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勇気を出して

「皆はこっちを選んだのに、貴女はどうしてこっちをえらんだの?」


幼ない頃から飽きるほど聞いた言葉は、将来転じて呪いになる。

私の意見なんて、いつも間違った時にしか興味を持たれない。私の想いなんて、歪みを正す為にしか聞かれない

選択肢はいつも残酷なんだ、どちらを選んでも良いと口では言うのに、そこには明確な正解があった。

それでも私が間違いを選び続けられたのは、何度間違っても、何度失望しても、朝起きれば「おはよう」と言ってくれるお母さんが居たからだ。

……また会いたいな。



―――


 エルナは一旦落ち着いてなお、いつも通りの日常を過ごす気にはなれず、学院内を宛も無く彷徨っていた。

正直、もうここが何処かすらわからない。

金色の装飾と、光の反射で目が痛くなりそうな白い壁が、まるでエルナを罰するように、それこそ無限に続くかのようだった。


「……思い上がり」


エルナは今、自分を表すのにぴったりな言葉が不意に口から出た。

ヒロインはゲーム内の、あの『エルナ』なのだ。仮にヒルデが元の悪役令嬢でも、エルナが周囲に馴染めた保証など何処にも無い。


なのにエルナは、自分の物を奪われたようなそんな気持ちになった、まさに思い上がりだ。

「思えば自分はいつも何処か自分という人間を過信して、思い上がってばかりだった。こんな人間に友達などできるわけがない、最初から間違っていたんだ、もういっそ友達作りは諦めよう」、そん考えが頭の中を明滅する。


そもそも魔力の高さを認められて自分はここにいるのだ、何故贅沢にも友達まで作ろうとしていたんだ、学生の本分は勉強だ、偉大な魔法使いになるにはそれ以外の事にかまけている暇はないだろうと、エルナは自分に言い訳をする。結局彼女は家族に送る手紙から逃げようとしているのだ。


 ただそう思うと、エルナは少しだけ行動する気力を取り戻すことが出来た、ここが何処かは知らぬが、彷徨っていればきっと時間内に教室にたどり着くだろう。授業に遅刻することは防げるはずだ。

そうと決まればと、エルナは高級感のある床を先ほどよりも強く踏み締める。


余裕そうに振る舞って前を向くが、その余裕は次の瞬間砕け散る。廊下の曲がり角から、「ぅ、ぅぅ」首を締め付けたような鈍い呻き声がし、エルナは「ひゃっ!!」と情けなく驚いた。


この辺りはクラブ活動や臨時の授業で使う教室で、この時間に人が居る事はまず無い。クラブに入っていないエルナでもそれは知っている。

なら今の呻き声はなんだろうか、決して人間離れした悍ましいものではなかったが、正常な人間が放つ声でもない。まるで意識を無くしたゾンビの様だとエルナは思った。


エルナは自他共に認める臆病だが、今回は声の主を直接見る恐怖より、このままそれを正体不明にする方の恐怖の方が勝った。エルナは忍足で声のした廊下に近づき、「ぅっ」と先ほどの呻き声と近からずも遠からずな音を喉で鳴らしながら、角からチラリと顔をだす。


人が倒れていた。華奢で、エルナの物より華美だが、他の令嬢の物に比べたらシンプルなドレスを着た、アッシュブラウンの髪の少女だ。

エルナは驚きすぎてもはや声が出なかった。


「――――――!」


混乱が一周まわって冷静になっていたエルナは、何故こんな所に居て、こんな所に倒れているのか、そんな事ばかりに気が取られるが、ほどほどに焦りが出てきてから、一番にやるべき事をエルナは思い出す。


「あっ、あの、大丈夫?」


エルナはそーとっ相手の脈に触れる。動きは早く、どう考えても大丈夫では無い。更なる証拠として、呻き声は先ほどよりもどんどん小さくなっており、エルナの呼びかけに反応する気配もない。


「あっあっあっえっと、医務室に連れて行かないと」


エルナは自分の貧弱な肉体では、いくら華奢な少女でも持ち上げる事すら不可能だと思い、断念する。

そもそもエルナも迷子なのだ、人一人背負って知っている道を探すのは至難の業、ここで最適なのは、エルナ一人で医務室を探す事だろう、目の前の少女を置いて。


「あっ、あぅ」


エルナは躊躇った、少女を救えないかもしれないとか、もっといい方法があるんじゃないかとかそういう事では無く、ここでもし自分が医務室を見つけられなかったら、もし自分が戻るより早く別の助けが来たら、自分は倒れた少女を置き去りにして逃げたと思われるのではないかという、ほこり臭い保身によるものだ。


選択はエルナにとって一番苦手な事だ、それで失敗すれば全て選んだ自分の責任、決して覆せない。

エルナは自分の選択は全て間違っていると自負している。ここを離れれば置き去り、かといって行かなければ、倒れている少女を前にして何もしなかった人非人、どれを選んでも責任が付き纏うなら、いっその事何もせず、選びもしなければ労力は最小限、自分の中でだけは自分を悪者にせずにすむ、それが短い人生で培った彼女自身も自覚していない防衛本能だった。



しかし、人生の殆どをゲームと家の中で過ごした、生物として何もかも欠落している女の本能などタカが知れている。

フト、エルナの耳に、呻き声とは違う声が入る。

可憐な少女とも、気丈な大人の女性とも取れる、綺麗な声の主はもちろん、倒れている少女だった。


「おか、さん、おかあ、さん」

「お母さん?」


「お母さん」と、確かにエルナにはそう聞こえた。

エルナは自分の耳に何の自信も無く、もしかしたら空耳かもしれないが、それでも確かにそれは「お母さん」と聞こえたのだ。


「……あの、今医務室を探してきます、だから、待っていてください」

「うっ、ぅ」

「絶対、絶対戻ってきます」


エルナは立ち上り、少女から背を向けた走り出す。

医務室の場所はわからない、それでも走った、もはやマナーやら校則やらは気にせずに。

頭に血が昇った、という表現は適切ではないだろうが、今の彼女は全身に血が巡る様に、頭にまで血が昇った様に走っている。


知っている景色をとにかく探した、知っている壁や分かれ道を探してクラブ用の教室の群れから出なければ、一刻も早く少女の元に戻らなければ、きっと心細いだろうから、その気持ちを誰よりも知っているから、エルナはこの時だけは、ただ無心に目的地を探した。


そのせいか、目は冴えていても耳や鼻はいつもよりも鈍くなっていたのだろう。

スピードが出ている状態で曲がり角を曲がろうとして、前から足音がしている事に気づけなかった。

エルナの動きは鈍い音と鈍い痛みと共に停止した。


「痛っ!」

「!エルナ・ドート⁉︎」


それは少し聞き慣れた声、厳密にはかつてよく聞いた声で、今日も少しだけ聞いた声だった。


「こんな所で何を」

「えっと、あの」


ベリアン・コット、午前中の授業にてエルナの粗相に憤慨していた生徒であり、ゲームの登場人物でもある。


「いや、そもそも室内を走り回る事は」

「あっ、あの!」


痛みで冷静になったエルナは、逆に少し困惑気味なベリアンの目を見た。

魔法操術の授業での出来事に負い目が無いわけではないが、今は一刻を争う事態であるとエルナは強く思っており、なりふり構っていられる状態では無いのだ。

彼女はヒロイン『エルナ』ではない。



「助けてください!」


それでも、今は間違う事を怖がっている場合じゃない。

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