紋章の謎
「……っ……あっ……ダメだよ……それ以上は……。」
「大丈夫だよ、力を抜いて。」
「……ダメぇ……。り、リノア、初めて…………あっ……イヤっ……優しく……して?」
初めての事で緊張しているのか、リノアの身体が強張る。
俺はリノアの肩に手を置き、それ以上動かない様に固定する。
「……あっ、ダメっ……これ以上やったら……。」
リノアの制止を無視し、逆に動きを早くする。
「ダメェ……壊れちゃうぅ!」
「大丈夫……。」
「……ダメだってぇ……あ、あぁぁぁぁ……。」
リノアの悲鳴が部屋中に響き渡る。
「ぐすん、ダメだって、ダメだって言ったのにぃ……おにぃちゃんのバカぁ。」
リノアは砕けた宝玉を手にして涙ぐむ。
「ゴメン。まさかこんなに脆いとは。」
「魔力を充填するなんて使い方するの初めてなんですよぉ。だから優しくって言ったのにぃ。」
「悪かったって。お詫びにシュークリームを作ってるからさ、別の宝玉貸してくれるか?」
「今度は壊さないで下さいよぉ。」
シュークリームが効いたのか、リノアは機嫌を直して新しい宝玉を渡してくれる。
「にぃに、リノア、調子はどうっすか?」
そこに、お盆にシュークリームを山ほど乗せたリィズが入ってくる。
「わぁ!シュークリームだぁ。」
途端にリノアの目が輝く。
食べていいよと言うと、両手にシュークリームを掴んで頬張り始める。
なんていうか、いい所のお姫様の作法じゃないよね?
「で、どうなんすか?」
「ん-、微妙。」
リィズの問いに、一言で答える。
「微妙っすか?」
「あぁ、何て言うか、俺の魔力に耐えられる素材が無い。リノアの持っていた宝玉がこの辺りで手に入る最高級のものらしいけど、御覧の通りさ。」
砕け散った宝玉の欠片を集めて、リィズに見せる。
「ありゃりゃ……これは困るっすね。」
「まぁな。」
俺は欠片を握りしめ、軽く魔力を調整しながらビー玉を転がすイメージを思い浮かべる。
しばらくしてから握りしめた拳を開くと、元の大きさより一回り小さい水晶球が出来ていた。
「リノア、ちょっといいか?」
一心不乱にシュークリームを食べているリノアを呼ぶ。
見ると山盛りになっていたお皿の半分が既に無くなっている……太るぞ?
「あんでふかぁ?」
モグモグしながらそばに来たリノアに、ビー玉サイズになった水晶球を握らせる。
「聖痕を発動させてくれるか?」
「ん……ちょっと待ってね。」
リノアは、ゴクンとシュークリームを飲み込み、息を整えると、水晶球を握った手に力を集める。
すると、リノアの左手の甲に、複雑かつ鮮やかな紋章が浮かび上がる。
「もういいぞ。」
俺がそう言うとリノアは力を抜く。
同時に左手に浮かんでいた紋章が跡形もなく消え失せる。
「はい、これ。」
リノアが握っていた水晶球を返してくれ、それをリィズに見せる。
無色透明だった水晶球が薄い水色がかかり、中には先ほど見たリノアの聖痕と似たような紋章が揺らめいていた。
「一応、これぐらいまでは成功したんだが、このサイズだと、普通の紋章ならともかく聖痕になると不安定なんだよ。」
「成程っす。そうすると、次の目的は素材探しっすか?」
「そうだな、リノアのお陰で、北方の戦力は安定したから、しばらくは様子見になるからな。今のうちに他国とかに行くのもいいかもな。」
リィズの言葉に俺はそう答える。
今、俺がやっているのは「紋章の再現」だ。
簡単に言えば、紋章を組み込んだ魔道具を作って、力を再現する事が出来ないか?というものだ。
この世界では紋章が超常の力の基であり、紋章を持たないものは力が使えないというのは常識だ。
紋章を持たずに力を行使できる者は、古の伝承にある『悪魔』だけであり、「悪魔現れし時、この世に災厄と滅亡をもたらす」と言われているらしい。
そして、ここに紋章を持たない人間が三人、異世界から召喚されている。
その三人のうち二人は、膨大な力を持っているにもかかわらず紋章が発現していない。
つまり、対外的には、「アイガス王国は『悪魔』を呼び出した」という事になってしまうのだ。
幸い、と言っていいかどうかは分からないが、呼び出したときの王はクーデターによって処刑されている為、俺達が紋章を持たずに力を行使できることを知るものは殆どいない。
しかし、クーデター派が真実を知れば「王族を処刑したのは悪魔を呼び出した責任を取らせるため」という大義名分を与えてしまい、国を取り戻そうとするサリアたちにとっては非常にマズい事になる。
そこで考えたのが「力が籠った道具を使っている」という認識を植え付ける事。
力を使った時に、あえてその道具を見せるだけで、あたかも道具を使って力が発動したと勝手に思ってもらえるだろう。
それならば、俺達に紋章が無くても大きな問題にはならない。
ただ「紋章が無くても力が使える道具」なんてモノがあれば、別の問題が起きそうな気もするが、それは『異世界から来た』という事で、俺達以外には用意できないし使えないという事にして置けばいいだろう。
というか、どうせ事が済めばこの世界からいなくなるのだから、後のことまで考える気はない。
後始末は俺達を呼び寄せた女神がやればいいだけで……というか、承諾もなく勝手に召んだんだから困ればいいんだ、と思っていたりもする。
俺達を移動させると後始末が大変、という事になれば、女神たちも、そう易々と異世界転移なんて行わなくなるだろうという考えもあるが、これくらいの事しかできないというのが実情だったりする。
色々心配していたカナミとリィズに、そう伝えたら、二人は呆れた目を向けて来たけどな。
「ん-、紋章が出ないのは異世界から来たから、というのじゃダメなの?」
いつの間にか戻ってきていて、リノアを膝にのせて餌付けをしていたカナミがそう聞いてくる。
「お姉さま、それはダメなんですよ。」
カナミの疑問に答えたのはリノアだった。
シュークリームを食べ終えて、今はクッキーを頬張っている。
「どういうことなの?」
「えっとですね、元々、この世界に住む人々は魔法とかの特別な力を持っている人はいなかったんですよ。特別な力を使えたのは『悪魔』だけなんですね。」
「ちょっと待つっす。その『悪魔』っていうのは結局何なんすか?」
リノアの説明を遮ってリィズが口を挟む。
「リノアにもよく分からないですぅ。ただ言い伝えでは「人より一回り身体が大きくて、全身鱗に覆われていて、口からは焔を吐き、見た事もない力で周りの生き物を蹂躙した」とありますぅ。」
リノアの説明を聞いてもよく分からなかった……というより、この世界のだれも詳しくは知らないのだろう。
ただ、その『悪魔』には紋章が無かった、というのが伝承に残っているだけで……。
「それでですね……。」
リノアが続きを話していいか?と言う様な視線で見て来るので、軽く頷く。
「その悪魔の所業に耐えられなくなった当時の聖王家が、女神様に祈りを捧げたのですよ。そして、祈りを捧げる際の生贄が50を超えた頃、ようやく女神様の声が届いたそうです。『生贄いらないから……』って。」
……まぁ、そうだろうな。
そもそも生贄を求める女神って言うのがおかしいよな。
「でも、聖王家の人々にしてみたら困ってるわけですよ。だから女神様に「あの悪魔何とかしてくれるまでは生贄を捧げ続ける」って言ったらしいんですよぉ。」
オイオイ……。
俺達は絶句する。
切羽詰まっていたっていうのはわかるけど、何考えてるんだ、当時の聖王家って奴らは。
「それで、女神様は一つの秘術を授けてくださったのです。それが……。」
「異世界からの召喚術か。」
「その通りなのです。異世界から来た勇者様は、素晴らしい力を持っていらっしゃいまして、勇者様が剣を振れば、天が轟き、海が割れ、大地を引き裂いた、とも言われています。そして、勇者様の右手には鮮やかな聖痕が輝いていたそうです。」
リノアは、そこで一息ついて果実水に口をつける。
「勇者様が悪魔を倒して、この世界は平和になったんですけど、勇者様がお帰りになる事は無くて、当時の聖王家のお姫様と結婚してこの世界に骨を埋めたそうです。そして、その勇者様の子孫には聖痕を持つものが多く現れて、その者達は内容の違いは有れど、様々な特別な力が使えたと言います。それから長い年月が過ぎて、この世界の人々に勇者様の血が行き渡って、今の様になったと言われてるのですよ。」
「じゃぁ、紋章って……。」
「勇者様の力の欠片です。今では血が薄くなりすぎて、細やかな力しか使えなくなってますけど、その中でも、各地の王家の血は勇者様の力をより濃く残している為、紋章より強い力が使える聖痕を持つものが多く現れているのですよ。」
「えっと、つまり、この世界にいる人は皆その勇者の子孫って事っすか?」
「いいえ、その後も何度も勇者様の召喚は行われていまして、その方々も、この世界に骨を埋めていますから、多数の勇者様の子孫、ですね。」
リィズの言葉に首を振り、リノアがそう答える。
「成程な。だから、異世界から来たからこそ紋章が無いのがおかしい、ってわけだな。」
「そうなのです。」
俺の言葉にリノアが頷く。
「……カナミ、体に変調きたしてないか?例えば、疲れが取れないとか?」
しばらく考えた後、カナミに声をかける。
「ん~、とくにはないかな?なんで?」
「いや、大丈夫ならいいんだ。」
俺はそう答えると、またしばらく思考にふける。
こういう時は邪魔しないと決めているリィズは、俺の傍で寄り添ったまま静かにしている。
「あー、ダメだ。考えが纏まらん!こんな時こそグリムベイブルが必要だって言うのに。」
『叡智の書』はあらゆる世界の知識が詰まった、万能な百科事典だ……と言えば聞こえがいいが、実際には情報量が多すぎて持て余しているのだけどね。
何と言っても知りたい情報をはっきり認識していないと使い物にならないし、重要な事柄はロックされている事が多くて結局ほとんど使ってなかったのだが、今回の聖痕や紋章などの、対象がはっきりしているものについては、すぐに調べがつくのに……だから封印しているのか?
俺はその可能性に思い当たる。
簡単に調べられたら困るから、『叡智の書』を封印したのか?
だとすれば、俺の身体に起きている変調についても納得できる……か。
「なぁ、カナミ、リィズ、驚かないで聞いて欲しいんだが……。」
俺が声を掛けると、二人は神妙な面持ちでこっちを見る。
「この世界で俺の力は使えない。」
俺の言葉に、二人は驚愕の表情で見つめてきた。




