※SS 魔王はバレンタインに夢を見る!?
ふっ、本日はバレンタインデー……この世界にそんな風習は無いのだが、俺にはカナミがいる。
彼女の事だからチョコレートを用意してくれているだろう。
ひょっとしたらクリスマスやお正月みたいに、皆を巻き込んでいるかもしれない。
そう考えると、なぜかドキドキしてきた。
いや、異世界に来てまでバレンタインとかどうよ?と思わなくもないけれど、それでもチョコレートが欲しいんだよっ!
その為に、世界の色々を投げ捨てて魔王城に戻ってきたのだ。
◇
「あ、旦那様、帰ってたんじゃな。」
エルネミアが俺の顔を見て近寄ってくる。
「最近、忙しそうじゃのぅ……構ってくれぬから妾も淋しいのじゃよ?」
そう言いながら体を摺り寄せてくる……特に胸が当たるように……。
バシーンッ!
そんなエルの頭をハリセンで叩く少女……ソラ。
「まったく、エルちゃんは油断も隙も無いですね。……あ、おにぃちゃんおかえりー。今日はゆっりしていられるの?」
「あぁ、とりあえず明日まではのんびりする予定だよ。」
「じゃぁ、今夜はご馳走作るから楽しみにしててね……エルちゃんも行くよっ!」
そう言ってエルネミアを引きずっていくソラ……相変わらず元気そうで安心した……が、物足りない。
カナミはバレンタインの布教はしなかったのだろうか?
◇
「あ、レイフォードさん、お帰りなさい。」
「おっ、レイファも来てたのか?」
「えぇ、リィズさんに呼ばれていまして……あっと、ゴメンナサイ、届け物があったのですわ。レイフォードさん、またゆっくりお話ししましょうね。」
そう言ってレイファはそそくさと出て行ってしまう……なんか避けられている気がするのだが……気のせいだろうか?
◇
「あ、レイさんお帰りなさい。」
庭に出てみると、ミリィが動物たちの世話をしていた。
「ただいま……なんか増えてないか?」
「えぇ、ちょっとミルクが大量に必要になったので、お願いしてみたら想定以上に集まっちゃって……。」
困ったように微笑むミリィ。
この、牛とよく似た魔獣からは良質のミルクが取れるので、常時2~3頭がいたのは知っているが、現在30頭近くが集まっている……魔王城に使えるメイドさん達が必死になって乳しぼりをしている。
絞り終わった魔獣たちにミリィが食事と祝福を与えて森へ帰ってもらっているそうだが、数が多くてなかなか終わらないらしい。
「しかし、こんな大量のミルクをどうするんだ?」
「アハハ……ここまで必要じゃなかったんですけどね……まぁ、余った分はレイファが何とかしてくれますわ。」
「そうか……じゃぁ、忙しいみたいなので、俺は行くな。」
「えぇ、また夜にでも。」
そう言って俺はミリィと別れる。
……しかし、一向にチョコレートの話題が出ないなぁ。
この世界にも甘味としてのチョコレートは存在した。
ただ、材料が希少なために中々高価なものではあったが、それをカナミが廉価で流通させることに力を注いでいたため、現在では庶民の間でも「ちょっとした贅沢」と言う程度で口にできるぐらいには広まっている。
だから、この魔王城ならチョコレートを用意するくらいは出来そうなものなんだけどなぁ……。
◇
「チョコレートですか?食べたいんですか?」
ちょうど厨房にいたリナに聞いてみる。
「食べたいというか……欲しい。」
「うーん、ちょうど作り置きの在庫を切らしてるんですよねぇ。今から作っても時間がかかるし……明日まで待ってもらえますか?」
困ったように言うリナに、「いや、別にいいんだ」と固辞して厨房から逃げ出す。
……どうやら、バレンタインの布教は全くしていないという事が理解できた。
という事は、カナミからしかもらえない……貰えるよなぁ?
ひょっとしたらカナミもバレンタインの事は忘れているかもしれないと一抹の不安がよぎる……。
「ま、まぁ、この世界に来てまでバレンタインなんて……別に関係ないよなぁ。」
「ばれ……いたい、っすか?」
誰も聞いていないと思った俺の呟きに応える声がした。
「っと、リィズか、びっくりさせるなよ。」
「どこか痛いっすか?……この間の傷治って無いっすか?」
リィズが心配そうに聞いてくる。
「いや、そういうのじゃないから。大丈夫だから。」
「そうっすか?ならいいっすけど。」
リィズが怪訝そうな顔をしながらも引き下がる。
「ところで、にぃには今夜はここで泊まっていくっすよね?」
「あぁ、その予定だけど。」
「了解っす。」
リディアはそれだけ言うとどこかへ行ってしまった。
……何だったのだろうか?
◇
「はぁ……何しに戻ってきたんだろうなぁ。」
自室のテラスで星空を見上げながら、誰ともなしに呟く。
今夜は月が一つしか出ていないので、少し物寂しくあるが、それを補うかのような満天の星々が煌いている。
結局、最後の砦、と思ってカナミを探し回ったが見つからず、夕食時もソラやレイファが顔を出したものの、皆何やら忙しいとかですぐにどこかへ行ってしまった。
「淋しぃなぁ……。」
こんなことなら、サキュバス村で、ロリサキュバスの根リアちゃんを愛でていた方が良かったかなぁなどと考えていると……。
「浮気はダメだゾ♪」
不意に声がかけられる。
声のした方を見ると微笑んでいるカナミがいた。
「カナ……。」
「淋しくさせてゴメンね。ちょっとコレを作るのに時間がかかっちゃって。」
そう言って差し出してくる包み……これは、待望の……。
「開けていいか?」
「ウン、いいよ。……手作りなんだゾ♪」
包みを開けると、ハート形の一口チョコが1ダース……微妙に形が崩れている所が手作り感を醸し出している。
「ありがとう……嬉しいよ。」
俺は素直にカナミに礼を言う。
「でも、カナミの事だから、クリスマスやお正月みたいに、皆に広めてると思ったよ。」
俺がそう言うとカナミは少し複雑そうな表情をする。
「んー、それも考えたんだけど、バレンタインって女の子から想いを告げる特別な日じゃない?だから、そんな時ぐらいは独り占めしたいなぁって。」
カナミの頬が赤く染まる。
「だから、この中には私の想いが一杯詰まってるんだゾ♪」
そう言いながらハートのチョコを一つ摘まみ、口に咥えて、んーっと、俺の方へ差し出してくる。
俺はそのまま顔を近づけチョコレートを受け取る……当然ながらカナミの唇にも触れることになり、俺はチョコレートとカナミの唇を味わう……ほろ苦いビターチョコが、なぜか甘く感じた。
「えへっ……もう一個食べる?」
しばらくして身体を離すと、カナミは照れた表情を見せながらそんな事を聞いてくる。
月明かりに照らされ、照れたようにはにかむカナミの笑顔……とてつもなく魅力的なお誘いだった。
俺は誘われるようにカナミに近づく……。
「そこまでっす!」
いきなり部屋に飛び込んでくる一団。
「あ、あなたたち……なんで?」
「初手は譲りましたが、最期まで独り占めと言うのはいただけませんわ。」
「そうだよー、ボクだっておにぃちゃんとイチャイチャするぅ。」
「チョコレートって難しいですね。」
「妾を、妾を食べるのじゃ。」
包みを持ったリィズたちが口々に喋り出す……正直部屋の中はカオス状態だった。
なんでも、以前カナミがバレンタインの事について話していたのをリィズが覚えていたらしい。
それで、カナミが抜け駆けをしようとしている事を悟り、リィズたちはリィズたちで準備を進めていたそうだ。
今日皆の態度がおかしかったのも、チョコレートを隠れて作っていた為だそうだ……早く言ってくれればいいのに。
結局、その後は皆でチョコレートパーティをすることになった。
リィズが作り過ぎて大量にあるチョコレートをどう消費するかで悩んだり、ソラが作ったロシアンチョコを食べたレイファが涙目になったり、身体中にチョコを塗りたくったエルを皆で舐めて見悶えさせたり……、夜通し俺達は騒ぎ通したのだった。
「みんな寝ちゃったね……はぁ、結局独り占めは難しいのねぇ。」
俺の肩に頭をコテンと持たれかけてカナミがそんな事を呟く。
「これが俺達の在り方、だろ?」
「そうなんだけどねぇ……やっぱり、たまには独り占めしたいのよ。」
そう言いながらカナミは俺を見つめてくる。
「今なら、邪魔は入らないよ。」
俺はそう言ってカナミを抱き寄せ顔を近づける。
俺とカナミの距離がなくなる……。
「まぁ、最期くらいは譲るっすよ……。」
俺の膝の上で寝ているリィズからそんな声が聞こえたような気がしたが、聞こえない振りをした。




