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無能な勇者恋をする  作者: ぶーたん


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第10話 鉄火場のセクシー・ダイナマイト

「うるせえ。サリナ。弁償なら後でしてやる。まずは……この勇者を殺してからだ」


スターの冷酷な宣言と共に、ソノヨン王国の灰色の空気が凍りついた。

イチカラの手の中にあるのは、瓦礫の中から拾い上げた、手入れもされていない錆びついた古剣。対するスターが構えるのは、一振りで石畳を砕き、天才剣士レオをゴミのように吹き飛ばした、山をも断たんとする巨大な魔剣だ。


「ま、待ってくれ! 話せばわかる! 僕は本当に、ただ通りがかっただけで……!」


イチカラの情けない命乞いなど、スターの耳には届かない。スターが一歩踏み出した瞬間、石畳が爆ぜた。

「死ね」

短く吐き捨てられた言葉と共に、巨大な刃が横一文字に薙がれる。


「ひぎゃぁぁぁぁぁ!」


イチカラはなりふり構わず地面を転がった。数秒前まで彼が立っていた場所には、サリナの店の看板だった巨大な鉄の板が、紙細工のように真っ二つになって転がっている。

スターの攻撃は、あまりにも重い。一撃一撃が地震のように地面を揺らし、その風圧だけでイチカラの皮膚がチリチリと焼けるような感覚に襲われる。


「避けてばかりか。それでも勇者か!」

「勝手に勇者にされただけだろ! 僕だってこんな生活、これっぽっちも望んでないんだよぉぉ!!」


イチカラの本音が爆発した。やりたくもない勇者を押し付けられ、教官には殴られ、仲間には見下され、今度は見知らぬ子供に命を狙われる。その理不尽さへの怒りが、恐怖を一時的に上回る。


スターの追撃。大剣が頭上から振り下ろされる。イチカラは咄嗟に拾った錆びた剣を両手で掲げた。

ガギィィィィィィン!!

耳を劈くような金属音が響き、イチカラの膝が地面にめり込む。重い。まるで城門を受け止めているような、理不尽なまでの質量。

錆びた剣の身から、ミシミシと不吉な音が漏れる。


「……あ、あぐぅ……腕が、腕が折れる……!」

「終わりだ」


スターがさらに力を込めようとしたその時、背後から鋭い怒号が飛んだ。


「いい加減にしなさいよ、この大馬鹿野郎ッ!!」


サリナだった。彼女は粉砕された店の瓦礫の上に立ち、煤だらけの顔を真っ赤にしてスターを指差していた。

「スター! あんた、自分が何をやってるかわかってんの!? 私の大事な店を、よくもここまで……! 弁償ですむと思ってんじゃないわよ!」


「どけ、サリナ。こいつら勇者は、この国を……俺たちを見捨てたゴミだ」

「だからって、今私を守ろうとしてる男を斬っていい理由になんてならないわよ!」


サリナの言葉に、イチカラの心臓がドクンと跳ねた。

守ろうとしている男。自分は今、このセクシーで逞しいサリナさんに、一人の男として認識されたのではないか。

その瞬間、イチカラの背中のアザが、恐怖ではない「別の熱」を帯び始める。


(……そうだ。ここで逃げたら、一生あのお姉さんに顔向けできない。あのお姉さんの、あの……汗ばんだシャツに包まれたあの……! あの幸せな場所を守れるのは、僕しかいないんだぁぁ!)


凄まじい下心が、イチカラの脳内を黄金色に染め上げた。

「うおおおおお! 手を、どけろぉぉぉぉ!!」


火事場の馬鹿力。イチカラはありったけの力を込め、スターの大剣を押し返した。

「……何!?」

驚愕に目を見開くスター。イチカラはそのまま、無我夢中で錆びた剣を振り回した。技術もクソもない。ただ、サリナにいいところを見せたいという一念のみが、剣に凄まじい回転を与えた。


失恋してないけど一閃ッ!!」


イチカラの放ったデタラメな一振りが、スターの大剣を弾き飛ばす。

「いける……! いけるぞ!」

一気に攻め立てるイチカラ。錆びた剣が熱を持ち、スターを追い詰めていく。サリナの声援が、イチカラの筋肉にアドレナリンを注ぎ込む。


だが、奇跡は長くは続かなかった。

パキィィィィン。

乾いた音と共に、イチカラの持っていた錆びた剣が、その根元から虚しく砕け散った。


「……あ」


手元に残ったのは、短い柄だけ。

スターの瞳に冷徹な光が戻る。大剣が、再びイチカラの首筋を狙って振り上げられた。

負ける。死ぬ。そう覚悟してイチカラが目を閉じたその瞬間。


「イチカラ! これを使いなさい!!」


サリナの叫びと共に、瓦礫の山から一振りの剣が投げ込まれた。

それは鞘すら持たない、剥き出しの白銀の剣だった。イチカラが空中でそれを掴んだ瞬間、視界が真っ白に染まる。


「な……なんだ、この力は……!」


剣から、温かくも力強い拍動が伝わってくる。まるで剣そのものが、イチカラの戦う理由――不純な下心までも肯定してくれているかのような、不思議な一体感。

その剣が放つ白銀の輝きは、曇天のソノヨン王国を昼間のように照らし出した。


「これなら……負ける気がしないぞぉぉぉ!」


光り輝く剣を振るうたび、スターの大剣が激しく火花を散らす。もはや防戦一方ではない。イチカラの放つ剣筋は、先ほどまでの無様なものとは打って変わって、鋭く、正確にスターを追い込んでいく。

圧倒的な力差が逆転しようとしていた。


「そこまでだッ!」


激突の寸前、横から飛び込んできた二つの影が、両者の剣を強引に引き剥がした。

「……レオ? ルナちゃん!?」


ボロボロになりながらも這い上がってきたレオと、表情を険しくしたルナが、イチカラとスターの間に割って入ったのだ。

「イチカラ、もういい。レオから聞いたわ……。この少年の正体を」


ルナが震える声で告げる。レオは忌々しげに大剣の少年を睨みつけ、吐き捨てた。

「……噂には聞いていたが。頬に逆三角形のアザを持つ、伝説の『子供勇者』。歴代勇者の中でも最強と謳われ、数年前に姿を消したはずの……スター・ライト。まさかこんな辺境の地に隠れ住んでいたとはな」


「……歴代勇者、最強……?」

イチカラは呆然とした。自分たちが憧れた「勇者学校」の教科書に載っていた英雄が、目の前の生意気なガキだったというのか。レオですら噂半分にしか聞いていなかった伝説の存在。年齢だって、見た目こそ子供だが、実際は自分たちより数歳は年上の先達なのだ。


スターは忌々しげに剣を収めると、重い口を開いた。

「……ソノヨン王国は今、死の淵にある。近くの旧魔王城に魔王の有力な幹部が居座り、連日のように戦争を仕掛けてきているんだ。……俺はこの国を守るために、各国の勇者たちに援軍を頼んだ。だがあいつらは、魔王軍が怖くて、あるいは利がないと言って、この国を見捨てやがった」


スターの瞳に憎悪が宿る。

「お前たちも、魔王軍が弱るのを待って漁夫の利を狙いに来たゴミ勇者だと思った。……だが、その錆びた剣でサリナを守ろうとしたお前の動きだけは、少し違ったようだな」


スターは自嘲気味に笑い、そして三人に頭を下げた。

「お願いだ……。この国を救うために、力を貸してくれ。昨日、兵士からの情報があった。……人間の女性が一人、魔王城へ連れ去られたと。おそらく、生贄か何かだろう」


その言葉に、三人の顔色が変わった。

「人間の女性……まさか、エリザ教官!?」

「急ぎ出発する。ぐずぐずしている暇はない」


スターの言葉に、レオとルナは即座に頷いた。

一方、イチカラだけは、隣で心配そうに見つめるサリナの姿を見て、鼻の下を伸ばしていた。

(……教官を助ければ、サリナさんへの最大のポイントアップになる! そしてこの国に平和が戻れば……!)


サリナはイチカラに歩み寄ると、彼が持つ白銀の剣を優しく撫でた。

「その剣はね、いつかこの国を本当に救ってくれる勇者が来た時のために、代々守ってきたものなの。……あんたに渡せて、本当によかったわ」

彼女は店の奥から、イチカラの体格にぴったりの、軽くて丈夫な革の防具を持ってきた。

「これ、持っていきなさい。……死ぬんじゃないわよ」


サリナの温かい手に触れ、イチカラのボルテージは最高潮に達した。彼はサリナの手を握りしめ、かつてないほど真剣な顔で(中身は下心100%だが)告げた。


「サリナさん! 僕は……僕は必ず帰ってきます! そしてこの戦いが終わったら……僕と結婚してください!」


ルナの呆れた溜息が聞こえる中、サリナは困ったように頬をかいた。

だが、その背後から、地獄のような冷たい声が飛んだ。


「バカか。イチカラ」


スターが、当然のような顔をしてサリナの肩に手を置いた。

「サリナは俺の女だ。プロポーズなら、俺を倒してからにしろ」


「…………えっ?」


イチカラの思考が停止した。

サリナは否定せず、ただ「まあ、そういうことだから。頑張ってね」と微笑んでいる。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 結局また人の女かよぉぉぉぉ!!」


絶叫するイチカラの首根っこを、ルナが力ずくで引きずっていく。

「いいから行くわよ、このバカ勇者! 教官が待ってるの!」


涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、ソノヨン王国を出発する一行。

愛すべき「便利屋」勇者イチカラ。彼のアザが次に輝くのは、教官を救う時か、あるいはまた別の誰かにフラれた時か。


魔王城の影が、地平線の向こうで不気味に揺れていた。

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