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10  クリミネンの外へ

美優姫は初めて町の外に出ます。

王都に向けて、どんな旅になるのでしょうか?


では、どうぞ。

 厳重に閉じられた門。

 昨日はあんなに簡単に十体ものモンスターの侵入を許したのに。


 王国騎士団の紋章が入った鎧を着た門番は、もっと失礼に、例えば嫌味の一つも吐きかけたりするかと思っていたのに、邪険な態度など取らずに通してくれた。


(悪い奴だけじゃないのかな?)


 横で、こりゃあ荒れるな、と頑丈おじさんがつぶやいた。

 その横顔は、苦笑いをしていた。

 荷台は幌に覆われていて空は見えないのに。

 かつては名のある冒険者だったらしい頑丈おじさんには、気温とか気圧とか湿度とかで天候が分かるのだろうか? 


 二頭の馬が引く馬車の手綱は、馬車屋のおじさんが引いていた。

 頑丈おじさんは町を離れて十分もしないうちにまた眠りだした。

 座って寄りかかる寝方だ。


 寝ている人がいるのにギターは弾けない。

 歌の練習もできない。

 私は眠くもない。

 要するに暇を持て余していた。

 だから、運転席(御者席と言うのだと後で教わった)のおじさんの後ろから首を伸ばして空を見た。


「どうかしましたか? お嬢さん。ここは珍しいですか?」


 馬車屋のおじさんは、還暦も近そうな、白髪で細身の男の人だった。


「はい。二日後の朝には王都に着かないといけないんですけど、間に合いますか?」

「充分に間に合いますよ。ところで、その荷物、楽器のように見えるのですけど、何という楽器ですか?」


 運転おじさんが一瞥した視線を釣られて追った先は、ギター・ケースだ。

 何だか嬉しくなった。


「あれはアコースティック・ギターっていいます。略してアコギです」

「アコ、ギ……、お嬢さんは吟遊詩人なのですか?」

「それがよく分からないんです。そうだと言えばそうだし、違うと言えば違うし」

「そうですか。でも、ギルドには所属しているのでしょう?」

「ギルド?」

「おや、ご存じない? ギルドとは、冒険者として生計を立てる者が、仕事をもらったりとか、ギルドに寄せられた依頼をこなしたりして報酬を得るための、まあ言わば案内所、です。ギルドに登録を済ませて、ギルドカードをもらって、それで初めて冒険者」


(要するにギルドは職安、ギルドカードは免許証みたいなものか)


「王都に行くなら、クリミネンよりもずっと立派なギルドがあるから、時間を見つけてマグマさんと行ってみたらいい」

「でも、ギルドに登録って、モンスターとか犯罪者とかと戦ったりしなくちゃいけないんじゃないんですか? 私、そういうのはちょっと、避けたいんですけど」

「いやいや、吟遊詩人は、そりゃあ戦う人もいるのはいますけど、例えば王様のお抱えになれば、舞踏会とか、誕生記念日とかに歌を歌って、後は高いお給金をもらって優雅に暮らす人も、いるんですよ。街中で歌って日銭を稼いだりとか。戦うだけがギルドではありません。まあ、そうなってくると『冒険者』とは言わないですけど」


 偏見、とまでは言わないだろうし、そういう表現は避けたいのだけど、ギルドや冒険者に対して持っていた危険な匂いは、かなり薄くなった。


 運転おじさんは、年も年だし、ベテランなのだろう。

 だから、お客を乗せて走る時の鉄板ネタも持っていて、商売だから、ではなく、客に退屈な思いをさせたくないから、と言った口調で話し出した。


「振り返ったらモンスターがもうすぐそばに来ていて、わたしゃ慌てましたよ」

「荷台のおばあさんがひっくり返って気絶して」

「そしたらうちの家内がフライパンでモンスターをぶっ倒してねえ。わたしゃもう家内と喧嘩をするの、止めようって思いましたよ」


 私は笑った。

 私が笑うと満足そうに運転おじさんも笑った。

 世界は平和だった。

 私はむせって水を飲みに荷台に戻った。

 運転おじさんにもと、コップを持って行くと、


「これから少し道が荒れるから、荷台で気をつけていたほうがいいですよ」


 と受け取った水を飲み干して、教えてくれた。

 言われた通りにしていると、馬車はガタガタと揺れ出した。

 運転おじさんの言った通りに。

 その状態でも頑丈おじさんはぐっすり夢の中だった。


 はじめての馬車は、揺れるとお尻が痛くなるので、野球のキャッチャーのような姿勢でいるのがいいという教訓をくれた。

 そんなこんなでお昼になり、私と運転おじさんだけでサンドイッチを食べた。

 頑丈おじさんはどれだけ起こしても起きなかったのだ。

 頑丈おじさんの分のサンドイッチを、いつ起きても食べられるようにと残しておき、また出発した。


「あ、またモンスター。あのモンスターは何て名前ですか?」

「ポイズンスネークです。あれはまだ子どもですね。大人になると二メートルくらいになりますよ」


 そう、町を離れてからこっち、もう十種類以上、五十体以上のモンスターを見てきたのだ。

 初めは怖かったけれど、向こうは何も襲ってくるわけではなかったし、距離もあったしで、一時間もしないうちに檻のない動物園の動物のようにモンスターを見た。


 そうして馬車は走り、だんだんと陽が暮れて、覚悟はしていたけど本当に野宿するのか……。

 私の希望を叶えるために、川べりに陣を取った。


「駄目です。起きません」


 川で水を汲んで焚火でお湯にして(そのままじゃ冷たすぎてとてもとても)髪を洗った私に、運転おじさんは首を横に振った。


「まあ、魔法かなんかで眠らされているならまだしも、本人の意思で、体が必要だからと眠っているわけですから、そのままにしておいてもいいんじゃないですか?」

「でも、朝から十時間ですよ」

「私、歌ってみましょうか? 今朝はそれで目を覚ましたんですよ」

「いや、目が覚めないまま、あの世行きだ」


 びくりと体を振るわせて振り返った。

 嗤っている男がいた。

 一人、二人、三人……六人も。


 一瞬、モンスターかとも思ったのだけど、完全な思い違いだ。

 人間の言葉を喋れるモンスターは、かなり上位の、ごく一部のモンスターしかいないって、昼間に教わっていたしね。


 六人の男たち……山賊か?

 この世界にならば、いてもおかしくはない。

 昔のことだけど、日本にも世界のどの国にもいたわけだし。


 前方には囲むように山賊。

 後ろは川。

 逃げ場はない。

 運転おじさんが私をかばって前に立ってくれたけれど、六人の山賊に勝てるとは思えない。

 悪いけれど。


 山賊は得意満面で、じりじりとにじり寄ってくる。

 よく見れば、手に剣やナイフやハンマーみたいなものなどなど、武器を持っている。

 その武器で今まで山賊家業をやってきたのだろう。

 ……つまり、旅人を襲って、こ・ろ・し・た・の・だ。

 ひいいいいいい。


 運転おじさんは気圧されて、一歩下がった。

 その背中に隠れる私。

 でも、相手が人間なら、交渉できる余地はあるんじゃないか?

 交渉できれば、助かるかもしれない。


「すみませんが、そちらの言う条件を、できる限り飲みますから、どうか命だけは」

「却下だ」


 取り付く島もなし。

 山賊は高笑いをした。

 いよいよだ。

 リーダーだと思われる男が、笛を吹いた。

 サッカーの審判が吹くような笛だ。

 それが何を意味するのかは分からない。

 でも、私にとっていい意味じゃないってことだけは、分かる。

 ああ、私、十五歳。

 まだ恋もしないまま、殺されてしまうのか。

 この異世界で。


意地の悪い輩が、ただで王都まで行かせてくれるわけはなかったようですね。

どうやってこの危機を乗り切るのでしょうか? 乞う、ご期待。


では、また。

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