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空回りな転生者④


 真っ白なレッスンホールに、エルナも含む女子生徒が集まる。

礼法の授業はエルナにもとっては少し気が楽だった。礼法の先生、ロゼット夫人は気さくで明るい人であり、ちょっとのミスでは怒ったりせず教えてくれる、優しい母の様なひとだ。

独特な抑揚で話したり、いつも体をくねくねさせたユニークな人物でもあるが、それがエルナにとっては真面目さや居心地の悪い硬さから解放させてくれる感覚がして好きだった。

現実逃避な様な気もするが、繊細過ぎるエルナの心にはこの時点で休息が必要だった、が。


「はぁ〜い、今日は淑女の皆様を集めましてぇ、ダンスのレッスンをしまぁす」

「えっ?」


ダンスとなると話はべつだ。エルナは入学前に推薦人である宮廷魔術師に礼法を軽く学ばせられたが、その中でもダンスは大の苦手だった。


ほかの物は間違いなくうまく出来たとは口が裂けても言えないが、精密作業と運動が何より出来ないエルナにとっても姿勢やテーブルマナーの講義が、もはやただの茶番だと言い切れるほど、踊る事には自信が無い。


そもそも相手との距離の取り方を間違えてきた社交性の無い彼女に、社交ダンスは無茶だった。


「10月にはダンスパーティーもありますからねぇ、予行練習もかねて、皆様で踊りましょ♪」


そんなエルナの心中も知らず、ロゼット夫人はサッサと練習のペアを決めていく。


エルナは端に縮こまる様に立ち尽くし、ホールの角から角を分けも分からずキョロキョロしていた。


「あの、ドートさん?」


話しかけられたエルナは「はひっ!」と、情けない声を上げた。いっそ誰からも忘れられたら良いのにと願えど、現実は非情である。

エルナは恐る恐る、聞き覚えのある良く通った声のする方を向いた。


「貴女、エルナ・ドートね、同じクラスで特待生の」


豊かな黒髪に冬を思わせる肌、キツイ瞳に親しみやすい表情を浮かべ、まるで絵物語の姫君の様な少女が、エルナに手を差し伸べ立っていた。


「ヒルデ・ラングナーです、ドートさんとペアですよ」


ヒルデ・ラングナー、学院の華にしてエルナの混乱の種である。

彼女が悪役令嬢である事を除いても、学校の人気者とこういった授業でペアになる事は、一番近くで比べられるという一種の公開処刑になりうるため、出来れば避けたいポジションなのだ。


「はぁい皆さん、各々踊り始めてくださぁい、苦手なところが有ったら遠慮なく言ってね」


ロゼット夫人の合図を機に、皆踊り始める。

ヒルデも「行きましょうか」と笑顔で言い、エルナの手を取る。人の多いホール内でも、視線はやはりヒルデの気品溢れる姿に集まった。


「あ、あの、私」

「大丈夫ですよ、私は男性側もある程度は踊れますから、何も問題はありません」


エルナの不安を見透かす様に、ヒルデは微笑んだ。彼女の対応は先程までのエルナなら「人気者と仲良くなれるチャンスだ」と能天気に考えられただろうが、大勢の前で特大の失敗をした今のエルナには、もはやそんな余裕かけらも残っていない。


今にも逃げ出しそうなほど青白い顔をしたエルナをよそに、エルナよりも小さく女性らしい体格の少女が、エルナの手をとり、もう片方の手を腰にまわす。可憐な少女にしか見えないヒルデが、その時は立派な貴公子の様にも映った。


「大丈夫、私に合わせてください、背筋を伸ばして」


凛と背筋を伸ばし、自身に満ち溢れた顔で踊り出す。エルナも自然といつもよりシャンと立って、それに着いていく。

しかしそれはあまりに軽やかで、エルナは自分が宙に浮いている錯覚すら感じるほど、それは踊っているよ言うより操られている感覚に近かった。


「流石はヒルデ様、麗しいわ」

「まるで黒鳥の様、一曲ご一緒したい」

「なんであんな劣等生が彼女と踊れるの」

「先程の授業でも問題を起こしたそうじゃない」

「後見人の顔に泥を塗っている自覚はあるのかしら」


口々に言われる陰口に、エルナは熱を出した時の、思考が真っ白になる様な感覚に陥る。

目眩なのか、もう何も聞きたく無いという、心理的な防衛本能なのかは本人にも分からない。

青白い顔をしたエルナに対して、ヒルデは小さな声で話し始める。


「気にしなくていいんですよ、ちゃんと綺麗に踊れています」


優しい笑みを作り、まるで泣きそうな子供をあやす様な口調で、エルナを安心させようとする。

エルナは少しだけ恥ずかしくなった。失敗なんで飽きるほどしてきたはずだ、友達を作ると躍起になって失敗して、それで終わりでいいのか?と、エルナ自分に問いかける。


一曲終わり、まだ動きを確認する者がいる中、「次の曲まで休憩しましょう」と言ってホールの端まで向かおうとするヒルデの服の裾を、エルナは弱々しく引っ張る。


「?どうかなさいました?」

「あっ、あの」


正直、エルナはヒルデが苦手だった。

自分は「人見知りで不器用で何もできないエルナ」で、相手は「完璧で誰からも愛されるヒルデ」、ヒルデがあともう少しでもゲーム本編の様なわがままで頭の硬い人間で、学院での人望も今より無かったら、性格の悪い話だがエルナも少しは溜飲が下がっただろう。


優しかった『エルナ』は自分の様な冴えない人間に人生を乗っ取られて、傲慢な『ヒルデ』には才色兼備で優しい人が乗り移り、まるで『エルナ』の代わりを務める様に、否、利用するためでは無い、純粋な畏怖と尊敬を集める彼女はもはやヒロイン『エルナ』より優れている様にさえ見える。なんて理不尽なのだろうとエルナはヒルデを見て思う。


けれど実際にこのヒルデの優しさを享受して、エルナは彼女をどれだけ色眼鏡でしか見ていなかったかを痛感した。

その優しさにすぐ近づく事はできずとも、ここで何もしないのは恥に等しいと、エルナは考えた。


「つ、次は、私に男側をやらせてください!」


少し戸惑った表情をして、ヒルデはエルナを見た。

その後、二曲目が流れる直前に二人はホールの中央付近にもどる。

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