エピローグ ~魔王って、これでいいのか?~
……ぐるぅ、ぐるっこぉー……
……ン……うるさい……。
俺は無造作に、枕元にいた、ソレを捕まえる。
……ぐるぅんぐるぅ……ぐるっこぁー……。
俺の手の中でジタバタと暴れるソレ……ベガスだ。
「ン……お前自身が餌になりたくないなら、もう少し静かにしてくれ。」
俺はそう言って、そのベガスを放してやる。
……ぐるぅー、ぐるぅー……。
さっきまで騒がしかったのが急に静かになる。
ウン、もう少しだけ寝れそうだ。
俺は寝返りを打つと……。
むにゅ……。
手に何か柔らかいものが触れる。
むにゅ、むにゅ……。
「アン……ン……。」
俺は目を開けて、柔らかいものの正体を探る。
「なんだ、エルの胸か。」
俺はもう一度寝直すことに……。
「何だ、じゃないよねっ!」
スパーンッ!とハリセンの軽快な音が部屋中に響き渡る。
「テテテ……もっと、優しく起こしてくれよ。」
起き上がる俺の目の前には、ハリセンをもって腕組みをしていらっしゃるカナミ様がいた。
「うるさい!なんで、エルを連れ込んでいるのよ!」
「また、勝手に潜り込んできてるんだよ……ふぁぁー……ン……。」
「そうなのですね、ではお仕置きですか?」
突然、カナミとは逆の方向から声が聞こえる。
その言葉を聞いて、寝ていたはずのエルネミアが飛び起きる。
「い、イヤじゃぁ!お仕置きはもう嫌なのじゃぁ!」
「だったら順番は守りましょうね。」
そう言ってエルネミアの首根っこを掴んで引きずっていくミリィ。
「おーい、程々にな。」
俺は部屋を出ていこうとするミリィに声をかける。
「わかってますわ。」
にっこりと笑ってから、部屋を出ていくミリィ。
いやじゃぁー、という叫び声がだんだん遠ざかっていった。
◇
「そう言えば、エルのお仕置きじゃなかったのか?」
リィズの姿を見て、そんな事を聞く。
「今日はソラの番っす。」
ムスッとして答えるリィズ……あれ?ご機嫌損ねちゃったかな?
「そっか、じゃぁ、エルも喜んでいるだろうな。」
「まぁ、エルもねぇ……素直に遊んでーって言えばいいのに、ねぇ?」
「あいつ、構ってほしくて、わざと潜り込んでくるからなぁ。」
「リィズ、知ってる?あの子、リィズかソラの時だけ、狙ってやってるのよ?」
俺とカナミがそんな事を交互に伝えるが、リィズはそっぽ向いたままだった。
「そんなこと知らないっすよ。」
そう答えるリィズの頬は赤く染まっている。
「照れちゃって。可愛ぃ。」
「照れてないっす!」
慌てて出ていくリィズ。
「あんまりからかうなよ。」
俺は一応、カナミにくぎを刺しておく。
「いいの、私とリィズはこういうカンケイ♪」
カナミは嬉しそうに言う。
「しかし、あれから1ヶ月かぁ……みんな後遺症もなく元気になってよかったよ。」
「そうね、特にリィズとソラちゃんの事は心配したけど……何事もなくてよかったよ。」
あれから……エルネミアを助けて、皆の元に戻ったあの瞬間、俺は、二度とこういう風景が見れないんだと覚悟した……杞憂で終わって、本当によかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「レイファ、レイファ、大丈夫か!」
俺の姿を認めた後、糸がプツリと切れる様に倒れ込んできたレイファ。
「落ち着くのじゃ、旦那様!落ち着くのじゃ!」
レイファを揺さぶる俺を止めるエルネミア。
「これが落ち着いていられるか!カナミは、リィズは、ソラはどうしたんだ!」
「落ち着けっての!みんな無事!生命反応はあるわ。それより、今はこっち。」
そう言って半透明になっているミリィを指さすエルネミア。
「何があったか分からないけど、精霊力の使い過ぎで、自我が保てなくなっているわ。このままでは、自我の崩壊と共に精霊となって消えちゃうわよ。それでもいいの!?」
「よくない!」
エルネミアの言葉に反射的に応える俺。
ミリィが消える?そんな馬鹿な。
「でも、どうすればいい?」
「そんなのわかんないわよ。魔力を送ると同時に、自我をはっきり認識させるって言うのはわかるけど、どうしたらいいかなんて……。」
エルネミアも動揺している。
何せ、ずっとこの世界に閉じ込められていたのだ。
知識は豊富でも実践経験が足りないため、こういう応用が全く効かない。
「わかった、やってみる。」
どうすればいいかなんて、俺にもわからない。
ただ自我をはっきりさせるというなら……俺は俺の想いを伝えて、ここに戻ってきてもらうだけだ。
俺は半透明になったミリィをそっと抱きしめる……力を入れると、そのまますり抜けそうだ。
「ミリィ……。」
俺は、焦点の合っていないミリィの目を見つめ……そして優しく、唇に触れる。
俺の唇からミリィの唇を通して、魔力を注ぎ込む。
魔力と一緒に俺の想いを乗せて……
ミリィ、ミリィ……俺はここに居るぞ!独りだけで逝かないって約束だろ?
だから、早く帰って来いよ……ミリィ……俺はここだ!
どれくらいたっただろうか?気づくと、すり抜けそうだったミリィの身体に弾力が戻ってきている。
俺はゆっくりと唇を離す。
ミリィと目が合う。
さっきのような何処を見ているか分からない、焦点の合っていない眼ではなく、しっかりと俺を捉え微笑むミリィの瞳がそこにあった。
「お帰り。」
俺がそう言うと、ミリィは一旦俯き、そして、満面の笑顔で答えてくれる。
「ただいま……でも、もう少しだけ。」
そう言ってミリィは俺の口をふさぐ。
俺は、ミリィの背中に回した低力を込めて、ギュっと抱きしめた。
「あのぉ……そろそろどうですかねぇ?まだ、ここで放置プレイかのぉ?」
いつまで経っても離れない、俺とミリィに、苛立った声をかけるエルネミア。
……やさぐれていた。
◇
「で、結局、何があったんだ?」
あれからほどなくして、ランが戻ってきた。
そして、ランの協力の元、共有バックから「どこでもトビラ」を引きずり出して、レイファ達を中へと運んだ。
今は奥の寝室で4人とも寝ている。
命に別状は無い様だが、起きる気配がないのが少々気になるところだ。
ランは、相手のドラゴンの事に関しては「心配ない」と言ったきり、それ以上の事には触れず、ベースキャンプを設置した後はさっさと転移陣を使って魔王島へと戻って行ってしまった。
みんなが回復しない事にはどうしようもないので、今はこうしてお茶を飲みながら情報交換というわけだ。
「何が?と言われても私もはっきりしたことは分からないわ。カナミとレイファが起きない事には……。」
そう前置きをして、ミリィはわかっている事だけでも、と話をしてくれる。
俺が驚いたのはソラの身体の事だ。
このままじゃ危ない、とはわかってはいたが、まさか、そこまで切羽詰まっていたとは思ってもみなかった。
魔王の力を得れば、その魔力で何とか出来るだろうと軽く考えていただけにショックは大きかった。
そして、あの時俺に届いたのは、やっぱりソラの歌だった。
ソラが自分の全生命力を力に変えて届けてくれた歌……アレが無ければ、俺もエルネミアも今頃は瓦礫の下敷きになっていただろう。
でも、あの後の光は?
「それは私にも分からないの……ファルスが出てきて、もう何をやってもムダと言われて……。」
力尽きたソラに、レイファは魔力の続く限り、回復魔法をかけ続けていたらしい。
魔物との戦いの途中、精霊女王として覚醒したミリィも、レイファに魔力を譲渡し続けて……。
「それからの事はよく覚えていないわ。大いなる力に包まれて、あぁ、ソラは助かったんだって思った後、私自身が段々気薄になって……次に気づいたときは、レイさんの熱い口づけ。」
ポッと頬を赤らめるミリィ。
そこで赤くなられると、俺も照れるんだが?
「へぇーっ、ほぉー、ふーん……私が寝ている間、そゆことしてたんだぁ?」
ダイニングの入り口に、カナミが立っていた。
「カナミ!」
俺は思わず駆け寄り、思いっきり抱きしめる。
「よかった、よかったぁ……。」
「ちょ、ちょっと、センパイ……もぅ。」
カナミもギュっとしてくれる。
やがて、カナミが顔を上げて言う。
「私にキスはしてくれないの?」
◇
「私にも、分からないんですよ。」
レイファが言う。
カナミの可愛いおねだりを聞いている間に、レイファも起きてきて、レイファにも頑張った御褒美をあげて……とバタバタしつつ、お茶を入れ直して、ようやく落ち着いたところで、さっきの続きを聞く。
「あの光にカナミさんの意志を感じましたので、カナミさんとファルスが何かしたのだとは思いますが……。」
そう言いながらカナミに視線を向ける。
「たはは……。」
カナミは心当たりがあるのか、気まずそうにそっぽを向く。
「えっと……話さなきゃ……ダメ?」
よほど言いたくないのか、そんな事を言うカナミ。
「どうしても言いたくないって言うなら無理に話さなくてもいいけど……今後、その件でフォローできなくなるぞ?」
「だよねぇ……はぁ……。」
ため息をつくカナミ。
そんなに大事なんだろうか?
「一つだけ約束して。」
急に真面目なトーンで言うカナミ。
「私の話を聞いても、絶対笑わないって。」
いや、それ、笑う事前提の振りじゃないのか?
「わかった、約束して?」
「……出来るだけ善処しよう。」
「……まぁ、いいわ。」
諦めた様に言うカナミ。
「とりあえず、結論から言うと…………私女神になっちゃいました。てへっ。」
カナミの、今日一番の爆弾発言だった。
◇
「順を追って話すとね……。」
どうしてそうなったか、説明してくれるらしい。
「あぁ、そうしてくれ。」
「ウン、リィズもね、ソラちゃんと似たような状態だったの。回復魔法で傷はふさがったんだけど、生命力が流れ落ちていくのが止められなくて……。」
カナミの言葉に頷くレイファとミリィ。
「それで、こんなの認めない。女神なら奇跡を起こせって言っちゃったのよ。」
「そ、それは……」
レイファが驚愕の目でカナミを見る。
まぁ、普通女神に食いつく聖女なんていないわな。
「そうしたらエルフィーネが降りて来てね……。」
今、女神たちはこの世界に干渉する力を失っている。
それが出来たのは、ここが闇の世界として切り離されていた事と、カナミの類稀なる魔力の質と力、これらが集まって、エルフィーネが下りてくることが出来たそうだ。
と言うより、エルフィーネしか、降りてくることはできなかった。
その為、エルフィーネ自身には、神の力を行使するだけの力はなく、女神の奇跡を起こすためには、エルフィーネではなくカナミ自身が起こす以外に方法はないとのこと。
しかも、何の準備も出来ていない場所で女神として覚醒できるかどうかは一種の賭けで、しかも可能性はかなり低かった。
さらに言えば、女神となったら天界に籍を置かねばならず、今まで通りと言うわけにはいかない。
それでもなお、リィズを助けるために、とカナミは女神になる道を選んだ。
「必ず助けるって言っちゃったからね。」
「だからと言って……。まぁ、今更だな。」
「そう、今更なんだよ。でね、女神としては無事覚醒出来たんだけど……。」
女神になったカナミ。
女神となった故にわかった……わかってしまった。
リィズがもう手遅れだって事を……。
「でもね、それじゃ意味ないでしょ?だから考えたの。その時ファルスがコンタクト取って来てね……。」
ファルスが語ったソラの事、ソラの今の現状……。
女神になったとはいえ、リィズもソラも助けられないなんて、と嘆いているとファルスがある提案をする。
『ソラをカナミの眷属にする』
元々、ソラの魂の強さに器が耐えられなかっただけなので、眷属となって新しい器があれば、ソラは助かるという事……。
「それを聞いたときにね、リィズも眷属にすれば助かるんじゃないかって考えたの。」
どうせ他に手はないしね、とカナミは言う。
「で、結果として二人とも助かったのはいいけど、私の眷属になっちゃったから人間じゃなくなちゃったのよね。」
「それって、今後、何か影響はあるのか?」
「んー、今のところは大丈夫だと思う。ただ寿命がなくなっちゃったのよね。眷属だから、私が死なない限り、彼女たちも死なないのよ。後は彼女たち次第かな?望めばもっと神に近づくこともできるし、現状を維持することもできると思う。ただね……」
それしか方法がなかったとはいえ、二人の意思確認をせずに眷属化してしまった事は申し訳ないという。
「だからね、二人の事はすべて私が責任持つの。嫌われたり、憎まれることがあったとしても、それはすべて私が受け止める。それが私の贖罪。」
「まぁ、一人で抱え込むなよ。お前をフォローするのは俺の役目だからな。」
「ウン、ありがと。」
カナミが素直に頷く。
かなりの重荷を背負わせてしまったみたいだけど、俺も半分持つ……それが責任の取り方だと思う。
「それで……女神になったら地上にいられないんだろ?何故カナミはここに居られるんだ?」
「あ、あはは……えっとね、確かに、眷属化した後、天に上がっていったんだけどね……。」
カナミはそこで一旦言葉を切る。
そして、ちょっと上目づかいで……「堕ちちゃった」とぼそっと言った。
「え?なんて?」
よく聞こえなかったのでもう一度聞き直す。
「だから、堕ちちゃったの。『センパイのいない天上界なんていけるかぁ!』って否定したら真っ逆さまに……そうしたら『堕天』しちゃったってわけ。」
「って事は……。」
「そうよ!悪かったわね。今の私は堕ちた女神……『堕女神』よ!」
カナミの叫びに、ミリィとレイファが、俯き、必死になって笑いをこらえている。
「ダメガミ……あ、あはっはは……。」
これは笑うしかないだろ。
「やっぱり笑ったぁ……だから言いたくなかったのにぃ!」
「ははは……まぁ、いいんじゃないか?カナミらしくて。」
「どうせ私はダメダメですよーだ。」
「そんなことないですよ。カナミは優しくて素敵です。」
「ナミ様がダメダメなら、私はどうするんですか!」
いじけるカナミをミリィとレイファが慰めている。
◇
「それで、ソラとリィズはどうなんだ?」
「うん、さっき見た感じだと問題ないよ。ただ、体と魂を馴染ませるためにしばらくは寝たままだと思う。」
「しばらくって?」
どれくらい寝たきりになるかによって、この後の行動が変わってくる。
「ウン、はっきりとは言えないけど、たぶん3~4日……長くても5日はかからないと思う。」
3~4日ね……それなら一旦出て魔王城に行った方が良さそうだな。
「じゃぁエルが起きたら、この世界を出て魔王城へ戻ろうか?その方がゆっくりできるだろ?」
「そうね。それがいいよね。」
エルは俺達の話の途中でテーブルに突っ伏して寝てしまっていた。
まぁ、魔力枯渇寸前だったし、仕方がないだろう。
「まぁ、とにかく……お疲れ、そしてありがとう、カナミ。」
「うん」
俺はカナミに感謝を告げる。
色々あったけど、カナミのお陰で無事に戻ることが出来そうだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あれから1ヶ月、魔族領の防備はしっかりしていて、そう簡単に攻め込まれないようになっている。
ただ、人材や規模の関係で、こっちから攻めるのも難しいのだが。
現在は北のゼキオン領、中央のアラベス領、南西の俺達の領土で三すくみの状態が続いている。
これは今すぐどうこうと出来るものではないので、アドラーに任せることにした。
それで、俺達がやってることと言うのが……
「ウハハハハ、よくぞここまで来たな勇者よ。フム……もし我の味方になれば世界の半分をやろう!どうだ?」
自称勇者相手に魔王を演じる毎日。
勇者たちには強くなってもらわないといけないからな。
俺自らこうやって相手をしてやってるわけだ。
「センパイ、楽しい?」
呆れた声で言ってくるカナミ。
「あぁ、楽しいよ。やっぱり平和が一番だよな。」
「どの口が平和って言うんすか?」
足元に転がっている自称勇者を剣先でツンツンしながら、ボヤくリィズ。
「この口だよ、俺が平和って言ったら平和なんだよ。」
「ったく、とんだ俺様っすね。」
「いいんだよ、俺は今『魔王様』なんだから、俺様でちょうどいいんだよ。」
俺は笑ってみんなの顔を見る。
カナミ、ミリィ、リィズ、ソラ……みんな笑っている。
この場には居ないけど、この間会った時、レイファ達も笑っていた。
そう、これでいいんだよな……毎日を笑って過ごす、それが俺の願い……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――某所、某時――
「ミィルどんな感じ?」
「ようやく安定したところよ、ネルフィー。」
「どれどれ?」
ネルフィーとよばれた女性体がミィルの操作しているモニターを覗き込む。
「ふぅ、大丈夫そうね。じゃぁ、次の段階へ移行しても大丈夫かしら?」
「あ、じゃぁ、ちょっと待って……ネルゲル、これバックアップ取って。」
「なんで私が?」
ネルゲルとよばれた女性体がぶつぶつ言いながらもモニターを操作する。
「アンタがこの間勝手な事をしたバツよ。おかげで調整が大変だったんだから。」
「おかげでいい具合に進んだだろ?……っと、ファイル名は?」
ネルゲルが悪びれずに言う。
「もぅ!……ファイル名は『プロジェクトU・S・O』よ。」
長い間、応援ありがとうございました。
一応、後一話、番外編を載せますが、本編はこれにて終了となります。
とはいっても全体の構想からみれば『第一部・完』ってところですが。
番外編の後は、一度全体を見直して、誤字等修正作業をする予定です。
その後は新作に着手するか、魔王のセカンドシーズンに着手するか……未定です。




