アイドル・リノア
「……。」
「……。」
静寂がその場を支配している。
向かい合う、男と女。
双方とも先程から口を開かず、互いに見つめ合っている。
と言っても、色事めいた話ではない。
二人の年齢差は50以上……親子というより祖父と孫ほど離れている。
実際、男のほうには、眼前の女より少し年下の、眼に入れても痛くない程可愛がっている孫娘がいるのだ。
男の名前はがストール……このアガルタ城を預かる城主だ。
そして女の名前はサリア……この国、アイガス王国の第一位王位継承者である。
双方tも黙ったまま更に数分の時が流れる……。
やがてガストール老が、沈黙を破る。
「お話は分かりました。姫様の覚悟も十分受け取りましたぞ。」
「それならっ。」
サリアの表情ががぱぁっと輝く。
「しかし、協力は出来かねますな。」
続くガストール老の言葉で、サリアは一気にシュンとなる。
「大体予想はつくけど、一応理由を聞かせてもらおうか?」
落ち込むサリアの代わりに、ガストール老に聞いてみる。
「これは異なことを。レイフォード殿には分かっておられるでしょう。姫様の計画の重大な穴を。」
「砦落としだな。」
探るような目で言ってくるガストール老に対し、即答する。
「左様。このアガルタの南に位置するアルガ、ヴェーダ、ガルマの三砦を落とすのは容易ではないのは、聡明なレイフォード殿なら分かっておられると思うがのぅ。」
「そうだな、しかし、逆に言えばその三砦を手中に収めれば、サリアの計画は実現身を帯びてくる……違うか?」
俺の言葉に、ガストール老はしばし瞑目する。
「フム、おっしゃる通りですな。しかし、どうするおつもりで?レイフォード殿は、この件に関わらないのではなかったのですかのぅ?」
「そのつもりだったんだがな、少し事情が変わったんで手を貸すことにした。」
俺の言葉を聞くと、ガストール老を取り巻く雰囲気が一変する。
「ほぅ、では、交渉相手はレイフォード殿という事でよろしいですかな?」
「いや、俺はあくまでも手を貸すだけだからな……爺さんの言う通り、サリアの案は穴があり過ぎるからな。」
俺がそう言うと、サリアは真っ赤になって俯いてしまう。
「レイフォード殿なら、三砦の攻略は可能だと?『魔王の力』とやらはそれ程のものですかな。」
ガストール老が挑発するように言ってくるが、その程度では挑発にもならない。
「別に大層な事じゃないだろ?爺さんだって、その気になれば砦の一つぐらい落とせるはずだ、違うか?」
「ほっほっほ、そうじゃのう。しかし、それでも三か所の砦は容易ならんのは確かじゃ。姫様に伝えた言葉をお主にも伝えようぞ。『儂の協力を取り付けることも出来ぬようでは、この先に進むことままならぬ。諦めなされ。』」
ガストール老の言葉は、実質『協力する気はない』と言っているようなものだった。
「まぁ、爺さんの言う事も正しいよな。だから協力してもらうぜ。」
「儂がそう簡単に協力すると思っておるのか?」
「思っているよ。」
俺はそう言うとカナミに目で合図を送る。
カナミは頷くと、立ち上がって部屋を出ていく。
それを呆然と見送るサリアとガストール老。
しばらくしてカナミが戻ってくる……一人の女の子を連れて。
その女の子はフリフリのゴシックドレスに身を包み、ネコ耳のついたカチューシャをつけたりノアだった。
変わり果てた姿の孫娘を見て、ガストール老は絶句する。
リノアは、トコトコとガストール老の傍まで行くと、ちょこんと膝の上に乗る。
そして、両手を握り閉め、潤んだ瞳でガストール老を見上げて一言言い放つ。
「おにぃちゃん達に協力して欲しいにゃん♪」
「分かった、協力しよう!」
即決だった。
お願いを聞いてもらって、嬉しそうにすり寄る孫娘を抱きしめ、可愛がるガストール老。
その姿は冷静沈着な城主ではなく、ただの孫馬鹿の爺だった。
「あの……えっと……。」
呆然として言葉もないサリア。
あれだけ苦心して考えた案でも説得できず、苦慮した上に俺の力まで借りようとして、それでも不安で一杯だったのが、孫娘の一言で、あっさりと決まってしまったのだから、ムリもないだろう。
孫と戯れるガストール老、それを呆然と見つめてるだけのサリア姫。
そんな様子を暫くの間黙って見つめ、頃合いだろうという所で声をかける。
「爺さんの協力の得られたことだし、少しリノアを借りるぞ。」
俺がそう言うと、リノアは、ガストール老の膝から飛び降り、トテトテトテっと、カナミの元へ移動する。
「借りるって……。」
「今からリノアと一緒に砦を落としてくる。三日後に戻るからそれまでサリアは爺さんに師事して、デリィの街を堕とす算段を練っておくように。」
「ちょ、ちょっと……。」
何か言いたそうなサリアとガストール老を置いて俺達は部屋をでる。
細かい説明を求められても面倒なだけなので、ここはサッサと砦を堕としてこよう。
「リノア、偉いよぉ。よく出来ました。」
カナミはリノアを抱きしめて褒めたたえる。
「えへっ、カナミお姉さまのために頑張りましたぁ。」
「いい子いい子。今夜はたっぷり可愛がってあげるねぇ。」
「エヘッ、嬉しいですぅ。」
いちゃつくカナミとリノア……彼女たちの間に何があるのか、あったのか、あまり考えたくはない。
ただ、ここ数日はカナミは毎晩リノアと一緒に寝ていて、俺のベッドに潜り込んでこないという事実があるだけだった。
「深く考えないほうがいいっすよ。」
カナミたちを見る俺の肩に、リィズがポンと手を置いてそう言ってくる。
「そうだな。」
「そうっす。」
俺とリィズは、カナミたちが落ち着く迄、その場で二人の様子を眺めているのだった。
「それで、リノアはどうすればいいの?おにいちゃん。」
俺の腕の中でリノアが聞いてくる。
決してやましい事をしているわけではない。
俺達は今、リノアが操るペガサスの背に乗って、アルガ砦を目指している所だ。
俺は落ちないように後ろからリノアを抱えるようにして乗っているだけで、リノアが小さいから、結果として後ろから抱きしめるような体制になってるだけで、……決してやましい事はしてないんだ!
と、隣でじっと見てくるカナミとリィズに視線で訴える。
リノアの紋章の力は、ペガサスと心を通わすことが出来る力だった。
この紋章を持つ者は、大陸の中でも北方地方に固まっており、その為、アガルタ城には、「ペガサスナイト」という特殊な部隊が存在し、アガルタ城の象徴にもなっている。
リノアは、そのペガサスナイトの一員で、今は特別遊撃部隊として、俺達に力を貸すことになっていた。
通常、ペガサスにはペガサスの紋章を持つ者しか乗れないのだが、リノアの持つ紋章は聖痕の為か、リノアが『お願い』すれば、一時的にペガサスの紋章を持たない物でも乗せてもらうことが出来た。
だから、カナミもリィズもそれぞれペガサスに乗っているのだが、何故か俺だけ、すべてのペガサスに拒否られた。
リノアがどれだけ『お願い』してもダメで、結局リノアとこうして相乗りすることで何とかなったのだが、ペガサスは不機嫌MAX状態で、隙あらば、振り落とそうとしてくるのだ。
だから俺は、落とされないように、こうしてしっかりとリノアを抱きしめているわけなのだが……。
「お兄ちゃん、聞いてるの?」
リノアの不機嫌な声が響く。
「悪い、何だった?」
「もぅ、だから、リノアはどうすればいいかって聞いてるの。」
リノアが頬を膨らませながら言ってくる。
おっと、ペガサスだけじゃなく、こっちのお姫様迄不機嫌にさせるわけにはいかないな。
「ごめんごめん、リノアには、この国で起きている事話しただろ?」
俺は優しくリノアの頭を撫でながら答える。
「ウン、聞いたよ。」
リノアはすぐに機嫌を直し、気持ちよさそうに、俺に体重を預けてくる。
「リノアはどう思った?」
「うーん、サリアお姉ちゃんが可哀想。後、そのショーグンさんの言う事は聞きたくないなぁ。」
リノアがそう答える。
その言葉は、この国の大半の者達の意見と言っていいだろう。
この国の性根がどうとかは分からないけど、アイガス王が国民に慕われていたことは間違いなく、その人気の大きさを読み違えた為に、エイモス将軍は窮地に陥っているのだから。
だから、狙い目はそこにあると俺は踏んでいた。
そして、このリノアの人気は、この辺り一帯のアイドルと言っても差し支えはない。
「リノアは、その思ったことを砦の皆に伝えるんだよ。このまま放っておくと、砦の皆は聞きたくもない将軍の命令に従って、リノアと戦う事になる……そんなの嫌だろ?砦の皆もリノアと戦いたくないって思ってるはずだよ。」
俺がそう言うと、リノアもコクンと頷く。
「だからさ、どうせ戦うなら、サリアに力を貸して、国を取り戻すために戦おうって言ってほしいんだ。後の事は俺達に任せておけばいい。」
「うん、わかった。」
リノアが頷く。
そんな話をしているうちに、アルガの砦が目の前に迫っていた。
アルガ砦。
アイガス王国最北端の砦で、北方からの脅威を押しとどめるために作られた砦だ。
さらに北にアガルタ城があるため、最前線になることは殆どなく、この砦に求められている役目は、アガルタ城が危機に陥った時のサポートと、アガルタ城が陥落した場合の避難場所としてだった。
そのため、砦周りの城壁は堅牢で、内部では作物も育てられており、長期にわたっての籠城も可能になっている。
アガルタ城としては、この拠点は何としても先に手に入れておきたい場所だった。
リノアを護衛する2騎のペガサスが、先に中庭に降り立ち、砦の物にリノアの来訪を告げる。
その後、リノアの乗ったペガサスが、砦の中庭に降り立ち、続いて、カナミとリィズの乗ったペガサスも地上に降りてくる。
まだ、戦闘状態に入っていないため、砦の警戒は薄く……と言うか、リノアの来訪を歓迎してくれている。
「はぁ、調査段階でわかってはいましたが、こうして目の当たりにすると、驚きっすね。」
リィズがため息をつく。
そう、リノアが来たという事で、砦中の兵士たちが集まり、一気に歓迎ムードになったのだ。
リノアがこの辺り一帯のアイドルというのは誇張でも何でもない。
実際に殆どアイドルと言っても差し支えなかったりする。
その証拠に、いつの間にか、中庭のステージが準備され、リノアがそのステージ上に立っていた。
その両脇には、護衛としてついてきた少女二人もいる。
「みんなぁ、元気だったぁ?」
「「「「「「「元気ぃだよぉ!」」」」」」
「突然来たのに、すぐステージが出来るなんて、準備良すぎだよぉ!」
リノアの言葉に、中庭に集まった人々から笑いが起きる。
「リノアちゃんの為に、いつでも準備してるからなぁ!」
「「「「「「そうだ、そうだ!」」」」」」
「「「「「「リノアちゃん、歌ってぇ!」」」」」」
中庭全体から声が響き渡る。
「もぅ、今日はお仕事で来たんだけど……しかたがないなぁ、1曲だけだよ。後はお仕事が終わってからね。」
リノアがそう言うと、歓声が上がる。
どこからともなく、楽器を抱えた兵士たちがリノアの後ろでスタンバイし、曲を奏で始める。
ノリのいいポップな曲調だ。
それに合わせて、護衛の二人が踊り始める。
「「「「「「メイちゃーん!」」」」」」
「「「「「「マイちゃーん!」」」」」」
リノアだけでなく、護衛の二人も人気があるらしく、それぞれにファンがついているらしい。
「~~~~~~♪」
曲に合わせてリノアが歌いだすと、盛り上がりはピークに達する。
「こういうのいいねぇ。」
俺の横で、カナミが曲に合わせて体を揺らしながらそう言ってくる。
「そうだな、ソラに負けず劣らず上手だな。」
「ウン、向こうに戻ったらソラちゃんとユニット組ませよ?」
カナミとリノアの間では、向こうに戻るとき連れて行くのが決定事項になっているらしい……そんなことが出来るかどうか分からないのにな。
そして、楽器が最後のフレーズを奏でると、大きな歓声がステージを包み込む。
「みんなぁ、聞いてくれてありがとう!今日リノアが来たのはねぇ、大事な話をみんなに聞いてもらいたいからなの。みんな聞いてくれるぅ?」
リノアがそう言うと、さらに歓声が上がった後、しーんとその場が静まり返り、リノアの話を待つ場が出来上がる。
「みんな、ありがとうね。リノアが来たのはねぇ……。」
そう言ってリノアが、現状の国の事、サリア姫が助けを求めてアガルタ城に来た事、今後の為にみんなの協力が必要だという事などを話していく。
「リノアは、難しいこと、よくわからないけど、みんなが剣を向けあうなんて言うのはイヤだよ。今ここに居るみんなが、昨日笑って送り出してくれたみんなと戦うなんて……ひょっとしたら、私自身が皆に槍を向けなきゃいけなくなるかも、なんて、そんなの嫌だよ!みんなはどう?」
「「「「「「嫌に決まってるだろ!」」」」」」
「「「「「「リノアちゃんに剣を向けるぐらいなら、そう命令したヤツに剣を向けるさ!」」」」」」
「「「「「「リノアちゃんについてくぞー!」」」」」」
「「「「「「おー!」」」」」」
……何と言うか、改めてリノアの人気はすごいと感じる。
サリアより、リノアを旗印にした方が上手くいくんじゃないか、と言う考えがよぎったのはナイショだ。
「みんなぁ、私の敵に回っちゃヤだよー!約束だからねぇー!」
「「「「「「おぉーーーーーーー!」」」」」」
歓声が地響きとなって、その場を揺るがす。
結局、その場の収拾をつけるために、リノアがあと3曲歌う事になった。
「じゃぁ、何かあればすぐアガルタ城へ連絡してくれ。」
砦の総指揮官にそう伝えると、俺はリノアの後ろに乗る。
結局、俺たちが何をするまでもなく、アルガ砦の協力を取り付ける事が出来た。
それだけじゃなく、昨夜遅くにヴェーダ砦、ガルダ砦の代表もやって来て、協力を約束してくれた。
代わりに、リノアが砦に訪問してステージを開くことが条件だったけど。
だから、これから俺達は両砦にリノアの歌を届けに行くのだ。
「たった一人で三つの砦を陥落……にぃにの立場ないっすね。」
「いいんだよ、無血開城上出来じゃないか。」
からかうリィズに反論しておく。
とりあえず、第一関門クリアってところかな。
実際の戦いが始まるまでもう少し時間がほしい俺にとっては、最良の結果を得られた事に満足するのだった。




