最終話 無能な勇者恋をする
巨大な玉座の間の扉が、重低音を響かせて開かれた。
静寂に支配された広間の奥、禍々しい闇の衣を纏った男が、傲然と脚を組んで座っていた。彼こそがこの世の全ての絶望の源――魔王である。
「……辿り着いたか。だが、その背負ったモノの重さに潰されそうな顔をしているな」
魔王の低く響く声が、イチカラの鼓膜を震わせる。玉座の横には、砂時計のように刻一刻とシオンの命を削る瘴気の渦が渦巻いていた。
「スターは倒れ、ルナもレオも、もはや立ち上がる力はない。イチカラよ、全てを失ってなお我に抗うか? それとも、その無能な殻を捨て、我が配下として世界を統べる王の一人となるか。選ぶがよい、これが貴様に与える最後の慈悲だ」
イチカラは、一歩を踏み出した。その足取りに迷いはない。ボロボロになった聖剣を正しく構え、魔王の瞳を真っ向から射抜く。
「……選ぶ必要なんてない。お前なんかにシオンを……この世界を、くれてやるものか。これで最後だ、魔王ッ!」
イチカラの背中の印が、かつてないほどの黄金の光を放ち、広間を埋め尽くした。
宿命の死闘、そして絶望
「愚かな。ならば、その希望ごと塵に帰せ!」
魔王の手から放たれた漆黒の雷が、イチカラを襲う。イチカラは光の奔流となってそれを裂き、魔王の懐へと飛び込んだ。聖剣と、魔王が具現化させた闇の大鎌が激突し、その衝撃波だけで城の天井が崩落し始める。
「速いな。だが、重さが足りぬ!」
魔王の圧倒的な魔圧がイチカラを床に叩きつける。石畳が粉々に砕け、イチカラの口から鮮血が舞った。魔王は容赦なく、影の触手でイチカラの四肢を縛り上げ、空中に吊るし上げる。影がイチカラの肉体に食い込み、骨が軋む音が響く。
「う、ああっ……!」
激痛に意識が遠のく中、イチカラは必死に魔力を練り上げた。
(まだだ……まだ、終わらせない……!)
イチカラは自身の命そのものを魔力に変換し、聖剣に宿す。それは「超光星ライトソード」をも超越した、生命の輝きそのものだった。
「おおおおおッ!!」
その輝きで影の触手を焼き切り、イチカラは渾身の一撃を魔王へ振り下ろした。
だが。
「……フン。その程度の『命』で、我が闇を貫けると思うたか」
魔王は、ニタリと冷酷に笑った。
魔王が差し出した左手が、イチカラの放った「命の輝き」を、まるで蝋燭の火を消すように、易々と握りつぶしたのだ。
カラン、と。光を失った聖剣が、イチカラの手からこぼれ落ちた。
「……嘘だろ……」
最強の技さえも通じない。圧倒的な実力差。
魔王の大鎌が、イチカラの胸元へ迫る。
「無能は無能らしく、這いつくばって死ね」
大鎌がイチカラの体に深く食い込み、鮮血が床を濡らした。
意識が、深い闇へと沈んでいく。
(……ごめん、みんな。ごめん、シオン……。やっぱり、俺は……無能、だった……)
諦めかけた、その時だった。
『……イチカラ様……』
闇の奥から、愛しい声が聞こえた。
『……私のことより、自分の体のことを一番にしてください。あなたがいないと……』
その声に、イチカラの魂が震えた。
(……違う。俺は、俺のために戦ってるんじゃない。シオンを……みんなを、守るために……!)
次の瞬間、イチカラの体から、黄金の光とは異なる、透き通るような白い光が溢れ出した。傷ついた肉体を再生させ、魔王の瘴気を浄化していく。
「……何だと!? 貴様、死に体の筈が……!」
魔王が驚愕に目を見開く。イチカラは、ゆっくりと立ち上がった。その瞳には、魔王への怒りではなく、シオンへの、そして世界への深い「愛」が宿っていた。落ちた聖剣を手に取る。その剣は、白い光を纏い、もはや伝説の武器さえも凌駕する「真の勇者の剣」へと姿を変えていた。
「お前には、分からないだろうな。……誰かを愛する力が、どれほど強いものか」
イチカラの姿が、かき消えた。
「速……っ!」
魔王が鎌を構えるよりも早く、イチカラは魔王の懐へと入り込んでいた。
白い光を纏った一撃が、魔王の闇を、鎧を、そしてその存在を、音もなく切り裂いていく。
「……これが……『愛』……? 我が……敗れる……だと……」
魔王の体が光の粒子となって崩れていく。玉座の間を覆っていた禍々しい瘴気が、朝日を浴びた霧のように消え去っていった。
魔王の消滅と共に、世界を覆っていた紫の雲が晴れ、透き通るような青空が広がった。イチカラは崩壊する城の中で、真っ先にシオンの元へと駆け寄った。
「シオン……シオン!」
ゆっくりと、金糸の睫毛が震え、彼女の静謐な瞳がイチカラを捉えた。
「……イチカラ様……。……信じて、いました」
二人は崩れゆく城の瓦礫の中で、強く、二度と離さないように抱き合った。
数日後:祝福の鐘
ソノゴ王国の教会は、かつてないほどの歓喜に包まれていた。真っ白なタキシードに身を包んだイチカラは、緊張で少し震えながら、祭壇の前で「彼女」を待っていた。
扉が開き、純白のドレスに身を纏ったシオンが現れる。その美しさに、参列者からはため息が漏れた。
「よお、英雄。鼻の下が伸びてるぜ」
最前列には、包帯だらけの体で不敵に笑うスターと、その隣で「もう、無茶ばっかりして」と呆れながらも、誇らしげに夫を支える妻、サリナの姿があった。
「……ふん、せいぜい幸せになりなさいよ。あんたを勇者にしてあげたんだから」
ルナが腕を組んでそっぽを向くが、その目にはうっすらと涙が浮かんでいる。レオもまた、傷だらけの手で盛大に拍手を送っていた。
「おめでとう、イチカラ。シオンさんを泣かせたら、今度は俺が相手だぞ」
「あらあら、本当にお似合いね」
エルザも優しく二人を見守っている。
イチカラは、目の前に立ったシオンの手を取った。かつて「無能」と蔑まれた少年は、今、世界で一番大切な人を守り抜いた男としてここに立っている。
「シオン。……愛してる。一生、君を守るよ」
「はい……私も、あなたを愛しています。ずっと、お傍に」
二人は見つめ合い、ゆっくりと唇を重ねた。その瞬間、教会の鐘が鳴り響き、開け放たれた窓から春の風が吹き抜けた。
祝福の花びらが風に乗って宙を舞い、青空へと高く、高く昇っていく。
それは、アースが願い、仲間たちが繋ぎ、イチカラが掴み取った、「真の平和」の始まりを告げる光景だった。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
とことんギャク路線で行く予定が最後は王道系になってしまいました。
まあ、それもいいかなと思います。
また、別の作品でお会い出来たらと思います。




