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無能な勇者恋をする  作者: ぶーたん


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第13話 帰還と試練

崩壊した旧魔王城の玉座の間には、勝利の余韻というにはあまりにも騒がしい、いつもの「不協和音」が響いていた。


「……教官! わかりましたか、僕の真の実力が! あの鞭を素手で掴んで、サリナさんの剣でドーンですよ! 僕がいなきゃ、今頃教官はイザベラのおもちゃに……ぶべっ!?」


恩を着せようと鼻の下を伸ばしながら近づいたイチカラの顔面に、エリザの鋭いローキックが突き刺さった。

「どこ見てんのよ、このバカ弟子ッ!! 助けられたことには感謝してやるけど、その下卑た視線は万死に値するわ!」

ボロボロになった教官服を必死に手で押さえ、顔を真っ赤にするエリザ。その豊満なボディは鎖の跡でいっそう生々しく強調されており、イチカラは鼻血を噴き出しながら石畳に沈んだ。


「……結局これか。よくあんな煩悩だけで幹部を倒せたものだ」

スターが呆れたように大剣を背負い直す。レオとルナもボロボロになりながら立ち上がり、皮肉げな笑みを浮かべた。

「フッ、僕の美学がイチカラの泥臭い執念に助けられるとはね……。一生の不覚だよ」

「……まあ、いいじゃない。とりあえず、生きて帰れるんだから」


一行がソノヨン王国の門を潜った瞬間、地鳴りのような歓声が彼らを包み込んだ。

「スター様が帰られたぞ!」「魔王軍の幹部を倒したんだ!」

信じて待っていた兵士たちが整列して敬礼を送り、怯えていた国民たちが窓を開けて花弁を撒き散らす。灰色だった街が、一瞬にして歓喜の色に染まった。


その中心に、彼女はいた。

「……みんな、無事だったのね!」


サリナが、汚れも気にせず駆け寄ってくる。イチカラは「これだ! これを待っていたんだ!」と両手を広げて待ち構えた。

「サリナさん! 僕はやりましたよ! 貴女に貰ったこの剣で、愛の力で……!」

「イチカラさん、本当にありがとう!」

サリナはイチカラの手を握り……そのまま、力強く「肩」を叩いた。

「約束通り、特別な『手入れ』をしてあげるわ。はい、一、二、三!」

ドカ、ドカ、ドカ、と職人らしい力強い拳がイチカラの凝り固まった肩を叩く。


「……あ、あふぅ……。手入れって、本格的なマッサージのことだったんですね……。でも、サリナさんの温もりが……昇天しそう……」

イチカラが白目を剥いて恍惚の表情を浮かべたのも束の間。サリナはそのままスターの元へ歩み寄り、甲斐甲斐しく彼の顔の汚れを布で拭き始めた。

「スター、無理しすぎよ。怪我はない?」

「……ああ。サリナ、お前こそ無事だったか」

二人の間に流れる、部外者が立ち入れないほどに親密で、温かい空気。


(…………まただ。結局、僕はただの『頑張った人』で、スターは『サリナさんの特別』なんだ……!!)

イチカラの心は、勝利の熱も冷めやらぬうちに、再びマイナス百度の深淵へと叩き落とされた。


翌朝。傷を癒やした一行は、スターの案内で国境近くの「試練の森」を目指すことになった。エリザは負傷が深く、国に残って療養することに同意した。

「……イチカラ。スターから聞いたわ。あんたのアザはまだ『未完成』なんですってね」

エリザが、宿舎のベッドから鋭い視線を送る。

「この森の精霊の試練を突破すれば、アザは『逆三角形』の形へ変形し、正当な勇者の力を引き出せるようになる。……やってきなさい」


一行は深い霧に包まれた森の奥地へと足を踏み入れた。

スターに導かれ、たどり着いたのは不思議な光を放つ泉の広場。そこに、ポツンと一匹の生き物が座っていた。


手足が短く、丸顔で、耳がちょこんと垂れた……一見すると、ただの愛くるしい猫だった。

「……なんだよ。スター、こいつが精霊なのか? 冗談だろ、ただの猫じゃないか。ほら、よしよし。お兄さんと遊ぼう――」


バチィィィィィィィンッ!!!


イチカラが指を鳴らそうとした瞬間、曼知漢マンチカンの短い足が目にも止まらぬ速さでイチカラの顔面を蹴り飛ばした。

「ぶぎゃぁっ!?!? 鼻が、僕の鼻がぁぁ!」

イチカラは凄まじい衝撃で数メートル後方まで転がっていった。


「……申し訳ありません、曼知漢様! うちの無能が失礼な真似を!」

スターがすぐさま地に伏せ、必死に謝罪する。

曼知漢は「フン」と鼻を鳴らすと、短い足で自分の髭を整えながら、三人を値踏みするように見つめた。

「……今の勇者は、これほどまでに質が落ちたのか。特にその鼻血を流している下卑た顔の男。信念の『し』の字も感じられぬな」

曼知漢が口を開いた。その声は、見た目からは想像もできないほど重厚で、威厳に満ちていた。


「曼知漢様。彼らには、世界を救うためにアザの力を覚醒させる必要があります。どうか、試練を」

スターの懇願に、曼知漢は渋々ながら頷いた。

「……よかろう。だが、勇者の力とは単なる暴力ではない。自らの信念を、魂をどこまで貫けるか……。それができぬ者には、死こそが相応しい」


曼知漢の瞳が怪しく光る。

「上手くいくかは自分次第だ。……信念を持つ者こそ、真の勇者の力を手にするがよい」


霧がさらに深くなり、イチカラたちの周囲の景色が歪み始める。

それは、彼らの「心の闇」を暴く、過酷な試練の始まりだった。

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