対ドラゴンゾンビ
グヲォォォォォォォンンンン……
咆哮が響き渡る……壁が崩れる。
俺は崩れ落ちる瓦礫からエルネミアを庇いつつ、脱出路を探す。
「エル、抜け道とか無いのか?」
「無い……と言うより、もうここは、異界化してるよ。」
異界化……魔法など、何らかの要因により、その世界との繋がりを一時的に断絶化した一種の結界のような物である。
異界を維持する核があり、それが破壊されるか、維持するエネルギーが尽きるまで、解除されることはない。
「異界化……ね。どう見てもアイツが『核』だよな?」
「うん、そうみたい。」
俺の言葉にエルネミアが答える。
「って事は、アイツを倒すしかないって事か。」
「そうだね。」
エルネミアを庇いつつ、アイツを倒すってか、それなんて無理ゲー?
そう思いつつエルネミアを見る……比較的落ち着いているように見える。
時間がたって落ち着きを取り戻したか?
「正直に言うぞ、お前を庇って、あのドラゴンゾンビと戦うことは不可能だ。」
「ウン、分かってる。」
「だから、お前は出来るだけ遠くへ……。」
「だから私も戦うよ!」
俺の言葉にかぶせて、エルネミアが言う。
「戦えるのか?」
「舐めるでない!妾はこれでも「魔王」であるぞ!」
「その「魔王」さんは、さっきまで捕まっていて、ガタガタと震えていたけどな?」
「あ、あれは不意を突かれて……そう、びっくり……じゃなくて油断を誘っておったのじゃ!」
俺のからかうような言葉に、あたふたとしながら答える魔王。
この様子なら大丈夫か。
「エルは、何ができる?」
「何とは、失礼であろう。妾は魔王の中の魔王、出来ぬことなど……。」
「あぁ、今はそう言うのいいから。」
何やら口走り始めるエルネミアを制しながら、俺はアンデットドラゴンの方を見る。
アンデットドラゴン……ドラゴンゾンビとも呼ばれる、死したドラゴンが蘇ったモノである。
ドラゴンと言っても『龍種』ではなく『竜種』の方だが。
ただ『龍種』みたいな別次元の強さではないとはいえ『竜種』そのものも、物魔両方に高位の耐性を持ち、それぞれの属性に対しては無効化を持つという、かなりの難敵である。
それがアンデット化することにより、生前持っていた属性に不死属性が加わり、各耐性が軒並み底上げされている。
知性は無くしていて、ただひたすら敵を襲うという本能だけで動いているものの、裏を返せば、滅するまで退くことはない、という事になる。
生き物であれば、相手と自分の戦力差があるだとか、攻撃を受けて勝てないと思った時に生きる為と、撤退するのは当たり前の行動だが、アンデットにはそれがない。
アンデットになって『聖属性』という弱点が増えたとしても、厄介な相手に変わりはない。
「ウン、正直に言うね、あのドラゴンゾンビに対しては私の攻撃はほとんど効かない。だから私に出来るのは弱体化させる結界で縛る事だけ。そして、その魔法を使っている間は私も動けない。」
「つまり、お前に近づけないように、俺一人でたたかえ!と、そう言う事か?」
「ウン、私を守ってね♪」
笑顔で頷くエルネミア……こういう顔も出来るんだな。
「結局、何も変わってない気もするが……まぁ、任せておけ。」
俺はクシャっと、エルネミアの頭を撫でて、アンデットドラゴンに向かい駆けだす。
変わっていないと言ったが、実際には弱体化に加え鈍化までされた相手と戦うのだから、かなり有利になったことは間違いない。
「妾の元に集え、舞え、弾けよ!『絶界領域封印!』」
俺の後方から膨大な魔力と瘴気が入り混じったエネルギーが放たれ、眼前のアンデットドラゴンを包み込む。
すると、アンデットドラゴンの動きが明らかに変わる。
さっきまでは、脚を踏みつけ、尻尾を振り回し、首を動かしてブレスを吐く、と言うように好き放題暴れまわっていたのが、今では足を上げてから、降ろすまでに時間がかかり、次の動作に移るのも時間がかかりと明らかに鈍くなっている。
総重量が50㎏を超えるフルプレートを着て動くようなものだと思ってもらえれば、分かってもらえるだろうか。
「流石、魔王の中の魔王サマだぜ!」
俺は少し距離があったが、魔法の詠唱に入る。
まずは大技を放って、少しでもダメージを与えるのが先だ。
『万物の根源たるマナよ』
『大いなる光、灼熱、爆風、炎火』
『全てを力に変えよ。溶かし燃やし吹き飛ばせ』
……俺は着弾地点をアンデットドラゴンの真下と認識する。
『灼熱の大爆発!』
俺の放つ魔法は、見事にアンデットドラゴンの足元に着弾し弾ける。
大爆発がアンデットドラゴンを巻き込み、燃やしていく。
◇
グシュッ!
俺はアンデットドラゴンの首の付け根辺りに深くケイオスを突き刺す。
通常のドラゴンではこんなに易々と突き刺さらないが、やはりゾンビとなって、肉体の腐食が進んでいるからだろうか?
ただ、これぐらい突き刺しても大したダメージになっていないという方が問題かもしれない。
俺は、そのままケイオスを通じて魔力を流し込む。
『炎風陣!』
俺はケイオスを引き抜き、飛びずさる。
さっきまで俺のいた所から火柱が立ち上ると、足元が、ぐらりと揺れる。
「クッ!まだ動くか……ホントにアンデットってやつは!」
俺を振り払おうと尻尾の攻撃が来るが、それを躱してもう一度ケイオスを突き刺す。
そして力ある言葉を唱え、ケイオスを通じて、アンデットドラゴンの体内で魔法を発動させる。
『炎風陣!』
魔法を唱えた後は、巻き込まれないようにケイオスを抜いて、距離を取る。
ケイオスを刺していた所から火柱が上がり、苦痛に耐えれずにアンデットドラゴンが暴れる。
アンデットドラゴンの胴に乗っている俺は、その動きで振り落とされないように、必死でバランスをとる。
動きが少し納まった所で、ケイオスを突き刺し、魔法を放つ。
このような事を、もう30分以上繰り返している。
「クッソ、ホントにタフだな!」
離れたところにいるエルネミアに視線を向ける。
遠くて表情まで見えないが、かなり辛そうだ……限界が近いのだろう。
「もって後10分ってところか……。」
このアンデットドラゴンを30分以上抑え込んでいるのだから、並大抵の力でないことはわかる。
ただ、それを超える理不尽ってだけだ。
「動く理不尽」……それが、ドラゴン族に対する一般的な認識だ。
実際に相対してみれば「理不尽」等と言う生易しいモノではないという事を突きつけられるのだが。
「まぁ、俺もそれぐらいが限界だろうけどな。」
最初は、離れたところから大魔法を連発し、魔力の回復をさせつつ剣で削り、大魔法でトドメ!……のつもりだったのだが、エルネミアの放った『絶界領域封印』は、外部からの魔力を弾く結界にもなっているため、離れたところからの魔法では殆どダメージを与えることはできなかった。
かといって、剣で削るには与えるダメージが小さすぎる。
考えてみて欲しい。
蟻に噛まれると痛い……が、それだけだろ?
その蟻が何十万匹と集まり、一斉に噛まれたら……死ぬかもしれない。
しかし、その蟻が他の蟻より遥かに大きく鋭い咢だったとしても、1匹だけで死ぬまで噛み続けるのにどれくらいの時間がかかると思う?
人間とドラゴンと言うのはそう言う関係に等しい。
そのような絶対差を覆すのが魔法の存在であり、巨大な敵を倒すには魔法が必須なのだ。
しかし、その魔法が結界に阻まれて利かなかったら?
答え……魔法が利くところまで入り込めばいい。
という事で、剣を突きさし、アンデットドラゴンの『内部』で魔法を炸裂させていたのだが、中々タフでいまだに倒れずにいる……そして、俺もエルネミアも魔力が尽きかけている。
「とはいえ、コイツもそろそろ限界だと思うんだが。」
俺はもう何度目になるか分からない『炎風陣』を放ち、剣を抜いて飛び去る。
「最後の賭けに出るか。」
狙いは竜の頭……さっきまでは鈍化していても尚、動きが激しく中々狙えなかったが、弱ってきている今なら……そして、極大魔法を打ち込めば……。
今の状況では、最後の一撃になるだろう。
しかし、残った魔力でチマチマやっていても倒せないのは確かだ。
「ってことで、やるしかないわけだ。」
俺は誰に言うまでもなく呟く。
「エルッ!あと3分でいい!ありったけの魔力で奴を抑え込め!」
俺はエルネミアにそう叫んで指示を出す。
エルネミアは、俺の言葉に頷き魔力を込める。
すると鈍かったアンデットドラゴンの動きがさらに鈍くなる。
「今だ!」
俺は動きを止めたアンデットドラゴンの額に飛び乗り、その眼と眼の間……眉間にケイオスを突き立てる。
急所に剣を突き立てられ暴れまわるアンデットドラゴン。
「ウォォ!」
俺は振り落とされないようにケイオスをしっかりと握りしめ、更に奥へと突き刺していく。
『万物の根源たるマナよ』
『闇を照らし魔を退ける』
更に暴れるアンデットドラゴン。
しかし俺は構わず力ある言葉を紡いでいく。
『清浄たる癒しの流れ』
『留まる事無く変化を示す』
アンデットドラゴンが壁面に向かって走り出す。
壁に頭突きをして、俺を押しつぶす気らしい。
『大地より出で大地に帰る』
鈍化の魔法の為、歩みが遅いのが幸いした……呪文が完成する方が早い。
『すべての理を力に返せ』
後は、最後のルーンだけ……。
「グッ…………!」
俺の身体から力が抜けていく……ここまで来て魔力切れかよ。
俺は何とか、力を振り絞ってルーンを完成させようとするが……力が入らない。
ミリィの心配そうな、少し構った顔が浮かぶ……。
そうだな、ミリィにはいつも支えられて来た……彼女のお陰で今の俺があると言っても過言ではない。
最初は傷の舐め合い……そんな感じだったけどな……俺は彼女に安らぎを与えることは出来たのかな?
次に浮かぶのは笑顔のリィズ……。
いつも元気で可愛くて……俺を庇って刺されたリィズ。
カナミがついているから大丈夫だと思うけど……。
あの子はいつでも居場所を探していたっけ……俺は彼女の「居場所」になれたのだろうか?
意識が朦朧としてくる中、レイファの顔が浮かぶ……なんでこんなに……これが走馬灯ってやつなんだろうか?
レイファは、俺が一番荒んでいた時に出会った。
自分の無力さに嘆いていた俺を癒し、道を指し示してくれた。
彼女自身が辛い過去を持っているというのに、それを微塵も感じさせずに、ただ、ひたすら他人に尽くし癒しを与える……聖女と言う言葉は彼女にこそ相応しいと思う。
この世界の奴らは見る目がないんだよな。
自分の寂しさを必死になって隠し通していたレイファ……俺の存在が寂しさを紛らわすことになっていればいいけどな。
カナミ……香奈美……向こうの世界の香奈美とこっちの世界のカナミの顔が交互に浮かんでは消える。
俺が愛した一人の少女。
こんな世界まで追って来るほど好きでいてもらえて、嬉しくないわけがない。
泣かないで、カナミ……俺はいつでもそばに居るから……。
「ぐっ……クソッ。」
カナミの元に帰る為にも……俺は気力を振り絞る……が、力が入った気がしない。
もはや俺は剣を握っているのかいないのか……それすらも定かではない。
目の前も暗くなってきた……ここまでか。
(~~~~♪)
どこからともなく歌が聞こえる。
ソラの歌?
……家族を亡くし、それでも精一杯明日を生きると決めた少女。
彼女の歌は皆を幸せにする。
歌っている時の彼女も幸せそうだった。
俺はソラの「家族」になれた……かな?
(~~~~♪ おにぃちゃん、大好きだよ。頑張って!)
それは遠くて小さくて儚くて……それでもしっかりと俺の中に響いた。
(~~~~♪)
(ボクの想い、みんなに届け~~~♪)
「あぁ、ソラ。確かに届いたぞ。」
俺はケイオスの柄をしっかり握りしめる。
「ウォォォ!」
気合を入れる。
ここで決める。
ソラが与えてくれたこの力、全てを込める!
「クッ……これでも、まだ足りないのか!」
ケイオスを握る俺の手から力が抜けかける。
その時、闇の世界全体が淡く光り輝く。
その光は俺を優しく包み込む……これは……カナミ?
光の中に、微かにカナミの意志を感じるが、今はこの力全てを魔力に変えて……
「トドメだ……『楽園の崩壊!』」
俺はありったけの魔力を放つ。
ケイオスが魔法の圧力に弾かれて抜け、同時にアンデットドラゴンの頭が爆散する。
俺はその爆風に逆らわずに流される様に飛ばされる。
俺の放った魔法は、アンデットドラゴンの頭を吹き飛ばしただけでは収まらず、首を、胴体を、脚を……それぞれの個所が爆散していく。
俺が爆風に吹き飛ばされ、地面に落ちた場所、そこは偶然にもエルネミアの近くだった。
「大丈夫!?」
慌てて駆け寄ってくるエルネミア。
自分も魔力使い果たして、立ってるのも辛いくせに……。
「あぁ、しばらく横になっていればな。それより、お前の方が大変なんじゃないか?」
「ウン、私もちょっと立ってるのは、ツライ……かな?」
そう言って俺の横に座り込むエルネミア。
「よいしょ……っと。」
「あの、エルさん?何をなさっているんでしょうか?」
「ん?未来の旦那様に膝枕♪立ってられないけど、これくらいならね。」
そう言って、膝の上に乗せた俺の頭を優しく撫でる。
抵抗したくても、体の力が入らない俺はされるがままだ。
「私を助けてくれて……闇の世界から引き揚げてくれて……守ってくれて、ありがとう。」
エルネミアが、瞳に一杯の涙を浮かべながら、お礼を言ってくる。
「礼はいらない。でも、どうしてもって言うなら……笑ってくれよ。」
エルネミアは、一瞬何を言われたか分からないと、きょとんとした顔になり、やがて……。
「いきなり笑顔って言われても困るよぉ。」
涙を貯めたまま一生懸命の笑顔を作って、俺に笑いかける。
……十分魅力的な笑顔だよ。
その笑顔が段々俺に近づいてくる。
……そして、しばらくの間、二人の距離は重なったままだった。
◇
「こっちであってるよな?」
俺は瓦礫をどけながら道を作る。
「ウン、大丈夫。もう少しでみんなのいる場所につくよ。」
何故か浮かない声で伝えてくるエルネミア。
俺達は動けるようになると、すぐに行動を起こした。
異界化は解けていたものの、周りは瓦礫の山で、どの方向に行けばいいかもわからない。
闇の世界の中なら、どこでも見ることが出来たというエルネミアの権能も、闇の世界に縛り付ける鎖を断ち切ったため、なんとなくの方角しかわからなくなっていた。
仕方がないので、俺はエルネミアの指し示す方へ、直線で進んできたのだが……。
「しょ……っと。」
俺が大きな瓦礫をどけると、小さな扉が姿を現す。
玉座の間に通じる隠し扉だ。
「エル、あったぞ。ここを抜けると皆のいる広間だ。」
「ウン……。」
返事はするが元気がない……まだ回復しきってないのか?
「みんなと合流出来れば、カナミかレイファに回復してもらえるし、その後、少し頑張れば、お前が暮らす新しい世界で、ゆっくりと休めるからな。」
だからもう少しだ、がんばれ、と言いながら俺は扉を開く。
「みんな無事か?エルを助けたぞ!」
そう言いながら俺は扉をくぐり、部屋の中へ進む。
「あ、レイさん……。」
俺の声に振り返ったレイファの顔には涙が一杯溜まっていた。
「レイファ一体どうし……。」
俺は言葉途中で詰まる。
レイファの傍には半透明のミリィと、……床に横たわる、カナミ、リィズ、ソラの姿があった。
「い、一体何が……。」
「間に合って、良かった……です。」
そう言って倒れ込むレイファを、俺は慌てて支える。
「どうしたんだ、皆は無事なのか!」
状況が呑み込めない俺に答えてくれるものは誰もいなかった。




