8支えになりたい
お母さんが泣いてた。
お父さんが泣いてた。
お姉ちゃんが泣いてた。
みんな黒い服を着ていて、家のリビングで泣いてた。私はいなかった。胸がきつく引き絞られるように痛んだ。
なぜ私はいないのだろう。
そう思った。いつだって、みんなで辛いことや嬉しいことを分かち合ってきた家族だったのに、何で、私はいないの。
でも、はっとした。
私一人だけの写真が、ぽつんと、記憶にない机の上に置いてあった。
みんなが、そんなに悲しいのは、私のせい?私が死んだから?
泣かないで。泣かないで。私、元気にやってるよ。だから、泣かないで。
そう言おうとしたのに、私には声帯がなかった。
みんなを抱き締めようとしたのに、私には腕がなかった。
みんなのところに駆け寄ろうとしたのに、私には脚がなかった。
ただ見ていることしかできなくて、苦しかった。
ごめんなさい。悲しませて、ごめんなさい。泣かないで。謝るから、泣かないで。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい―――。
木霊する私の声は、届かない。
††††
「…―――。………ろ、スクロー…」
肩を触られる感覚で、私の意識は浮上した。泣きながら眠っていたのか、目元が冷たい。
「……起きたか」
棘のない声で、オクレールくんに話しかけられたのはいつぶりだろう。その豹変ぶりに、私は目を真ん丸にした。
「うん。起きました」
悲しい夢を見ていた。私は目を擦って半身を起こそうとしたのだけれど、オクレールくんに止められてしまった。
「寝てていいから起きないで」
「悲しい夢を、見ていたんです。ありがとうございました。助かりました」
微笑めば、彼はどう返したら良いのかわからないようで、たじろいでいた。
きっと、助けてくれたのは彼だ。
お礼を言わないと―――と同時に思い出した。ごめんなさいと、謝らないと。
オクレールくんの制止を聞かず、私は半身を起こす。まだ辛いといえば辛いが、大したことではない。慣れたものだから。
「オクレールくん、今朝は、不躾なことを言ってごめんなさい。傷つけるようなつもりは、無かったんです」
オクレールくんは、すっかりそんなことを忘れていたのか、少し考えてから、ああ、と頷いた。私はそれを、謝罪を受け取ってもらえたのだと考えて、安堵した。
「あと、もうひとつ、謝らせてください。
私、自分のことしか考えていませんでした。オクレールくんを無理矢理利用して、ごめんなさい。こんな身勝手なことをして、ごめんなさい」
オクレールくんに、こんなことをさせるんじゃなかった。私は毎日話す相手ができて嬉しかった。けれど、腹を割って話せる相手はこんな卑怯な手段で得るべきではなかったのだ。そんなことも分かっていない自分に腹がたった。
「……だから、もういいです」
「っ!」
オクレールくんが、息を飲む音が聞こえたけれど、私は視線を布団の上で組んだ指に落としていたから、彼がそのときどんな表情をしていたのかは知ることができなかった。
「今までありがとうございました。迷惑をかけてごめんなさい」
「……………………」
「―――あっ、もちろん、脅したときに言ったこととかは、絶対にしないので、安心してください」
「……………………」
「………なんなら、私を殴ってください」
なんだか険悪な空気を帯びていたオクレールくんに、私なりの落とし前の付け方を言う。
殴られたって、すぐに治癒魔法で治癒できるから、問題にはならない。しない。
それなのに、オクレールくんは、私の襟首をつかんだかと思えば小声で怒鳴った。
「お前は!お前はどうするんだよ!俺がいなければどうしようもないんだろ」
「大丈夫です。大丈夫にします。オクレールくんに迷惑はかけないから、安心してください」
オクレールは引かない。食い下がる。
「そうじゃないだろ!」
「何が違うんですか?」
「っ……!」
口を一文字に引き結んで黙り、私の襟首から手を離したオクレールくんは、私から少し離れた。
私はオクレールの紡ぐ言葉を待った。
オクレールくんは、私を何か言いたげに見た。
その硬直は長く続くと思われたが、案外早く終わった。
「あ、ベルリナくん。居ましたねえ。倒れたと聞きましたが、大丈夫ですか?」
最初はオクレールくんに気がついていなかったようだ。アスタリスク先生はそのうちに、オクレールくんに気が付いて、ああ、ジャックくんもいたのですか、と柔らかい笑顔で言った。
「………おや、何か揉め事ですか」
そこでようやくアスタリスク先生は私とオクレールくんの間に漂う微妙な空気に気がついたらしい。
場所を変えて先生の研究室。薬草茶を飲みながら、ことの顛末をぽつりぽつりと聞かせれば、アスタリスク先生はそうですか、と楽しそうに目を細める。
「……ベルリナくん、ジャックくんはね、ベルリナくんが心配になってしまったんですよ。だから、ベルリナくんの手助けをしたくなってしまったんです」
満面の笑みで、アスタリスク先生は私に告げた。私は、そうだったら嬉しいと思って、オクレールくんを見た。
「見るな……」
オクレールくんは真っ赤な顔を隠すように、腕をあげていたが、バレバレだ。私は嬉しくなって、ついにやにやしてしまった。
「……なんだよ、なんか文句あるのかよ」
「いいえ。ただ………すごく嬉しいです」
私の頬もきっと赤くなっている。それを恥ずかしいとは思わないけれど、なんだか、むず痒かった。
††††
私が眠っている間のことの顛末を聞いて、これからの作戦を考えることになった。
「ルスレーはどうするんだ。あの感じでは到底納得できるとは思えないけどな」
「うーん。やっぱりそうですか。
話し合う、のが一番なんですけどね……」
頬杖ついてそう言う。オクレールくんは呆れ顔だ。
「今後の見通しとか全くなかったのかよ。
手紙、はどうだ。俺がルスレーに渡してやる。その間お前は、研究室にいれば見つからないだろう」
「……そうできればありがたいんですけど……オクレールくんの負担が大きくないですか?」
配慮しての言葉だったのに、オクレールくんは一笑に付した。
「今さらかよ。問題ないから気にするな」
「………じゃあ、いつにします?」
申し訳なさでいっぱいになって、オクレールくんを見上げれば、彼は私の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「お前が手紙を書き終わったらでいい。それまでの送迎もやってやるから、ゆっくり書けよ」
オクレールくんはすごく優しい人だった。
ありがとうございました