魔王国樹立
「……下がって良い。」
「はッ!」
報告を終えた男は、きびきびとした動作で、その場を退出する。
「……しばし休息をとる。」
遺された部屋の主は、そう告げると、奥に用意してあるプライベートルームへと姿を消す。
主が姿を消す地、途端に周りに控えていた者達がざわめきだす。
それほどまでに、先程の報告は類を見ないほどの衝撃を与えたのだった。
「はぁ……なんで私がこんな目に合うのよっ!」
仮眠用のベッドに倒れ込み、そばにあった枕に苛立ちをぶつける少女。
「姫様、はしたないですよ?」
お茶を運んできた侍女のマリアがは、そんな王女の姿を見咎めて、忠告をする。
「いいのよ、誰も見てないんだから。」
そう言い返した少女の名は、セレスティア・ミーア・トリニティ。
トリニティ帝国の第三王女であり、帝国南西部一体の統括管理を任されている。
如何に王族とはいえ、まだ15歳という成人したばかりの若輩であり、しかも女性という身でありながら、帝国の一角を担う重責を任されているのは、偏に彼女個人の才覚によるものである。
それゆえに、彼女を次期皇帝に、と推す者も多く、彼女自身が望む望まないにもかかわらず、政変競争に巻き込まれているという事実で頭を痛めている所に、彼女の管轄で起きた前代未聞の変事。愚痴の一つも言いたくなるというものである。
「ところで、あなたの方では何かわかったの?」
居住まいを正し、入れてくれたお茶に口をつけながら、侍女のマリアに問いかける。
マリアは、周りを見回した後、セレスの横に腰掛け、耳打ちするように囁く。
「基本、先程の報告を裏付けるものばかりです。ただ、彼の魔王は話し合いが出来る相手であることは間違いがないようです。」
「そうなの?でも魔王なのよ?人類最凶の敵であり、最悪の厄災を相手に話し合いが出来るっていうの?」
「……こう言っては何ですが、帝都に残っているぼんくら貴族よりは余程理知的で合理的で話の分かる相手だと思います。そもそも、事の起こりは、セレスの街に救っていた悪徳貴族が原因という事で……。」
マリアは、第三王女専属のメイドではあるが、同時にセレスの身辺警護の役目を持ち、独自のメイド耐情報網を使って、各地の情報収集を行う役目を担っている。
セレスの功績の裏には、マリアの力あってこそ、マリアに支えられて成し遂げた事柄がほとんどであり、文字通り、セレスの切り札にして懐刀なのである。
そんなマリアに絶大な信頼を置くセレスではあったが、それでも、魔王が話の分かる相手という事には受け入れがたいものがあった。
それが分かるだけに、マリアも、困った表情を崩せないでいるのだ。
「……どちらにしても、まともにぶつかっては、こちらの戦力が削られるだけだわ。マリアの言葉を信じて、話し合う方向で行きましょ。」
「しかし、説得できますか?」
マリアが心配そうに尋ねてくる。
セレスでさえ、いまだに半信半疑なのに、他の重臣たちが話し合いなどに応じるわけがない。
「あら?説得なんて必要ないわ。要は、話し合いをまとめてしまえばいいのだから。」
「まさか……姫様?」
「さすがマリアね。話が早くて助かるわ。」
セレスはすでにドレスを脱ぎ捨て、身軽な冒険者の格好に着替え始めている。
「……止めても……無駄ですよねぇ。」
長い付き合いのマリアなだけに、セレスが言い出したら止まらない事はよく知っている。だから、言い合いをして無駄な時間を浪費するより、さっさとと用事を済ますべく、効率的な行動を考えることに頭を切り替えるのだった。
行き先は決まっている。
姫様の名をもらった街……現在魔王の直轄地となっているセレスの街だ。
大きなトラブルの予感を抱えながらも、姫様のサポートをするべく、準備を整えていくマリアだった。
◇ ◇ ◇
「リノア、これがいい。」
「えぇ、こっちの方が可愛くないですかぁ?」
「こっちのほうがいいっすよ。」
「えー、私はこっちがいいなぁ。」
やいのやいのと騒いでいる少女たち。
彼女たちの前にはお城のデザイン図が多数散らばっている。
ここは、元ガストン屋敷の大広間……を改造したティールーム。
現在、ここではお茶をしながら、女の子たちが新しく建てる魔王城について検討を重ねていた。
ガストン屋敷を制圧し、帝国兵を追い払った後、空一杯にスクリーンを映し出し、そこで俺が魔王であること、このセレスの街を乗っ取ったことなどを宣言した。
その際に、今だったら街を逃げ出しても構わない、襲う事はしない、と言ったにもかかわらずほとんどの住民がその場に居座ることを選んだ。
後で聞いたところによると、商売に影響がない限り、統治するのが誰でも大差はない。それどころか、ガストンの所為で、様々な場所で問題が起きていたから、却って感謝しているという声が大きかった。
その声を聴いて、色々調べてみると、出るわ出るわ、ガストンの悪事の数々。
それらを一掃し、正常に流通が回る様にしたら、セレス近辺の街や村、そして何故か川向こうのアルティアの街までが、恭順してきた。
もっとも、アルティアの街が降った理由には、俺の傍にリノアがいるというのが多分に大きかったようだったが。
とにかく、あっという間に大きくなった……と言っても街が5つに村が数か所という、小さな領地の1/4にも満たないような規模ではあるが、それでも「魔王国」としての体面を保つためにお城が必要だと、カナミが言い出して、丁度、新しくメイドとなった少女の中に絵心がある娘がいたので、幾つかデザインをさせていたら、何故か、少女メイドたちを巻き込んだ「お城決定コンテスト」が始まってしまったという訳だ。
こうなってしまっては、俺の意見が通らない事は、すでに分かっている事なので、無駄な抵抗はせず、お城決めは彼女たちに任せ、俺はエアリーゼとファーを相手に近隣の地図を埋める作業を進めていた。
この世界では、地図、それも詳細な地図というものは存在しない、という事になっている。
というのも、詳細な地図というものは、それだけで、情報の塊であり、そんなものが敵に渡ってしまったら、いい様に蹂躙される未来しか見えない。
しかし、現実には地図がなければ行動に大きな制限が掛かるわけで、斥候が調べてきた情報をもとに、各自で密やかに地図が作られている。
それでも、人の身である以上、危険な森の深くに踏み入ることは叶わず、険しい山脈を超えることは叶わず、と、どうしても限界があるのだが、俺達には精霊であるエアリーズとファーがいる。
リノアにお願いすればペガサスに乗って上空からのチェックも出来る。
如何な深い森とて、人類未踏の山脈とて、、リィズや俺ならばたいした障害にもならない。
よって、この一月の精力的な行動により、この辺り一帯の詳細情報はほぼすべて網羅したといっていい。
今はそれを地図にするという作業が残っているだけだ。
俺達が四苦八苦して、ようやくと図を華精させた頃、少女たちの戦いにも決着がついたようで、リノアが嬉しそうに1枚のデザイン画をもってやってくるのだった。
◇
『お城創造』
俺とカナミが同時に呪文を唱える。
海と見間違うほどの大きな湖の中腹が盛り上がり、瞬く間に水上城が出来上がる。
その洗練されたデザイン、クリスタルをふんだんに使用した透明感ある作りは、一件のほどがあるほど素晴らしい出来栄えだ。
季節や天候により、水面に映りこむ姿や光の加減で、夜はライトアップされて、また違った顔を見せるという事で、、この魔王城は一躍有名になり、その雄姿を一目見ようと、各地より、冒険者や旅人が、セレスの街に、アルティアの街に押し寄せ、両街の発展に寄与してくれる。
街が潤えば、当然税収も増えるという事で、ガストンのようなあくどい真似をしなくても、城建設に使った予算を遥かに超えた蓄えが出来る。
この世界の金をため込んでも、俺達には意味がないので、みんなへの給金を増額したり、街で散財したりして経済を回すのに役立てる。
すると、街の経済が活気づき、さらに発展していく。
噂が噂を呼び、アルティアの街もセレスの街も、人が溢れかえって、拡張工事が追い付かないほどだ。
「みんな笑顔だねぇ。」
「魔王の統治する街だというのに、何か勘違いしてないか?」
カナミの言葉に、俺が憮然と答える。
「まぁまぁ、みんなが笑顔なのは良い事だよ。」
「否定はしない。」
カナミの言葉に渋々と頷く。
「でも、まぁ、笑顔という点では、やっぱりあの娘達には敵わないよ。」
俺はステージ上で歌って踊るリノアとリィズに視線を向ける。
「うんうん、二人とも可愛いよねぇ。今、メイドちゃん達の何人かが、リノアちゃんみたいになりたいって練習してるって知ってた?」
「マジか?メイド隊でアイドルユニット組む日も近いか?」
「かもねぇ。」
俺達が笑いあっていると、向こうからガタイのいい筋肉質の男が駆けてくる。
「うおぉ。こんな所に居やがった。」
男は有無を言わさず、俺の腕を掴み引っ張る。
「魔王さんよぉ。こんな所で休んでいる暇はないぜっ!」
男はその凶暴そうな顔つきでニヤリと嗤う。
そして……。
「魔王様よぅ!遅れてるって!」
「ちがうちがうっ!腰の切れがないんだよっ!」
「そうだ、それだよ。じゃぁ行くぜ、せ-のっ!
「「「「「「リノアちゃぁぁぁぁん!」」」」」」
……筋肉質の男たちに囲まれ、オタ芸を披露する俺。
えっと、わかってるかなキミたち。一応俺魔王様なんだよ?
分かってる、わかってるといいながら、俺の芸にダメ出しを出してくる男たち。
新生魔王国は今日も平和だった。
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