かが誰かを殺した。
あるいは殺そうと武器を振るった。
どれくらいの時間、そうしていたのだろう。
パッと耳から手が離れた。
それでわずかに正気を取り戻した。
その数舜後に、また死の恐怖に襲われた。
殺し屋の一人が、右手で運転おじさんの首に、左手で私の顔の前に、剣を突きつけ、頑丈おじさんに何か言ったのだ。
頑丈おじさんの動きが止まった。
その周りには多くの死体が転がっていた。
立っていたのは向こうにリーダーと二人、それにこっちの一人だ。
十一人も殺したことになる。
十一人も……。
「何ていうじじいだ。ったく」
「ただで殺されてやるか、若いの」
「それがお前の最後の言葉だ」
腹から入った剣が、背中から突き出た。
リーダーのものだ。
続けて手下二人の剣も、頑丈おじさんを突き刺した。
あ、死んだ。
私は思った。
でも、頑丈おじさんは頑丈だった。
リーダーの手を掴んで動きを止めて、ハンマーで頭を吹っ飛ばした。
そして二人の手下に言い放った。
「お前らも殺してやる」
その場にいた全員の時間が止まった。
いや、一人だけ俊敏に動いた。
運転おじさんだ。
腰から下げていたナイフを、こっちの一人の首に突き刺したのだ。
リーダーがやられて、頑丈おじさんを恐れ戦いた殺し屋の手下二人は、馬に乗って逃げて行った。
私は気が抜けたのだけど、運転おじさんは頑丈おじさんに駆け寄った。
息を呑んで、私も頑丈おじさんの元へ。
「待っていてください。今、ポーションを取ってきます」
ポーション?
傷薬……だったはず。
何だ、あるんじゃん!
そりゃ、魔法がある世界なんだから、傷薬も、ないわけがないよね。
よかった、助かるんだ。
そんな楽観を、血で染まった頑丈おじさんの怒鳴り声がかき消した。
「待ってくれ、ポーションもいいが、ギターだ。ギターを頼む」
こんな時に、ギター?
私は思った。
馬車に向かって走り出した運転おじさんも、聞き間違いか確認するように振り返った。
「嬢ちゃん、歌だ。歌を歌ってくれ」
「そんな、今は歌ってる場合じゃないですよ。ポーションで、傷を治さないと」
そう言っている間にも、血は頑丈おじさんのお腹から背中へ、背中からお腹へと貫いたままの三本の剣先へと滴った。
「嬢ちゃん、ポーションてのはたしかに傷を治す薬だ。でも、これじゃあ意味がねえ。焼け石に水だ。この傷を治すのには、嬢ちゃんの歌、だ。何か、何でもいい、歌ってくれ」
よほど痛いのだろうか、それともたくさんの血が失われたからか、頑丈おじさんの顔が青くなっていた。
頑丈おじさん、死んじゃうのかな……。
私の血の気も引いた。
でも、まごついている暇はない、きっと、いや、絶対。
私も運転おじさんにギターを頼んだ。
それで頭にクエスチョン・マークを乗せたままの運転おじさんも、また走りだした。
クエスチョン・マークを少しちっちゃくして。
いくら頑丈でも、剣が体を貫通したら、人はほどなく、死ぬ。
よくよく考えれば当たり前だ。
いや、よくよく考えなくても当たり前だ。
そんなことが分からないくらい、私の頭は回らない状態だったのだ。
そして今、私の頭は回っている。
歌おう。
どんな歌がいいかなんて分からない。
知る由もない。
でも、頑丈おじさんが私の歌を欲するなら、もしかしたらそれをはなむけとして天国に旅立つのだとしても、私は歌わなくちゃいけないんじゃないのかな。
最後に私の歌を聴きたいって意味だったとしたならなおさら、それは力を持つ。
それに、この世界で私が歌うと、不思議なことが起こるという仮説もできようとしている、毎回だったか、そうじゃなかったかは、分からないけれど。
仮説を、定説に、しよう。
するんだ。
しなくちゃいけない。
運転おじさんが来て、私はギターを抱えた。
頑丈おじさんは、どさりと横に倒れた。
時間はないようだ。
人が人を殺すということは、異世界では頻繁にあることだとしても
日本で生まれ育った十五歳の美優姫にとっては違うのです。
当然、私にとっても、これをお読みいただいているすべての人にとっても、
違うのです。
事情があるとはいえ、頑丈おじさんは人を殺しました。
美優姫の心境は?
では、また。




