第19話 再起の咆哮
魔王城へと続く黒土の道。そこは、もはや生者の歩む場所ではなかった。
イチカラは、背中に刻まれた勇者の印から溢れ出す力に振り回されるように、がむしゃらに剣を振るっていた。だが、その剣筋は焦りと怒りに曇り、鋭さを欠いている。
「……勇者よ、その程度の鈍い力で我が主の元へ辿り着けると思うたか」
城門の前に立ちはだかったのは、魔王軍幹部、虚無のゼノス。漆黒の鎧に身を包み、冷徹な双眸を光らせるその男は、一歩も動かずにイチカラを圧した。
「愛する女の命があと三日……。焦燥に駆られた剣など、私を掠めることもできん」
「黙れッ!」
イチカラは叫び、ゼノスへ突進した。だが、ゼノスの放つ漆黒の魔圧がイチカラの足を縛り、周囲を数千の魔物が埋め尽くす。
「終わりだ。絶望の中で死ぬがいい」
数千の爪と牙が、イチカラを寸断せんと迫る。
――その時だった。
戦場を揺るがすような凄まじい風圧とともに、一筋の巨大な斬撃が魔物の群れを一掃した。
「……情けねえな、イチカラ。いつまでそこで止まってやがる」
砂塵の中から現れたのは、身の丈ほどもある大剣を肩に担いだスターだった。
彼がそこに立つだけで、戦場の空気が一変する。圧倒的な強者の威圧感。イチカラにとって、常に遥か高みにいた「最強の先輩」の姿がそこにあった。
「スター……さん……。どうして」
「お前が俺に『アースの理想』なんて夢を見せたんだ。なら、俺はお前がその夢を叶えるのを見届ける義務がある」
スターは大剣を地につき、ゼノスを冷たく睨み据えた。
「ルナ、レオ! このひよっ子を連れて行け。……ここから先は、俺の仕事だ」
「でも、これだけの数は……いくらスターさんでも!」
イチカラの言葉を、スターは鼻で笑って遮った。
「俺を誰だと思ってやがる。……行け! シオンという女を救えるのは、勇者の印を刻んだお前だけだ。……アースが信じたお前の力を、俺に見せてみろ!」
その言葉は、命令であり、同時に最大の激励だった。
イチカラは唇を噛み締め、最強の先輩の背中に深く頭を下げた。
「……頼みます、スターさん!」
ルナとレオと共に、イチカラは城の奥へと駆け出す。
「……ほう、一人でこの軍勢を相手にしようというのか。傲慢だな、人間の勇者よ」
ゼノスが蔑むように告げるが、スターはただ不敵に笑い、大剣を引き抜いた。
「傲慢じゃねえ、これが『格の違い』ってやつだよ。……さあ、始めようぜ。俺を本気にさせたことを、地獄で後悔させてやる」
激戦は、もはや災害のようだった。
スターが剣を振るうたび、大地が裂け、魔物の軍勢が文字通り「蒸発」していく。
だが、魔王の瘴気を受けたゼノスの魔力も底知れない。スターの体にも傷が増え、鮮血が舞う。それでも、彼の足が一歩も下がることはなかった。
イチカラに「希望」という重荷を託された。なら、それを守り抜くのが最強である自分の役目だと、スターは確信していた。
数刻後。山のような魔物の死骸の真ん中で、スターは最後の一撃を放った。
「これが……俺とあいつが守る世界の重さだッ!」
渾身の唐竹割りが、ゼノスの漆黒の鎧を、そしてその存在ごと真っ二つに切り裂いた。
静寂が訪れる。
スターは大剣を杖代わりに、荒い息をつきながら立ち尽くしていた。
限界を越えた体に、意識が遠のいていく。だが、スターは不敵に口角を上げ、イチカラが向かった城の最上階を仰ぎ見た。
「……へっ。……とろとろしてると、俺が先に魔王を獲っちまうぞ。……さっさと行け、イチカラ」




