誰がために…… -後編ー
「邪魔だ!」
俺は襲い掛かってくる闇の影を一刀のもとに斬り捨てる。
エルネミアを攫った闇の手は、時々、俺達の行動を阻害するために闇の影を放ってくる。
しかし、その為に一旦移動力が鈍り、また、影が全く足止めになっていないため、俺達と闇の手の距離はドンドン詰まっていく。
そして、闇の手が入り込んだ部屋……そこは行き止まりだった。
「追い詰めたぞ!観念してエルを放せ!」
『フフフ、追い詰められたのはどっちだろうな。』
「なに!」
「危ないっす!」
追い詰めたはずの闇の手が見せる余裕に訝しんでいると、いきなりリィズに突き飛ばされる。
「あら、惜しかったわ。」
そう言う侍女の手には地で真っ赤に染まったナイフが握られていた。
……血!?誰の!
俺は慌ててリィズを振り返る。
そこにはお腹から大量に血を流しているリィズとそれを抱えるカナミがいた。
「リィーズーーー!」
俺は慌てて駆け寄る。
「に、にぃに、自分は大丈夫っすから……エルを……。」
「バカヤロー!こんなに血が流れていて、何が大丈夫だ!早く手当てを!」
「いいから!」
俺が慌てて、カナミに治療を指示しようとすると、リィズが大声で遮る。
「私は大丈夫、それよりエルを助けてあげて。あの子は私……助けがなかった私なの。だからお願い……おにぃちゃん……。」
それだけ言うと、リィズはクタッと意識を失う。
「リィィズ!」
俺はリィズを抱き寄せようとするが、カナミに阻まれる。
「リィズは任せて!センパイはエルを。大丈夫、リィズは私が絶対に助けて見せるから!」
俺は逡巡したが、奴らを追いかけることに決めた。
カナミが絶対に助けると言ったから俺はそれを信じるだけだ。
信じて、リィズの願いをかなえる……俺が出来る事はそれだけだと思った。
行き止まりに見えた部屋には、さらに奥に続く隠し扉があった。
奴らはそこを通って行ったに違いない。
俺は奴らの後を追いかけるため、走り出す。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
闇の手がエルを捕まえて連れ去ろうとしている。
エルは、偉そうにしているくせに根は真面目で……きっと、他の人間と交わった事が無い為、どういう態度で接すればいいかが、分からないだけなんだと思う。
エルから聞いたこの闇の世界の話……閉ざされた世界で一人だけで生きてきた魔王の娘。
まだ、そんなに会話をしたわけじゃないけど、さっき見せていたあの笑顔が目に焼き付いて離れない。
私が、にぃにとねぇねと初めて会った時に言ってもらったあの言葉……。
「お前はただ笑っていればいいんだ、これから俺達と笑って暮らしていくんだ。」
あの言葉に私がどれだけ救われたか……。
エルは私だ……そう思った時、心の奥で、ストンと何かがはまる気がした。
そう、エルは私だ……望んでもいない小さな世界に閉じ込められて、いつか誰かが助けてくれる……そんなありもしない希望にすがって生きていた……助けられなかった私。
だから、絶対に助け出す。
助け出して、あの笑顔でいられる場所を作ってあげる……それが私が出来るにぃに達への恩返し。
その為にもまずはあの闇の手に追い付かないと。
追い詰めた、そう思った。
にぃにが闇の手に、エルを開放しろと告げている。
その時、私は違和感を感じた。
危機感知能力が働いたのかもしれない、と私は辺りを見回すがおかしなことは何もない……私達と侍女がいるだけ。
……侍女?あの侍女はどうしてここに居るの?
確かに追いかけて行ったのは見たけど……ただの侍女が、私達より早く移動できる?ありえない。
そして、私達より先についていたのなら、あの闇の手はなぜ、見逃している?
不思議に思って注視していたのが幸いした。
彼女はさり気無くにぃにに近づいている。
「危ないっす!」
考えるより、先に体が動いた。
にぃにを突き飛ばすと同時に、わき腹に鋭い痛みと熱さが襲ってくる。
「リィーズーーー!」
にぃにが呼んでる?
声が小さくて聞き取りにくいよ。
それより……。
私の目に、エルを抱えて隠し扉をくぐる侍女の姿が映る。
「にぃに、エルを助けて……あの子は私……。」
早く……エルを……、私を助けてあげて……。
「お願い……おにぃちゃん……。」
にぃに……おにいちゃんの姿が遠ざかる。
あぁ、助けに行ってくれたんだね。これでもう大丈夫だよ。
あの頃の私……泥水と汚水にまみれて死ぬのを待つだけだった私……あの頃に比べたら……幸せだったよね?
「リィズ、しっかりして!」
カナミが何か叫んでる……けど、小さくて聞き取れないよ。
カナミ……おにぃちゃんの大事な人……。
私からおにぃちゃんを奪う、酷い女……だったらよかったのに……。
明るくて優しくて、時々ポンコツで、私の持っていないものを持っていて……でも、実は誰より私の事をわかってくれた、初めての……。
「か、なみ……大事な、ともだ……ち……大好き……だよ……。」
もう自分でも何を言ってるか分からない……けど、伝わったかな?
おにぃちゃんの事、お願いね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私の目の前で、リィズが刺された。
不意に私は思い出す……貴族に荒らされた私の……ナミの産まれ故郷の村。
あの時、私は何もできなかった……そして、今も何もできていない。
リィズは守った、守ってくれた。
私の……私達の大事なセンパイを、その身を挺して守ってくれた。
それなのに……私は一歩も動けなかった。
こんなところで差を見せつけられちゃうなんて……ね……、ズルいよ。
私はリィズを抱きしめ回復魔法をかける。
センパイが躊躇してるけど、今センパイがやる事はここに居る事じゃないよ。
「リィズは私が必ず助けてみせる!」
私の言葉に、センパイは走り出してくれた。
エルの事は気になるけど、センパイにすべて任せたからね。
その代わり、リィズは私が何としても助けるよ。
「勝ち逃げなんてさせないからね!」
「巫女カナミの名に於いて祈りを捧げます。最高神ネルフィー、創造神エルフィーネ、我に力を貸し与えたまえ!彼の者の命を繋ぎ止め給え!」
『再生の光』
私の回復魔法で傷口はふさがる。
でも、流れだした血の量と生命エネルギーは戻らない。
『癒しの光』
『回復の光』
『再生の光』
ダメだ……生命力がなくなるのを辛うじて押しとどめている。
それが精一杯。
リィズが何か言ってる……声が小さくて聞こえないけど……。
私は耳を近づける。
「カナミは……大事な友達……大好き……。」
バカッ!他にもっという事あるでしょ!
「私だって、大好きだよ!大事な友達だからね!だから、絶対に助けてみせるよ!」
私には同年代の友達はいなかった。
向こうではボッチを拗らせてコミュ障の引き籠り……中二でようやく出来た親友の美鈴は、センパイの妹で……。
こっちでは、色々とあって聖女として祭り上げられて……。
結局、リィズと会うまでは友達なんて一人もいなかった。
リィズとは、センパイを巡って争って、罵り合って、たまには実力行使もしたけど、夜は一緒にパジャマパーティしたり、お菓子を食べたり……。
友達と過ごすって言うのはこういう事だと、お互いに知ったあの日々……。
「リィズがいないと、センパイが泣くんだよ。センパイを泣かすのは許さないよ!」
『再生の光』
『再生の光』
『再生の光』
最大級の魔法でも、リィズの生命エネルギーが零れ落ちるのを止められない。
その時、遠くで何かが弾ける感覚があった……これは?
同時に聞こえてくる切ないメロディ……ソラ?
ソラに何かあったの?
リィズに続いてソラまでなんて……認めない!
「もぅ!ネルフィー、エルフィーネ出て来なさい!最高神?創造神?上位の女神を名乗るなら、ちゃんと仕事しなさいよ!
ミルファース、慈愛を司るなら今こそその慈愛ってやつを見せてよ!!
ミィル、これが運命だって言うの?宿命だって言うの?こんなの私は認めない!認めないからねっ!!
マァル、恋愛神って言うなら、リィズの恋をここで終わらせちゃっていいの?それでも恋愛神なの!最後まで責任持ちなさいよ!
こんな時に力が出せないで、何が女神よ!女神の力って、リィズ一人も助けることが出来ないの!」
私の身体からエネルギーが迸る。
「こんな結末、私は認めないわ!」
グッと、体中から力が抜けていく……でもいい、リィズが助かるなら私の力なんてくれてやるわ。
「だから女神さまお願い!リィズを助けて!……助けてよぅ……。」
『やれやれ……カナミは相変わらず無茶をしますね。』
「エルフィーネ!」
『以前言ったはずですよ、この世界に干渉は出来ないって……。』
「そんなの関係ない!私はリィズを助けたい、ただそれだけよ!」
『私達女神の力は想い……信仰心とも言いますね……それが強ければ強いほど増します。本来なら顕現すらできないこの世界に、私だけとはいえ呼び寄せる程のカナミの想い……それがあればリィズを助ける手立てはあります……可能性は低いですし、あなたも無事ではいられないでしょうが……。』
「何でもいい、リィズが助かるなら、何でもやる。だから早く教えてよ!」
『はぁ……女の子が軽々しく「何でもやる」なんて言ってはダメですよ。では……。』
エルフィーネが告げたことは、確かに、軽々しく口に出来る事ではなかった……普通なら。
でも、リィズを助けるために、それしか方法がないなら……私は何だってやってみせる!
『ᚨᚲᛋᛏᛜᚷᛉᚢᚢᚩᛊ……』
私は力ある言葉を唱える。
ぐっと、体内の魔力が引き出され、立っているだけでも辛くなってくる。
まだ、まだよ、もう少し……。
リィズ、今助けるから、もう少しだけ頑張って!
力ある言葉が完成し、私は魔力を解き放つ……。
パチンっ!
私の中の何かが弾ける。
でも、リィズの為なら……いいよ、私の全部、あげるよ。
そして辺り一面が神々しい光に包まれた……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ズシャッ!
ケイオスが闇の手を斬り裂く。
反動でエルネミアを捕らえる力が弱まり、その隙をついて自分の方へ引き込む。
「エル、大丈夫か?」
「う、うん……。」
「じゃぁ、ちょっとだけ下がってろ。」
俺は助け出したエルネミアを後方へと下がらせる。
奴らを倒さないとここからは抜け出せないからな。
「あら、取られちゃった?まぁいいわ、あなたを殺せば何の問題もないわよね。」
「出来ると思っているのか?」
「あら、出来ないと思っているのかしら?」
俺と侍女……に扮していた魔族が睨み合う。
「じゃぁ、私も武装させてもらうわね……武装変化!」
女魔族が力ある言葉を唱えると、闇の手が霧状に変わり、女魔族を包み込む。
闇の霧が防具へ、盾へ、剣へと姿を変える。
「いらっしゃい、ボウヤ。」
キィンッ! キィンッ! キィンッ! キィンッ!
金属と金属がぶつかり合う音が鳴り響く。
撃ち合い始めてから、どれくらいの時間がたったのだろうか?
こいつ……強い。
「あらぁ、もう息が上がってきたのかしら?でも、無理はないわね。この剣豪妃将軍ネルガル様と、ここまで打ち合えたのは貴方が初めてよ。自慢していいわよ……あの世でねっ!」
鋭い斬り込み……今までとは段違いの早さだ。
間一髪避けることが出来たが、単に体勢を崩したタイミングとあっただけという、偶然に過ぎない。
「やるわね、今のを躱すとは。」
決まったと思ったのだろう。
俺が躱すとは思っても見なかったという驚きの表情だ。
まぁ、俺だって躱せるとは思わなかった……次同じのが来たらヤバいな。
「ハンッ、ご自慢の剣豪とやらも、その程度かい?」
だから、挑発をする。
冷静に分析されない様、剣筋が単調になる様、こちらから仕掛け誘導していく。
「そう言えば、聞いてなかったな?お前はどこの陣営だ?えーっとなんだっけ?根性なしのゼ、ゼキなんとか?か、ウスノロのバカデスだっけ?」
ゼキオンとアラベスだ、それくらいは覚えている。
まぁ、こんな手に引っかかってくれれば儲けもの……だけどなぁ。
「き、気様ぁ!言うに事欠いて、敬愛なるアラベス様の事をウスノロだと!」
怒り狂った女魔族……ネルガルが剣を振りかざして突っ込んでくる。
おや、引っかかるんだ。
だったら……剣筋を見極めて、ギリギリで躱す!
「ッツ!」
「残念だったねぇ、このアタシがあれくらいの事で心乱すとでも?」
俺の首筋に剣を突きつけて勝ち誇るネルガル。
怒り狂ったままだったら、俺があそこで躱せばすぐ後ろの壁に剣が突き刺さり、隙が出来たのだが、ネルガルは引っかかる振りをして油断させ、俺が躱す方向へと剣先を曲げてきたのだ……実に見事だ。
「ふっ、そろそろ観念しなよ。楽しい時間だったよ、ボウヤ。」
ネルガルの腕に力が入る。
俺の首筋にあてられた刃がジワリと食い込んでくる。
「しねっぐわっ!」
最後の一突きの寸前、ネルガルの肩にケイオスが突き刺さる。
俺は手を伸ばし、ケイオスのグリップを掴み、そのまま力を込めて肩口から斬りおろす。
ズシャッ!
「な、なぜ……。」
よろめきながら片膝をつくネルガル。
「寸前に剣を放り投げただけだ……俺が剣を握ってない事に気づかなかったのか?」
応えながらも気を抜かず、剣先を突きつける。
「クッ、何かの策だと思ったが、その策に乗ってやるつもりだった……不覚……。」
その場に倒れ込むネルガル。
「ふっ……、今日この日の為だけにメイドに化けて潜り込み10年……ようやく大望が果たされると思った時に、ボウヤに邪魔されるなんてね……あたしもヤキが回ったよ。」
自嘲気味に話すネルガル。
「だけどね、その娘だけはここで死んでもらうよ!」
そう言うなり、何かを飲み込むネルガル。
死にかけのあの身体の、どこにそんな力が残っていたのだろうか。
俺は慌ててとびすさり、エルネミアを庇う。
「起きる時間だよミザイ!」
ドゥーン!
そう言って、ネルガルは爆散した!
とび散った体が、闇の霧状となって、床に降り注ぐ……。
ゴゴゴ……。
地鳴りが起き、床が割れる。
壁面の装飾品は床に落ち、音を立てて崩れる。
「なんだ!地震か!」
俺はエルネミアを落下物から守りながら部屋を後にしようとするが……。
『グウォォォォンンン……』
唸り声のような地響きのような音を立て、そいつは俺達の前に現れた。
「……アンデット・ドラゴン……!」