表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無能な勇者恋をする  作者: ぶーたん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/21

第18話 勇者の覚醒とシオンの祈り

アースの手記に記された真実が白日の下に晒され、悪徳貴族たちは投獄された。だが、一つの事件を解決した代償は、俺の体に重くのしかかっていた。

「……また、ここか」

 目覚めたのは、見慣れた教会の天井だった。無理がたたり、俺は再び休養を余儀なくされていた。


数日が過ぎ、ようやく体力が戻ってきた俺は、鈍った体を解そうと教会の裏庭へ散歩に出た。

 春の陽光が降り注ぐ生け垣の向こうから、賑やかな話し声が聞こえてくる。教会の聖女たちのようだ。聞き覚えのある話題に、俺は思わず足を止めた。


「ちょっとシオン、いい加減に勇者様とお話しなさいよ」

「そうよ。あのイチカラって子、アース様の事件を解決した英雄じゃない」

 シオン。その響きに心臓が跳ねる。あの金髪の彼女のことだろうか。

「でも……私……恥ずかしくて。あんなに真っ直ぐ見つめられたら、何を話せばいいか……」

 戸惑ったような、それでいて鈴を転がすような愛らしい声。

「好きなら好きって言いなよ。あの子、もうすぐ旅に出ちゃうかもしれないよ?」

「もう……分かりました。花を摘んできます、お供えの分を!」


慌ててその場を去る、金糸のような髪の残像。

 木陰に隠れていた俺は、顔が火を吹くほど赤くなるのを感じた。

(あの人の名前……シオンっていうのか……)

 初めて知った彼女の名前。そして、彼女が俺に対して抱いていた意外な本音。俺は舞い上がるような心地で、柄にもなく足取り軽く彼女の向かった花畑へと歩き出した。


だが、その幸福感は一瞬にして凍りついた。


突如として、空が毒々しい紫色に染まった。

 どろりと重く、吐き気を催すような圧迫感。魔王の瘴気だ。

「――っ、シオン!」

 嫌な予感がして走り出す。花畑の真ん中で、彼女が糸の切れた人形のように倒れ伏していた。


「シオン! しっかりしろ!」

 駆け寄り、彼女を抱き起こす。だが、その白い肌はすでに紫色の斑点に蝕まれ始めていた。

 教会の医師が駆けつけ、絶望的な診断を下す。

「勇者様の体であれば耐えられますが、一般の人では……この濃度の瘴気を浴びれば、三日と持ちません」


判明したのは、貴族たちのさらなる罪だった。彼らが魔王と取引していたのは、地位のためだけではない。魔王が王国を瘴気で包む際、自分たちだけが「保護」を受け、生き残るための契約だったのだ。盾となる貴族がいなくなった今、王国は魔王の直接的な脅威に晒されていた。


「俺が看病する。一秒だって、彼女のそばを離れない」

 俺は自分の療養など投げ打ち、不眠不休でシオンの看病に当たった。祈るように彼女の手を握り、自分の魔力を分け与えようと必死に抗う。


二日目の夜。かろうじて意識を取り戻したシオンが、微かな力で俺の手を握り返した。

「……イチカラ……様」

「喋るな、今、薬を持ってくるから」

「いいえ……聞いてください。私のことより……自分の体のことを、一番にしてください。あなたが……あなたがいないと、世界が平和にならないから……」

 シオンは弱々しく微笑むと、そのまま再び深い闇の中へと落ちていった。


「――シオンッ!!」


届かない叫び。自分の無力さへの絶望。

 だがその時、シオンの祈りが俺の魂の奥底に触れた。


背中が、焼けるように熱い。

 皮膚の下で何かが蠢き、激しい光を放つ。燃えるような熱量とともに、俺の全身に圧倒的な力が満ちていくのが分かった。

 鏡を見ずとも確信できた。俺の背には、真の勇者だけに現れる「聖印」が刻まれていた。


俺は部屋の隅に置かれた聖剣を手に取った。

 絶望は、もうない。あるのは、一刻も早く元凶を断つという、冷徹なまでの決意だけだ。


「待ってろシオン。……必ず、助ける」


イチカラは振り返ることなく教会を飛び出し、単身、瘴気の源である魔王城へと駆け出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ