第11話 潜入、旧魔王城! 獄炎の女王
第11話 潜入、旧魔王城! 獄炎の女王
ソノヨン王国の正門前。
灰色の空の下、不気味にそびえ立つ「旧魔王城」へと続く一本道を前に、スターを先頭とした一行が足を止めていた。
かつては平和な国の象徴であったはずのその城は、今や魔王軍の瘴気に包まれ、どろりとした闇を吐き出す巨大な怪物の顎のように見えた。
「スター様ッ!!」
不意に、詰め所に控えていた数人の兵士たちが駆け寄り、一斉に直立不動の姿勢で敬礼を送った。彼らの装備は数日間にわたる小競り合いで傷つき、顔には泥と疲労の色が色濃く刻まれている。しかし、その瞳だけは、スターという一人の少年に向けられる時、絶対的な敬意と、縋るような信頼の光を宿していた。
「……状況はどうだ」
スターが低く、だがよく通る声で問う。その立ち姿は、見た目こそ子供だが、歴代最強の勇者としての重圧を隠しきれていない。
「はっ! 城内からの魔力圧は増大し続けております。魔王軍の幹部を名乗る女が、捕らえた人間を使い、何か不吉な儀式を始めているとのこと……! 我々も、命に代えても突撃の準備を整えております!」
兵士たちの手には、折れかけた槍や、刃毀れした錆びた剣が握られている。スターは、一番近くにいた兵士の肩に、静かに手を置いた。
「……いい。ここからは、俺たち『勇者』で行く。お前ら兵士は後方で待機し、国民の守りを固めろ」
「しかし、スター様! 我々だけを置いて行くなど……!」
「これは命令だ。死に急ぐな。お前たちが守るべきは、この城の石ころじゃない。サリナたちが今も怯えながら待っている、あの街だろ?」
「スター様……」
兵士たちは言葉を失い、再び深く頭を下げた。スターは単なる「最強のガキ」ではない。この荒廃したソノヨン王国において、唯一の希望の象徴、精神的支柱なのだ。
「……かっこいいじゃない、スター。あんた、本当に勇者なのね」
ルナが感心したように、腰に差した愛剣の柄を握り直す。彼女は一族に伝わる剣技を受け継ぐ正統な剣士だ。杖などという軟弱なものは持たない。その鋭い眼光は、既に獲物を捉える剣士のそれだった。
一方、イチカラはサリナとの一件を根に持ち、唇をこれでもかと尖らせていた。
(……なによ、いい格好しちゃって。サリナさんの肩を抱いたくせに! 兵士に慕われてるからって、僕のほうがサリナさんを愛する気持ちは上なんだからな!)
そんな嫉妬と情けない覚悟を胸に抱きながら、一行はついに旧魔王城の重厚な門を潜った。
城内は、肌をじりじりと焼くような不自然な熱気に満ちていた。
「……来るわよ。この奥、とんでもない殺気が渦巻いてる」
ルナが鋭い視線で前方の扉を睨む。彼女の手は既に抜剣されており、サリナの店で研ぎ直したばかりの刃が、闇の中で凍てつくような銀光を放っている。隣では、レオが既に二本の愛剣を抜き放ち、いつになく真剣な表情を浮かべていた。
「フッ、どんな化け物が出てこようと、僕の華麗な剣技の引き立て役に過ぎないよ」
一行は螺旋階段を駆け上がり、最奥にある「玉座の間」の巨大な扉の前に辿り着いた。
スターがその扉を蹴破る。
「……ようやく届いたのかしら。新しい『玩具』たちが」
高らかに響く、冷徹で艶やかな笑い声。
広大な間の中心、かつての王が座っていた椅子に、傲慢な態度で足を組んで座っていたのは、漆黒のボンテージに身を包んだ妖艶な美女だった。
彼女の手には、生き物のように蠢き、鋭い棘で埋め尽くされた長い「鞭」が握られていた。
そして、その背後。イチカラの瞳が、最悪の光景を捉えた。
強力な魔力の鎖によって四肢を拘束され、宙に吊るされているのは、紛れもないエリザ教官だった。
「……教官!!」
イチカラの悲鳴のような絶叫に、エリザが力なく顔を上げた。
「……バカ、ね。来ちゃダメだって……言ったでしょ……!」
「あらあら、麗しい師弟愛ね。私は魔王軍幹部、獄炎の女王・イザベラ。この女教官、なかなか骨があったわ。私の鞭でじっくり『教育』してあげたら、今はほら、こんなに可愛く鳴くようになったのよ」
イザベラが指先で鞭を弾く。
シュパァァァン!!
空気が物理的に切り裂かれ、床の石材が一瞬で粉砕される。
「あんたたちのことも、一人ずつ丁寧に調教してあげる。特にそこの……一番弱そうで、情けない顔をした、アザのある坊や」
イザベラのサディスティックな視線がイチカラを射抜いた。
「ひ、ひぎぃっ!? な、なんで僕!? レオとかルナのほうが、剣も使えて調教しがいがあると思いませんか!?」
イチカラは震え上がり、ルナの背後に隠れようとした。だが、その時、腰に差したサリナに貰った白銀の剣が、鞘の中でドクン、ドクンと、熱く脈動した。
(……この剣、サリナさんが信じて託してくれたものだ。……それに、あのドSなお姉さんに負けたら、僕の人生、もっと悲惨なことになる!)
「……イチカラ。あのお姉さんに、何か言ってやりなさいよ! それとも、一生私の後ろで震えてるつもり!?」
剣士であるルナが、容赦なくイチカラの背中を蹴飛ばす。
イチカラはよろよろと、だが明確に一歩、前へと押し出された。
(……怖い。鞭、めちゃくちゃ怖い。でも……ここで逃げたら、教官を助けられないし、サリナさんに合わせる顔がない! 結婚……サリナさんと結婚しなきゃいけないんだ、僕はぁぁぁ!)
「い、イザベラさん……! その、鞭で打つのは……できれば、痛くない感じでお願いします! じゃなくて! 教官を今すぐ返せぇぇぇ!」
「ふふ、いいわ。その怯えた目、最高にそそるわ。あなたのその歪んだ欲望……私の鞭で、一本残らず綺麗に削ぎ落としてあげる!」
イザベラの鞭が紅蓮の炎を纏ってしなった。
旧魔王城を舞台に、ドSな女幹部と、不純な下心に突き動かされる無能勇者の、理不尽すぎる戦いの火蓋が今、切って落とされた。




