空回りな転生者⑤
「何か分からない所があれば、遠慮なく言ってください、少しミスしても誰も怒りませんから」
「あっ、はい!」
少し気合いの入ったエルナは、先程とは一変して自信ありげだった。
もちろんだがエルナは男性側を踊った事は無い、入学前の礼儀作法もあくまで最低限の物で、この様なシチュエーションは想定していなかったかた。
それでもエルナは先ほどから根拠のない自信に溢れていた。
―――
結果を言うと、この後エルナは五度ほどヒルデの足を踏み、一度の転倒を起こしたので、曲が終わる前にホールの端で座る羽目になった。
「本来男性側を踊ることは無いのですから、そう気を落とさずに、女性側は十分綺麗でしたよ」
ヒルデの慰める言葉がエルナの心をかえって傷ませた。先程まで自信満々だったのが恥ずかしく、エルナは顔を上げる事ができない。
分かってはいたのだ、運動音痴がいきなりした事のない事をやったって、できるわけが無い。一朝一夕でできるならヒルデはあそこまで褒め称えられなかっただろう。
どうして挑戦なんかしてしまったのだろうと、再びネガティブになっていると、エルナ達の前に数人の人影が現れる。
正確には、ヒルデの前にと言うべきだろう。
「ヒルデ様、私達とも踊って頂けませんか?」
エルナは気づいていなかったが、その令嬢はエルナを劣等生呼ばわりした少女だった。
まるで恋する乙女の様な表情をして、ヒルデにだけ目を合わせて話続ける。
「先ほどの踊り、とても優雅でした、是非とも私達にも教えていただきたくて……」
「お気持ちは嬉しいのだけれど、ごめんなさい今は―」
ヒルデが何か言おうとした瞬間、私の方が先に声がでた。
「あの!大丈夫、です、私は一人でも」
こんな言葉だけは流暢に話せる自分自身に、エルナは嫌気がさす。
ヒルデは心配気な顔をしながら、他の令嬢に連れられホールの中央に向かう。
エルナはフト他の令嬢を見る。ヒルデは男性側はあまり踊ることはないと言っていたが、他の女生徒達もヒルデほどではないにしろ、男性側のダンスもとても綺麗に踊っている。
ここでできないのはエルナだけだった。
この時間が終わるまで、ロゼット夫人が気を利かせてか単純に話したかったからか、最近流行りの紅茶や服飾の話してきたので、聞き流しながらエルナはこの度の授業を終えた。
「はぁい、皆様お上手でしたよぉ、ダンスパーティまでまだまだ時間はありますから、できなかった人はまた挑戦してみてくださぁい、声を掛けてくれたらぁ、手取り足取りお教えしまぁ〜す」
ロゼット夫人の号令を合図に、生徒は解散する。
もうお昼休みなので、生徒が向かうのは自ずと同じ方向だが、エルナは食欲を大幅に無くしていた。
食堂へ行く気も失せていたエルナの下に、彼女を呼び止める声が出て響いた。
「ドートさん」
声の主はヒルデ・ラングナーだった。
どうして彼女が?と、エルナは少し戸惑うが、ヒルデは優しいから自分にも気を使ってくれているのだろうと早合点する。
「ドートさん、先ほどの話で」
「あ、あの、靴、汚しちゃってごめんなさい」
「そんなこと……」
卑屈になるエルナに、ヒルデはあえて少し威圧的に、しかし相手を思う慈愛を感じさせながら話し出す。
「周りの評価など気にしなくていいのですよ、貴女は出来ない事でも挑戦しようとしたのです、それだけで、あの場に居た誰よりも立派だった」
「でも、失敗しました」
「何もしないより、よっぽど良い」
「貴方は頑張った」、その言葉にエルナは俯いていた顔を少し上げる。同い年で、自分よりも小さな少女が、何処までも頼もしそうだと思うと同時に、とても妬ましくて恥ずかしくて、なんで私はこうなれないのだろうと泣きそうになる。
それでも、頑張ったと言ってくれた彼女の言葉が、ただただ嬉しかった。
「あっ、あの、私」
「ヒルデ嬢」
何か気持ちを伝えたくて出た言葉が遮られた。
エルナの背後から聞こえてきた声に、ヒルデは反応して応えた。
「レディの会話に割り込むだなんて、無粋ですよ」
「あぁ、すまない、「婚約者の迎えに遅れるとは何事か」と、君のメイドに言われたばかりで、つい早く来てしまった」
「少し待っていてください、この方が、あれっ?」
声の主が来た時点で、否、声が聞こえたその瞬間にエルナはヒルデの後方に走っていた。
二人からは見えない曲がり角で、エルナは二人を見つめた。遠くにはヒルデの豊かな髪と映える、エルナの藁色とは似て非なる見事な金髪をした男性が立っていた。
バロッカ王国第一王子にして、公爵令嬢ヒルデ・ラングナーの婚約者、セラフ・アルビオン。
禍々しさを感じさせる黒い眼帯は、過去に母に横恋慕した相手に刻まれた物だが、それを打ち消すほどの勇敢さと慈愛に溢れた虹色の瞳はかつてのエルナ、「東島かりん」が恋焦がれた人物だ。
『君が特待生の、確か名前は、エルナ・ドートだね!』
『学院内で迷ったらいけないからね、僕が案内しよう、なに、これでも教えるのは得意なんだ、遠慮しないで』
エルナの頭の中に、十数年前の朧げな記憶が蘇る。
不器用だが優しい少女と、完璧に見えて不完全な少年が出会い結ばれる、そんな物語を自分にもなんて高望みしていたわけではない。『エルナ』の人生を自分の物だと思えたことも無い。
ただ、エルナは授業で置いて行かれた時も、課題をこなす時も、フト考えた事がある。
上級貴族はヒルデを筆頭にしっかりした者が多く、学院全体が彼ら彼女らを目指してまとまっているが、それ故に見下す対象が無条件に平民の自分に来たんじゃ無いか、自分にとっては甘ったれたボンボンがのさばっていた方が暮らしやすかったんじゃ無いかと。
もし自分が悪役令嬢に虐げられる被害者なら、誰かは助けてくれて、友達になってくれたんじゃ無いかと。
もしゲームの通りセラフに出会えていたら、道に迷わずに済んだんじゃ無いかと。
もしヒルデ・ラングナーが悪役だったらと。
そんな他責思考が頭の中を巡っては止まってまた動き出した。
本当はエルナも分かっている、全部自分がもっと出来る人間なら合わなかった災難なのだ、自分がもっと周囲に受け入れられる努力をすべきだったのだ。
それを学院に来るまでなんの努力もせず、人見知りを治そうともしない、自業自得じゃないか、他人の人生にタダ乗りする事しか考えていなかったのだから。
彼女はヒロイン『エルナ』ではない。
泣きそうな心を押し殺す為に、エルナはその場を走り去った。
自分に優しくしてくれた人が悪人だったら良かった、なんて願う自分の精神は、悪役令嬢よりも歪で、醜く曲がっていると、エルナはまた食欲が無くなった。
―――
困惑する婚約者を尻目に、フト目をやった遠くの曲がり角で、綺麗な藁色の髪がたなびいたのを彼は見つける。
『殿下は、どうして泣いているんですか?』
それは幼い頃、何度か夢の中で出会った、一人の少女の物によく似ていた。
エルナ・ドート
前世、東島かりん(とうじま かりん)
身長、165cm
容姿、藁色の長髪に錆色の瞳をした少女
装飾品、黒いリボンをカチューシャ風に結んでいる
好きな食べ物、ダンプリング
嫌いな食べ物、食べるのに勇気がいるやつ全般




