第20話 盾と矛の誓い(血戦の果てに)
魔王城の城門を抜けた先、玉座へと続く巨大な昇降機の前に、最後の一人が立ち塞がっていた。
魔王軍最強の守護者、虐殺のガイル。漆黒の大盾を構えたその巨躯は、山のように動じず、周囲の空気を凍りつかせるほどの魔圧を放っていた。
「スターが道を拓いた。なら、俺がこの結界を……!」
イチカラが踏み込もうとした瞬間、ガイルが盾を地面に叩きつけ、禍々しい衝撃波が放たれる。
「――っ、させるかよッ!」
レオが二本の剣を交差させ、その衝撃を真っ向から斬り伏せた。
「イチカラ、ここは俺たちが引き受ける。お前は先へ行け!」
「何を言ってるんだレオ! 相手は魔王軍の守護者だぞ!」
「いいから行きなさいよ、イチカラ」
ルナが冷ややかに、しかし鋭い手つきで自身の剣を引き抜きながら言い放った。
「あんた、その背中の印は何のためにあると思ってるの? 立ち止まって私らにお守りされてる暇があるなら、とっとと行って『真の勇者』にでもなりなさいよ。……見ててイライラするわ」
「ルナ……」
「勘違いしないで。あんたが心配なんじゃなくて、あんたがここで死んだら私らの努力が全部無駄になるのが癪なだけ。……さっさと消えなさい!」
ルナの突き放すような言葉。だが、抜き放たれた彼女の剣先は、寸分狂わずガイルの急所を捉えている。レオも不敵に笑い、二本の剣を逆手に構え直した。
「……わかった。頼んだぞ、二人とも!」
イチカラは己の迷いを断ち切った。
「みんなの想い……全部乗せて、ぶち抜く! 食らえ! 『超光星ライトソード』!!」
全力で振り下ろされた一撃は、城の深部を覆う重厚な結界をガラス細工のように粉々に砕いた。その衝撃波だけで城全体が揺れる中、イチカラは闇に包まれた城内へと一気に駆け込んでいった。
「さて……邪魔者は消えたな」
ガイルが冷たく笑い、大盾を構え直す。
「勇者を逃がしたのは痛手だが、お前ら二人の首を持って主への詫びとしよう。……死ね」
ガイルが猛然と突進した。大盾を構えたままの体当たりは、直撃せずとも生じる圧力だけで城の巨大な石柱を粉々に粉砕し、厚い城壁に深い亀裂を走らせる。
「くっ……ああっ!」
回避が間に合わず、レオが盾の端で弾き飛ばされた。背後の石壁に激突し、肺から空気がすべて絞り出される。
「レオ!」
ルナが鋭い刺突を繰り出し、ガイルの注意を引こうとするが、ガイルは盾を動かすことさえせず、空いた左手のメイスを一閃させた。
「――っ!」
ルナは間一髪で剣の腹で受け止めたが、その重圧に腕の骨が軋む。ルナの体もまた、床を滑るように後退させられた。
「弱すぎるな。この程度の羽虫に、私の軍勢が抜かれたとは」
ガイルの追撃が始まる。盾を前面に押し出しながらの容赦ない圧殺。レオが立ち上がり、二刀で盾の隙間を狙うが、ガイルの盾は魔法的な硬度を誇り、火花を散らすだけで傷一つ付かない。
「邪魔だッ!」
ガイルが盾を振り回すと、逃げ場のない城内の壁が紙屑のように弾け飛び、凄まじい土煙が舞い上がる。その煙の中から、ガイルのメイスがレオの肩を砕かんと振り下ろされた。
「……ぐっ、あああああッ!」
レオは片方の剣を犠牲にしてそれを受け止めた。剣が中央から折れ、レオの肩から鮮血が噴き出す。
「死ね、虫ケラ」
とどめを刺そうとしたガイルの足首に、ルナの剣が突き立てられた。
「忘れて……ないわよ!」
ルナの渾身の魔力を込めた一撃。だが、ガイルは苦悶の声一つ漏らさず、ルナの顔面を蹴り飛ばした。
「はぁ……はぁ……」
レオは折れた剣を捨て、残った一本を両手で握り直す。ルナは口端から血を流しながら、ふらつく足取りで再び構えた。
二人の体はボロボロだった。だが、その瞳だけはまだ、絶望に染まっていない。
「ルナ……あれ、やるぞ」
「……ええ。しくじったら、承知しないから」
二人は同時に走り出した。
レオが正面から突っ込み、残された一本の剣で死に物狂いの連撃を放つ。ガイルの盾に防がれることを前提とした、捨て身の乱舞。
「無意味なことを!」
ガイルが盾を大きく突き出し、レオを押し潰そうとしたその瞬間――レオが自ら盾の裏側へと潜り込んだ。
「今だッ、ルナ!」
レオがガイルの太い腕を素手で掴み、固定する。
「ぬっ……放せ!」
「放すもんかよッ! こっちは命賭けてんだ!」
盾の裏。そこはガイルの唯一の死角。
ルナが流麗な身のこなしで宙を舞い、頭上から必殺の突きを放つ。
「聖光の閃、断ち切れ――『ホーリー・スラッシュ』!」
ガイルが驚愕に目を見開き、無理やり盾を翻そうとした。だが、レオが自身の体を重石にしてそれを阻止する。
盾の縁を強引に跳ね上げた隙間に、ルナの剣が、そしてレオの残った一本の剣が同時に吸い込まれた。
ガイルの兜の隙間、そして胸の核を、二人の執念が貫く。
「……信じられん。……ただの人間に、この私が……」
ガイルの巨躯が、周囲の壁を派手に崩しながら地響きを立てて崩れ落ちた。
静寂が訪れる戦場。
レオは激しく肩で息をし、剣を落とした。ルナもまた、震える手で乱れた髪をかき上げようとしたが、指先に力が入らない。
「……ふん、案外脆かったわね。……レオ、行こう。あいつに説教しに……」
「ああ、そうだな……」
二人はイチカラの消えた闇の奥へと一歩を踏み出した。
だが、その足が次の一歩を刻むことはなかった。
――ガクン、と。
レオの膝が折れ、続いてルナの体も、支えを失ったように崩れ落ちた。
全身の血管が焼き切れるような熱さと、意識を塗りつぶす泥のような疲労。最強の守護者を倒すために、彼らはすでに「生命」そのものを前借りして戦っていたのだ。
冷たい石畳の上、重なるように倒れた二人の指先は、かろうじてイチカラの向かった方角を指していた。
「……後は、任せたわよ……バカ勇者」
ルナの掠れた呟きを最後に、二人の意識は深い闇へと沈んでいった。




