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信じてない人

「普通の風邪だね、ただ少し無理しすぎちゃってたみたい、命に別状は無いよ」


エルナは安心で肩を落とした

あの後、説明もそこそこにベリアンと来た道を戻り、倒れていた少女を医務室まで運んでもらった。

保険医のカーボン先生は慣れた手つきで少女を適切に寝かせ、二人に向き合う様に座り直す。


「ありがとうね、ただの風邪とはいえ、放置すると他の病気を呼んじゃうことも珍しくは無い、この時期は特に油断しがちになっちゃうから、二人も気をつけてね」

「人として、当然の事をしたまでです」

「……です」

「えらいねー、そんな二人にはそうだな、飴ちゃんをあげようか」


 学院内では原則、身分を問わず生徒は教師を目上の人物として扱い、教師もまた生徒を守るべき子供として扱うように決められているが、それにしてもカーボンは大分ラフな人物だった。


「いえ結構です、もうすぐ授業もありますから」


飴を入れている小さな小袋を漁る先生を、ベリアンが制止する。エルナも同調するように頭を縦に振った。


「そうかい?気をつけてね、本当に最近は風邪多いから」


先生はにっこりと笑い、二人に手を振る。エルナとベリアンも軽く頭を下げてから退出した。

ふとエルナはベッドに横たわる少女の方を見ると、呻き声は鳴り止み、まるで風邪なんて無かったんじゃないかと思うほど、穏やかな寝顔をしていた。


―――


「……」

「……(きまずい)」


 二人は医務室を出てから動く事なく無言だ。

エルナは、ベリアンの顔色を確認するのが怖くて頭を上げられずにいるが、ベリアンもまた彼女と居るこの空間が居心地悪くて仕方がない。

思い出すは午前中の授業、エルナは周囲の人間を危険に晒しそれを注意された側ではあるが、ベリアンもまた公衆の面前で一人の少女を糾弾した事に、かなりの負い目を感じており、その事をどう切り出そうかと逡巡していた。


 『東島かりん』の知るベリアンは、悪く言えばやり過ぎな奴だった。

規律を乱す者を見つければ、たとえ渡り廊下の先に居ようと追いかけて、それはそれは大声で叱責してくる。現代の貴族を嫌い、かつての責任感とプライドを持った貴族社会を取り戻すのだと躍起になる、まぁ良く言ってもクソ真面目な人物だ。故に学院内でもあまりよく思われておらず、家柄と、王子の親友の立場さえ無ければ、すぐに排斥されてしまうだろうと思うほど、彼は頭の硬い奴で、現実に居たらエルナが最も苦手とする人物だ。

 それが、今の彼は随分と利口な人間になっていた。


「エルナ・ドート」

「ひゃい!?」


 沈黙を破ったのはベリアンの方だった。

間抜けな声を上げながら顔を上げると、目の前に居たベリアンの表情はどこか穏やかで、怒気や叱咤の意はかけらも感じない。


「先程の授業でのこと、本当に申し訳なかった!」

「えっ、えっえっ!?」

「貴女の立場や面子を考えない、とても軽率な行為だった。あの場で、相応しい振る舞いが出来ていなかったのは私の方だ」

「えっ!?まっ!待ってください!あ、頭を上げて」


 面食らったエルナを更に困惑させる様に、ベリアンは勢いよく、それはもう教科書のお手本の様に綺麗に頭を下げていた。

エルナには彼に謝られる事をした記憶が無い。授業の事なら悪いのは調子に乗った自分なのだ。いくらエルナでも、この件で他人を責める気にはなれない。

ベリアンはゆっくりと姿勢を直す。誠意が伝わり切らない事にもどかしさを覚えたようで、ベリアンは微妙な顔をしていた。

困っていたのはエルナも同じで、受け取るわけにはいかない誠意をどう処理しようかと、足りぬ頭で考えても無駄だった。

ベリアンは少しの間固まっていたが、このままエルナに何も伝えられないは避けたかった。ただでさえ平民の娘が故郷を離れて、一人貴族の学校へ通う事になったのだ。心細かったろうし、味方の居ない今の環境では彼女は崩れてしまうのではないかと、ベリアンは考えた。

ベリアンは意を決して口を開く。


「貴女は、この学院をどう思う?」

「えっ、えっどうてっ、学院はここ以外知らなくて」


エルナからすればかなり唐突な質問で、混乱を更に引き起こした。今日は午前中だけで色々な事が起きており、エルナの脳はすでに情報の許容量を超えている。

そもそもエルナ、もとい東島かりんはまともに学校に通えて居ない子供だったので、前世も今世も学校への解像度は低い。善し悪しを判断できる立場じゃ無い。

そんなエルナを見て、ベリアンは少し呼吸を整えた。


「すまない、聴き方を変えよう」


「貴女は、ここの貴族をどう思う?」

「……?……!?」


あまりにも直球に変わった質問に、エルナは再び面くらった。

聴いてきた相手がベリアンで無ければ、エルナは逃げ出していただろう。少なくともベリアン含めたコット家がこんな些細な問答で平民を不敬罪にする事は無い。

彼らは元来、正しさに固執する質であり、それだけはエルナが知っている通りの人物像だった。

ベリアンは喉をモゴモゴさせ、いかにも緊張している様な雰囲気を漂わせている。この方法で誠意が伝わるか、実のところ彼に自信は無いのだ。


「私は少し違和感を覚えている、国を背負って立つ者の為の学舎は、今じゃそれぞれの家の権威をひけらかす場所と化した。本来操術の基礎なんて誰もが学び直すべき物を、選択授業にしているのは最たる例だ、今の貴族に、国を支える者としての器がある者は少ないだろう」


 ベリアンの口から、彼の身分によっては大分危ない発言がつらつらと飛び出していく。

情報を処理するのに必死なエルナは、彼の話を黙って聞いていた。


「私からすれば、彼らよりも貴女の存在と、この現状に価値を感じている」

「わわ私、ですか?」

「神の時代の再来は血を継いできた貴族では無く、平民の中に産まれた、私は貴女の様な存在がこれからも現れる、いや…もう既に居るのに見落とされている可能性すらあると考えている。身分ばかりを重視するやり方は、今後も多くの人材を逃す事になるだろう。事実、下級貴族出身のエスカー・デュロが宮廷魔術師になるまで、下級貴族は魔術の世界では軽視され続けていたからな」


自分でも話しすぎたと思ったのか、ベリアンは「その、だから」と、ぎこちない様子で唇を舐め水分を取り、姿勢をただそうとする。

ここまで来るとエルナは一瞬回って冷静だ。どこか繊細さすら感じさせ、慎重に相手に伝えようとする青年に、まだ誰かと分かり合う努力をしていた、前世幼少期の自分を思い起こさせたし、彼の語りにはエルナを否定したり、叱責する色が見えなかった。

よく知るベリアンとはまるで違うことに思う事はあるが、エルナは静かに彼の言葉を待つ。


「私は、貴女に期待していた」


これに近い言葉を、エルナは過去に聞いた事がある。まだ東島かりんとしてゲームをプレイしていた時、ベリアンが『エルナ』に言った言葉に似ていた。


『私は一切期待していない相手にここまで言わない』


 それは目の前の彼に比べれば素直ではなく、それでも内に秘めた気持ち自体は同じ物だ。

ベリアンという少年は心から、規律と均衡が平和に繋がると信じている。


「先の授業も、期待が先行して、貴女の事情もろくに考えなかった。本当に申し訳ない。間違って居たのは、私の方だ」


 しかし彼女はヒロイン『エルナ』では無い。結局のところ彼女自身が、誰よりも自分を信用していないのだ。

エルナにとってこの評価は買い被りも良いところ、目が曇っているとしか思えなかった。

辿れば前世の東島かりんの時から、彼女にとって失敗は咎められて然るべき、当人の価値が下がって然るべき悪徳だ。たとえ違う見方があっても失敗は失敗。ベリアンのようにそこから褒められる事など皆無であるべきなのだ。

エルナの表情から、ベリアンも彼女が納得出来ていないのは分かっただろう。


「買い被りだ、私に期待したって意味がない」と本当なら言いたかった。彼女は人の心を寄り添い救う奇跡のヒロインじゃない。ただここでそれを言う事はベリアンへの否定であり、エルナにとって、それは自分のような人間がやって良い事じゃないためできない事がだった。


「……あの」


ベリアンがまた再び言葉を紡ごうとした瞬間、午後の授業の予冷がなった。


「えっと、あの、授業があるので、失礼します!」


逃げ足だけはあるエルナは、そのまま踵を返して教室に向かう。

ベリアンは、もう自分の声も届かぬ所まで行ったエルナを見て、せめて彼女がこのまま才能を腐らせてしまわない事だけを願った。

自分のような頭の硬い人間が、人の可能性を否定するようなことをしたと本人は落ち込むが、誰よりも頭が硬く、己の可能性を誰よりも信じていないのは、エルナ自身である。


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