9過去の傷
ルスレー、元気にしていたようで何よりです。孤児院のみんなは元気ですか?
久し振りですね。6年ぶりぐらいでしょうか。私が勝手にいなくなってしまってからですからね。あの時は迷惑をかけてしまいました。ごめんなさい―――――。
とまあ、こんな感じで手紙を書いた。私のギフトのことやらを説明したから、長い文章になってしまった。けれど、きっと大丈夫。オクレールくんがいるから。
少しの不安と薬草茶を片手に、アスタリスク先生の研究室で、私はオクレールくんの報告を待っていた。
オクレールくんが戻ったのは、結構遅くなってからだった。ドアを開けて入ってきたオクレールくんに声をかける私とアスタリスク先生。
「ああ、お疲れさま」
「どうでしたかっ?大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だった。あとこれ、預かってきた」
「?………手紙?」
おずおずと手紙を受けとれば、ルスレーが差出人になっていた。首をかしげる私にオクレールくんが教えてくれる。
「あいつからだ。お前と話せないのは残念だし、お前が手紙をくれたみたいに書きたいんだと」
とたんにその手紙が暖かさを持ったような気がした。ぎゅっと手紙を抱き締めた私に、オクレールくんが聞く。
「…その、………ええと」
「なんですか?」
「あー。いや、その…お前とあいつは、何か特別な関係な、のか?」
そっぽを向いて、髪をグシャグシャとかき混ぜながらの質問だった。私は彼の意図が分からなくて、事実だけを答える。
「特別……?
一緒の孤児院に居たという意味なら、特別ですけれど、孤児院でも特別親しかったわけではありませんし………」
物理的に不可能だったのだ。私は孤児院でも病弱で通っていて、あまりアクティブに遊ばなかったのもあるけれど。それでもあの頃、私の家族は孤児院の皆だった。
「そ、そうか!」
「それがどうか?」
「いや、なんでもない」
嬉しそうにそう言ったオクレールくん。私は首を傾げたが、何でもない、と言うなら詮索はしないでおく。
「じゃあ、一段落ついたことだし、帰るぞ」
「はい。そうですね」
にっこりと私は笑った。心配事が無いって何て幸せなんだろうか。だがオクレールくんは私の気持ちとは反対に、眉間に皺を寄せていた。
「お前も帰るんだよ」
「へ?何でですか?」
ルスレーとの件も解決したことだし、オクレールくんと行動する必要はないんだけれどな。本気で考え込む私に、オクレールくんは無愛想に言った。
「一人で帰るのは危ないだろ。いくら寮が近いといえ、夜だしな」
「それは……ありがとうございます」
ぺこりとお辞儀をして、いそいそと準備を済ませる。
「いやー、若いって素晴らしいですねえ。あんなにとげとげしていたジャックくんがこんな風になるとは。若さは無限の可能性を秘めていますよ」
研究室を出るとき、アスタリスク先生は、何やら笑いながらそういっていた。私には聞き取れなかったけれど、オクレールくんは聞き取れたみたいだ。顔を真っ赤にしていた。
何だったんだろうね。
外はもう、日が沈んでいた。
夜の空は、オクレールくんの瞳と似た色をしていた。
「―――今日は、朝、怒鳴って悪かったな」
夜道を二人、無言で歩いていたら、オクレールくんがそう言った。私は驚きで目を丸くする。
「いえ、あれは私が悪かったから」
「それでも俺の態度が悪かったんだ」
私は突拍子のない謝罪を受け入れるべきかわからない。でも、答えを見つける前に、オクレールくんが言葉を紡いだ。
「俺は昔から、誰にも見つけてもらえない子供だった」
オクレールくんは空を見上げた。私は彼の横顔を見る。
今までで一番穏やかな笑みを浮かべていた。けれど、一番辛そうな表情だったと思うのは、私だけだろうか。
「この体質のせいだ。母親は、俺を見つけられなかった。そしてそのうちに、母親は俺を化け物だと公言するようになった。そして、母親の心は弟に移っていった。
覚えているんだ。母親に触れた手を、気持ちが悪いといって振り払われる瞬間を」
「…ご、ごめんなさいっ!私っ…悪気はなくて……」
「気にすんな」
私の頭をぽんぽんと撫でて、オクレールくんはとびきり優しく笑った。私はその笑みに見惚れた。
「……お前がさ、俺を見つけてくれよ。俺がお前を守ってやるから」
胸に沸き上がるものがあって、溢れ出しそうになる言葉を抑えるために、私は頷くことしかできなかった。
桜の花びらがひとひら、私の肩に止まって離れていった。桜の季節ももう仕舞いだ。
ありがとうございました




