再び精霊の森にて……
俺の体の周りから光が消えていく……
歪んでいた視界が正常に戻る……。
「久しぶりのミンディアか……。」
俺は伸びをして、体をほぐしながら、あたりを見回す。
やけに静かだ。
確か、転移陣は教会の裏の人気のない辺りを選んだから、静かには違いないはずだが……。
それにしても静かすぎるだろう……しかも、この鬱蒼と生い茂った樹……レイファめ、手入れを怠っているな。
これじゃ森の中と変わらないよ……。
…………いや、現実を受け入れようか。
ここは「森の中」だ……。
問題はどこの森か……だが。
「ファー、ここがどこだかわかるか?……ファー?」
……ファーの答えがない。
ファーがそこにいるのはわかる、感じ取れる。
しかし返事がない……何か怯えてるような感じが伝わってくるのだが。
「ファー?……。」
(……レイ……ここイヤ……早く、別の所行こ……。)
何度目かの呼びかけにようやくファーが答えてくれたが、この先に進みたくないという。
ファーがここまで怯える何かが、この先にあるのだろうか?
しばらく森の中を探索し、野営に適した場所を見つけたので休息をとることにした。
慌てても、焦ってもしょうがない。
……何よりファーの様子が気にかかる。
ファーが行きたがらない方向は、この先の奥に入る道だ。
だから、逆方向に行けば、森から出られるだろう。
しかし、俺の中の何かが、奥へ行けと誘う。
……とりあえず、ファーとゆっくり話し合わないとな。
バチバチバチッ!
薪の爆ぜる音がする。
肉が焼けるいい匂いがする。
久しぶりの野営だ。
一人なんて本当に久しぶりだ……だけど、こんなにつまらなかったか?
「……ファー、出て来いよ?」
(……イヤ。)
……淋しい。
俺は肉を齧りながらファーに話しかける。
「なんとなくなんだけどな、この先に呼ばれている気がするんだよ。」
(……。)
ファーからの返事はないが、聞いているのは分かってるので、そのまま話を続ける。
「明日、俺は奥に行く。……ファリスをここに置いておくから、ファーはファリスと待っててくれ。」
(……。)
やはりファーからの返事はない。
俺も黙って肉をかじる。
(……バッカじゃないの。)
しばらくして、ファーが小妖精の姿で現れる。
やっと喋ってくれる気になった様だ。
(私だけじゃなく、ファリスまで置いて行って、モンスターが出たらどうするのよ!バッカじゃないの!)
……まぁ、文句だけでもダンマリよりはいいか。
「いや、一人だけ置いてけぼりは淋しいだろ?」
(……やっぱり、別の場所に行くって事はしないのね。)
「普段ならな、その選択肢もありだとは思うんだけどな。」
今回は……呼ばれているみたいだしな……
「まぁ、誰が呼んでいるのか?……が問題なんだけどな。」
(……私も行くわよ。)
「無理しなくていいんだよ。」
ファーに無理はさせたくない。
(……仕方がないじゃない。レイに何かあったら…………その代わり、ずっと精霊化しててよ。)
……それくらいで、ファーが安心できるならいっか。
「いいよ。それくらいお安い御用ってね。」
通常、精霊化すると精霊自身の力もかなり消耗するが、それ以上に術者の魔力消費量が激しい。
それだけに通常以上のパワーが出せるのだが……。
しかし、ほぼ無限に近い魔力量と回復量を誇る俺にとっては、魔力消費というのは殆ど意味をなさない。
また、ファーも通常の精霊ではありえないほどの精霊力を持っている為、その気になれば1週間くらい精霊化していられるだろう。
……そう考えると、俺達ってかなり規格外だよなぁ。
(そんなの今更でしょ?バッカじゃないの?)
ファーが俺の考えを読んだように言う。
「……まぁ、安心しろって事だよ。」
(……ウン、安心してるよ。)
そう言って、俺に寄り添ってくる。
そのまま俺達は、他愛もない会話をしながら夜を明かした。
グルルルッルゥ……。
俺達が森の奥へ一歩足を踏み入れた途端、周りを獣たちが囲む。
双頭狼、狂熊、巨鹿、多角犀など多種に渡っている。
「ファー、いいか?」
(いつでもいいわよ。)
「漸!」
俺はファーの力を体内に張り巡らす。
ファリスを抜き、横薙ぎに一振りする。
一瞬にして周りを囲んでいる獣たちの生命活動が止まる。
「足止めのつもりか?」
俺は、奥に向けて声をかける……が、何の反応もない。
「ま、いいか……。」
俺はそのまま森の奥へと足をすすめた。
「……ここは……精霊の泉?」
奥へ進み、開けたところに出る。
眼前に広がる光景に、俺は見覚えがあった。
俺は泉の前に立ち呼びかける。
「精霊女王、俺を呼んだのはお前なのか!」
泉のあたりの霊圧が上がる。
(ヒッ…………。)
ファーが怯えた声を上げる。
(よく来てくれた。お前に頼みがある……お前の為にもなる事じゃ。)
泉から精霊女王の姿が現れる。
「頼みって何だ?」
俺は警戒心を顕わにして問いかける。
(獣人達を助けてやってほしいのじゃ。)
「……どういうことだ?」
ダビットたちに何かあったのだろうか?
(今、ニンゲン達と獣人達の間で戦争が起きようとしているのじゃ。戦争が起これば大勢の者たちが死ぬ。……妾はそれを好まぬ。)
「戦争を止めろってか?俺にそんなことできるわけないだろ?」
(お主ならできるじゃろう?簡単な事じゃ。アルガードとやらの中心人物を消せばよいのじゃ……簡単であろう?)
「……。簡単だが、それでどうなる?」
(指導者がいなくなれば、戦争は起きまい。)
そんなことも分らぬのか、と言いたげな声が響く。
「精霊は……人界の出来事に関わらないんじゃないのか?」
(関わっておらぬよ。戦争を起こすのも止めるのも、お主らニンゲンじゃ。)
……詭弁だな。
(そうそう、勇者殿よ、その堕精霊はここに置いていくのじゃ。浄化せねばならぬ。)
その言葉を聞いた途端、俺はファリスを精霊女王に向けて投げつける。
ファリスは、女王の手前で勢いを失い泉に落ちる。
(何をするのじゃ?)
「お前は、誰だ!」
(妾は妾じゃよ……我ら精霊に逆らう気かえ?)
泉を中心に力を増す……多くの精霊が顕現する。
「女王を騙る邪精霊に従う気はないな!……ケイオス!」
俺の右手に光が集まる。
光が収束し……俺の右手には妖星剣ケイオスが握られる。
「ファー、剣先に力を!」
(任せて!)
俺は、剣先に集まる精霊力に俺の魔力を乗せ、女王に向けて解き放つ。
「ウオォォォ! 吹き飛べっ!」
女王の前に精霊たちが壁となって立ち塞がるが、俺の放つ精魔力に吹き飛ばされる。
左右から精霊たちが襲いかかってくる。
ケイオスの表面に、魔力を纏わせ斬り裂く!
『光の刃』
俺から距離を置いた精霊には、ケイオスから光の刃が放たれ切裂いていく!
ドゥーン!
俺のいる場所に、大量の精霊弾が撃ち込まれる。
しかし、着弾前に俺は空に飛び上がり、難を逃れる。
「ファー、大技行くぞ!細かいのはバリアで弾いてくれ!」
(了解よ!)
『万物の根源たるマナよ』
俺はケイオスを構えルーンを唱えだす。
『闇を照らし魔を退ける』
ケイオスの刃に光が集まる。
『清浄たる癒しの流れ』
ケイオスから光があふれ、俺の体を包み込んでいく。
『留まる事無く変化を示す』
俺の体内の魔力が引き出されていく……。
『大地より出で大地に帰る』
全体を包む光をケイオスへ集め、すべての魔力をケイオスが纏う。
『すべての理を力に返せ』
着弾地点を精霊の泉に定める。
……『楽園の崩壊』
俺は、ケイオスを目標に向けて振り下ろした。
精霊の泉を中心に光が集まる。
周りの精霊が、光に飲み込まれていく。
俺は、そのまま女王に向かって飛びこみ、ケイオスを振り下ろす!
(そこまでです!)
ガキッ……ン!
ケイオスが、女王の体に食いこむ寸前に、何者かの力によって弾かれる。
俺は弾かれた勢い利用して、後ろに飛びずさり、距離を置く。
(剣を引いてはくれまいか。英雄の魂を持つものよ。)
「……本物の女王か?」
(配下が迷惑をかけたようじゃ。しかし、これ以上力を削がれるのは困るのじゃ。)
「喧嘩を売ってきたのはそっちだろ?」
(それについては、謝罪させていただく……)
泉からファリスが浮かび上がり光が包み込む……。
やがて、光が収束するとファリスの代わりに一粒の大きな精霊石が残り、俺の手元に戻る。
(妾の力を宿してある。)
俺は、その精霊石を受け取り……ファリスの形状を思い浮かべる。
石は光の粒子となり……聖魔剣ファリスに戻った。
俺は腰にファリスを戻す。
「で、女王。結局、俺を呼んだのはさっきの奴の話ってことでいいのか?」
(我ら精霊は、人界の事に興味を持たぬ。お主を呼んだのは、王女の事じゃ。)
「ミリィがどうかしたのかっ!」
ミリィに何があった?
(我が王女は、今リンガードとアルガードの国境付近で結界を張っておる……これが厄介な結界で、このままだとあと数ヶ月で人の姿を失うやもしれぬ……。)
……なんだと……ミリィの人の姿が失われる……死ぬという事か?
(死にはしないが、そのまま精霊として生きていくことになる……が、それは望まぬであろう?)
「あぁ、教えてくれて感謝する。しかし、助けるといっても、どうすればいい?」
(結界の中に入り込み、魂を直接揺さぶって起こすのじゃ。目覚めれば結界が解け元に戻るであろう。)
「……そうだな、ミリィは大事な仲間だからな。助けに行くさ。」
(王女の事を頼む……。後は……ファーリース。)
女王がファーを呼ぶ。
(ハイ……)
ファーが俺から離れ、小妖精の姿を取る。
(ファーリース、お前が望むのならば、……今ならば、その力を浄化し召還することもできる……どうする?)
(わ、私は……。)
思いがけない、女王の言葉にファーが言葉を詰まらせる。
「どういうことだ?」
俺は女王に訊ねる。
(ファーリースの魂は、精霊の道から外れてしまっておる。本来ならば自我を保つことさえできないであろう。じゃが、今の状態であれば、力をクリーンにし、元に戻すことも可能という事じゃ。しかし……。)
「……何か問題があるのか?」
(召還し、召喚しなおした後、今のファーリースの自我は残らないであろうな。)
……ファーが消える?……そんな……
俺はファーを見る。
(……レイは……レイはどうしたらいいと思う?)
ファーの声が震えていた。
「……俺は……。」
答えられない。
ファーはずっと苦しんできた。
その苦しみから解放されるのなら、そうした方がいいに決まっている。
……本音は消えて欲しくない、ずっとそばに居てほしい。
……しかしそれは俺の我儘だ。
「……俺は……ッ。」
(女王様、私はこのままでいたいと思います。)
えっ?
(……わかった。仲良くやるがよい……。)
「ファー……いいのか?」
(仕方がないじゃない。私が付いていないとダメダメな男が、ここにいるんだから。)
ファーが笑いながら言ってくる。
「そうか……。」
(私がいないと淋しいって泣く男をほっとけないでしょ♪)
……アハハ……何も言えん。
「後悔するなよ……相棒。」
(後悔……するわよ!あたりまえじゃない!……だから、責任取るのよ!わかった?)
「ハイハイ……責任取ってやるからずっとついて来いよ。」
(付きまとうからね、覚悟しなさいよ。)
ファーが笑いながら言う。
……今が続くなら、それもいいな。
そのためにも、まずはミリィを助けに行こう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(ねぇ、レイ、それ何なの?)
俺の手にあるのは以前の愛銃「ドラグーン」を改造したものだ。
女王がよこした精霊石は聖魔剣ファリスをベースにしているせいか、そもそも、精霊石に込められている女王の力の所為か……とんでもない代物だった。
俺は、ファリス形態以外で何かに使えないかと思案した結果、ドラグーンに組み込んでみた。
(何々、それ何なのよー?)
「まぁ、見てなって。」
俺はドラグーンを構え、的に向かって引き金を引く!
ボンッ!
……ドラグーンがはじけ飛んだ。
粉々だ……俺のドラグーン……ガクッ。
ミリィが結界を張っているという国境沿いの場所までは後3日はかかるだろう。
女王の話では、結界から漏れ出す精霊力の所為で、凶暴化したモンスターや精霊等が集まっているらしい。
ファリス、ケイオスがあれば大抵は大丈夫だが、まぁ、手数は増やしておきたい。
そう思ってドラグーンを取り出してみたのだが……。
「うん、素材の強度が、精霊石に耐えられてないんだな。」
おれは道具を取り出し、簡易高炉を組み立てていく。
(ちょ、ちょっと……何してるのよ。)
「何って……見りゃわかるだろ?インゴットを溶かす準備だよ。」
(いや、見て分からないから聞いてるのよ……。ま、いいか……。)
興味をなくしたように、ふらふらーと飛んでいくファー。
「今夜はここで夜を明かすからなー、あんまり遠くに行くなよー。」
俺は、一応ファーに声をかけておく。
(ハーイ。わかってるよー。)
俺はトンカントンカンと、メリア鉱石とグラスメイア鉱石をインゴットにしていく……。
さらにインゴットを炉にくべて……メリア鉱石・グラスメイア鉱石・グラビトン鉱石に触媒を入れる。
……ファリスを媒介に魔力を注ぎながら、じっくりと合金を作っていく。
出来上がったら取り出し、含有率、魔力を注ぐ量などを変えながらどんどん合金のインゴットを作成していく。
俺の横には、合金のインゴットが積みあがっていく……。
「……っと、これ以上は炉の方が持たないか。」
俺は作業を一時中断する。
(やっと終わったの?)
いつの間にか戻ってきていたファーが呆れた声を出す。
「いや、インゴットが出来ただけ。明日、街に着いたら工房を借りて製作するぜ。」
(……まぁ、いいけどね。どうせ通り道なんだし……目的、忘れてないよね?)
「…………わ、忘れてないさ、アハハ……。」
……ミリィ、ごめん、忘れかけていた。
でも、とりあえず新兵器は、今後の為にも、ミリィを救うためにも必要なんだよ!
……ミリィならわかってくれるよね?
最初の再会は、ミリィになりそうですね。
無事再会できるといいですが……(^^;