予兆
「なぁ、リィズ。」
「にぃにの好きなようにすればいいっす。私はただついていくだけっす。」
「……まだ、何も言ってないんだが?」
「言わなくても、大体わかるっす。何年の付き合いだと思ってるっすか?」
リィズはそう言って不敵に微笑む。
「それにカナミも、すでにその気っすよ?」
言われてカナミの方を見ると、彼女は普段着ではなく、戦闘時のコスチュームである、白と朱のコントラスト映える巫女服をすでに着込んでいる。
「うん、センパイの気持ちよくわかってるから。リノアちゃん取り返してエッチするんだよね?」
パッシーンっ!
とぼけたことを言うカナミにリィズがハリセンをお見舞いする。
カナミなりのボケだという事は分かっているが……ボケたんだよな?
たまにボケたことを本気で言ってる時があるので、今一つ信用できない。
おかげで、真面目な事をいう気分ではなくなってしまった。
ひょっとしたらそれを狙っているのかもしれない。だとすれば、カナミには全て見透かされているという事になり、カナミなりにもう少し考えろと言っているのかもしれない。
……どちらにしても、リノアを取り返してからだな。
俺は気を取り直して、気合を入れ直す。
「まずは、バカ貴族の屋敷だな。」
◇
「この、愚かもの目がっ!」
ゴールバッハ子爵家の当主、ガストンは息子の所業を知って、思わず怒鳴りつける。
「何で怒るんだよ。いいじゃないか、どうせいつものようにすれば問題ないってパパもわかってるでしょ。」
「だからお前っはバカだというのだっ!」
再度怒鳴りつけるガストン。
甘やかしすぎたか、と頭を悩ませるが、今はそれどころではない。
「まったく、今度はよりによって、あの娘だと?」
バカ息子は、気に入った娘を攫って好きにしようという悪癖がある。
今までにも何度もあったことだが、バカなりに、目端は聞くようであり、貴族や大商人と言った、敵に回せば厄介になる相手には手を出さず、平民などの問題ないものばかりを相手にしていたから見逃していたが、今回ばかりは少し厄介である。
他国からの流れ者とはいえ、最近急に知名度を上げてきた噂の歌姫。
ガストンも近々招こうと思っていた相手だ。
こういう、歌とか芸と言った、一見実益にならないようなことを保護するのも貴族の役目であり、そういう事に識見があるという事を見せれば、対外的に優位に働くことが多いのだ。
ガストンは、自分に有益をもたらすものへの嗅覚が鋭く、そのことに関しては惜しみなく金と権力を使う、そんな男だった。
そして、噂の歌姫と誼を結ぶ事が出来れば、自分に大きな益が入ってくることは間違いないとの確信もあった。
それは逆を返せば、敵に回せば不利益を被ることと同意でもある。
このことが他の貴族、特にガストンの事をよく思っていない者達にでも漏れたりしたら、今まで築き上げてきた物が一気に瓦解する恐れもある。
だからこそ、バカ息子の所業を知った時、関わった使用人たちをすべて切り捨てた。これで、歌姫の事を知るのは、自分と息子、そして攫われてきた本人だけである。
後は、歌姫をうまく言い含めて開放するか……。
……いや、歌姫が黙っているという保証はない。
「大丈夫だって、パパ。あの娘だって、2~3日もすれば従順な言いなり人形にして見せるから。」
ガストンの苦悩を知ってか知らずか、ズクミがそんな事を言う。
このバカ息子が、と思いつつ、今の現状であれば、バカ息子の言うとおり、一生ここに閉じ込めて、知らぬ存ぜぬを貫くしかないかもしれない。
そこまで考えた時、ドンっと部屋の扉が蹴破られる。
「な、なんだっ!何事だっ……。」
扉のあった場所には一人の男が立っていた。
「曲者めっ!誰か、誰かおらぬか!衛士はどうしたっつ、護衛の者達はっ!」
「みんな外で遊んでいるよ。」
飄々と答える男の声を裏付けるかのように、外部で、キィンッ、キィンッ!と金属がぶつかる音が響いている。
「動くなっ!」
こっそりと逃げようとしていた、ズクミが男の投げた短剣により縫い付けられる。
ガストンはその隙に、執務机の陰に隠してあった装置を起動させる。
この装置は、執務机周りを強力な防護壁で包み込むと同時に、外の兵士たちに火急を知らせ、そして、王宮へと通報するものであり、余程の緊急時でないと使えない代物だった。
王宮へ連絡が行くということは、国家の一大事が起きていることを知らせるモノであり、隣国が攻めてきたなど、重要かつ緊急を要するときに重宝するが、それ故に誤報などは決して許されないものだからだ。
しかしガストンは、己の身を護ることで精一杯で、王宮云々の事まで気が回ってなかった。
キィンッ!
男が投げた短剣が、ガストンの目の前で弾かれる。
防護壁がしっかりと働いていることを確認したガストンは、侵入者に対し上からの目線で言い放つ。
「お前の攻撃は効かぬよ。武器を捨てて大人しく登校するなら、お主の命だけで済ませてやろう。抵抗するなら、親類縁者一族郎党が死刑になると思いたまえ。」
「はぁ?何言ってるんだお前?」
男はつかつかと歩み寄ってきて、手にした長剣を振り被る……。
◇
何言ってるんだこいつ?
机の前で偉そうにしている男。こいつがこの館の主、ガストンなのは間違いない。
さっき投げた短剣が弾かれたところから見て、奴の周りに何らかの結界が発生しているのだろう。
だから自分は安全だと思い込んでいると思うのだが……。
「来いよ、ファー。」
『何よいきなり。ずっと放置してたくせに。』
突然現れた光の塊に、目の前のガストンが目を剥く。
「細かい事は後だ。力を貸せ。」
『ハイハイ。どうせそんな事でしょうよ。アレを呼べばいいの?』
「そういう事だ……来い、ケイオスっ!」
光が弾け、右手に収束していく。
眩い輝きが消え去ると、そこには一振りの漆黒の剣が現れる。
ズシャッ!
一振りでガストンの周りに発生していた防護壁が消え去る。
「ケイオスの前にチャチな結界は効かない。リノアを返してもらおうか。」
俺はケイオスをガストンの鼻先に突きつけ、そう告げた。
「し、知らぬ。リノアなんて少女の事は知らぬのだ。」
「じゃぁ、知ってるのはこっちのクズの方か?」
俺はガストンをバインドで拘束すると、そのまま転がしておいて、ズクミの方へ向かう。
ズクミは縫い付けられたマントから必死に短剣を引き抜こうともがいていた。
……マントを脱げば、逃げられるのに、こいつ、アホか?
「リノアをどうした?」
「し、知らない。知ってても言うもんか。アレはボクのだっ!」
「あぁん?」
ズクミのその一言で、ギリギリ冷静さを保とうとしていた精神がキレる。
ズシャッ!
ナイフを取り出して、ズクミの手を床に縫い付ける。
ケイオスは、こんな奴に使うのはもったいないので、すでに召還してある。
ズシャッ!
更にその腕を斬り付けると、血飛沫が舞う。
「い、痛い、痛いよぉ!パパ助けてっ!」
「そうか、痛いか。」
俺はズクミの叫びを無視して、もう一本のナイフを取り出す。
「さっき、街の奴らに披露し損ねたんだけどな、これは、聖なるナイフと言って、強力な治癒能力があるんだよ。だからな、こうしても……。」
ズクミの腕に聖なるナイフを突き立て、ゆっくりと切裂いていく。
しかし、聖なるナイフの治癒効果のお陰で、切裂く先から傷口がふさがっていく。
「い、痛い、痛いよぉっ……。」
傷口が直るとはいえ、ナイフは突き刺さったまま新たな傷口を作り出しているのだから、痛くて当然である。さらに言えば、傷口が治るという事は再度切裂けるという事で、永遠に痛みを与え続けることが出来る。
昔、盗賊と遊ぶために創ったものだけど、周りから、可哀想だから、と言われて使う機会がなく死蔵していたモノだけに、いざ使う機会を与えられえて、ナイフも喜んでいる事だろう。
「とりあえず、心臓を一突きさえしなければ、永遠と遊べるんだが?」
「い、言う、言うから。あの子は地下の特別室に……。」
「さっさと連れて行けっ!」
俺は無理矢理にズクミを立たせると、その地下室へと案内させる。
そして…………。
◇
「これからどうするっすか?」
リィズがお茶を飲みながらそう聞いてくる。
ここは、ガストンの屋敷の最上階の展望ルーム。
この屋敷の主は、バカ息子共々、裸にひん剥いて縛り上げ、街の広場に中央に捨てて来てある。
まぁ、俺達が占拠したようなものだ。
あの時、リノアが地下室で拘束されているのを見て、俺は一気にブチ切れた。
ファリスの一撃で、リノアの拘束を解き放ち、そのままの勢いで地下室全部をぶち壊した。
騒ぎに気付いたリィズがやってきて、ファーとエアリーゼがフォローしてくれなかったら、あのまま屋敷が崩壊して、リノア共々生き埋めになるところだった。
「にぃにがマジ切れするの久々に見たっすよ。」
「そうね、本調子だったら、この街一帯が吹っ飛んでいたわね。」
「おにぃちゃん……好き。」
膝の上に乗ったりノアがギュッとしがみついてくる。
余程怖かったのか、助け出してからのリノアはずっとこの調子だった。
だから落ち着くまで、と、崩壊を免れている中でも一番マシだった、この部屋でティータイムを楽しんでいるのだが……。
「とりあえず、アレを何とかしないといけないわよね。」
カナミが指さす方を見ると、兵士の一団が遠巻きに何やら叫んでいるのが見える。
「まぁ、何とかなるだろ。」
俺はそう言いながら、リノアの頭を撫で続けるのだった。
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