7望まぬ再会
何がいけなかったのだろう。友人と話しながら、そんなことばかり考えていた。どの言葉が、彼をあんな風な表情にさせてしまったのだろう。
椅子に足をあげて、小さく踞る。膝に頭を押し付けていれば、友人に行儀が悪いと怒られてしまった。
「足、下ろしなさいな。貴族にあるまじき行儀の悪さよ」
「どうせ私は庶民ですよ。下賤の出ですぅー」
足なんか下ろさない。だってこっちの方が落ち着くんだもん。
友人は優雅に、だが呆れたようなため息をついて、私に言った。
「もう。何でそんなにいじけているの。何かあったの?」
「………………人を、無神経な言葉で傷つけてしまったみたいなんです」
「そうなの。悪いと思うなら謝れば良いのではない?そんなに落ち込むのだから、大切な人なんでしょう」
「大切………?…うん。大切です」
友人の言葉を反芻して頷く。私の命がかかっている。
「お謝りなさい。それが一番だと思うわ」
「う、ん……そうする…」
まるで姉のような母のような物言いに、私は頷いた。
そして放課後。私は迎えに来てくれるオクレールくんを教室で待っていた。いつも、気配のないオクレールくんが私の傍らまで来て声をかけてくれるのだ。
「…遅い、なあ」
もしかしたら、もう見限ってしまったのかもしれない。それだったら嫌だなあ。
私じゃ本気のオクレールくんを見つけられない。謝れないじゃないか。
そんなブルーな気持ちになっていた時、それは訪れた。
「ベルリナ!」
知らない声だった。けれど、誰に話しかけられたかは理解した。声変わり。
「ル、ス、レー……」
振り返る頃には、体の自由が利かなくなっていた。
「かはっ…」
血が、視界いっぱいに広がった。椅子から崩れ落ちた。ガタン、と酷い音がする。苦しい。痛い。痛い。気持ち悪い。
視界が真っ暗になって、私は、オクレールくんに謝れなかった、と思った。
ごめんなさい
††††
少女が血を吐いて、唐突に倒れた。椅子が倒れて、少女の体自体も床に叩きつけられる。制服が血の色に染まっていて、顔は蒼白になっていた。
ジャック・オクレールは彼女が倒れる瞬間を初めて見たのだった。
それは衝撃的な光景だった。彼女が軽々しく話すから、彼はそれを軽く受け止めていた。それなのに。
まさか―――こんなに死を予期するもの。
ジャックは、激怒していたはずだった。それなのに、咳をするように血を吐いて、胸を掻き毟って倒れる少女を見てしまえばすぐに吹き飛んでしまった。
この場に、ジャックの他に彼女が倒れた原因を知っている者はいないのだ。それはすなわち、ジャックしか彼女を助けることが出来ないということ。
「どけっ……」
こんな風に走って彼女の元に行くつもりなど毛頭無かったのに、どうしてかジャックはそうしていた。
「おい!ベルリナ!」
彼女を揺さぶって声をかける元凶を突き飛ばす。
「邪魔だ」
ひどく低い声で、ジャックは言った。元凶の少年が、抗議するようにジャックを振り返ったことで、彼は初めて少年や他の生徒たちがジャックを認識できていることに気がついた。
だが、そんなものはどうでもよく。
ジャックは少女を抱えあげ、少年から遠ざけるように歩き出した。
「ちょっと!待ってくれよ!あんたは―――」
追いかけた少年が元凶だとは、彼自身到底考え至らないのだろう。少年はジャックに追いすがった。
まさか考えつくわけがないと、ジャックも分かっていた。だが、どうして少女をこんな状態にさせている少年に、腹が立たないことだろうか。腕のなかにいる少女の苦しげな表情を眺めて、ぎゅっと、腕に力を込めた。
行くところは決まっている。
少年を撒いて、ジャックは保健室に向かった。血で制服の前を汚している少女を連れてきたのだ。さぞ驚かれるだろうと覚悟していたのに、あった感想は違ったもので、ジャックは逆に驚かされた。
「まあ、スクローさん、久しぶりねえ。最近は大丈夫だと思っていたのに」
柔らかい雰囲気の、常駐らしき女医は、少女を見るなりそう言った。いつものこと、という反応。
「すみません、彼女が倒れてしまって―――」
「はいはい。ちょっとベッドに寝かせてあげてちょうだい」
良いように使われて、少女をベッドに横たえれば、女医は彼女を一通り診て、服を戻し、布団を掛けた。
「何もしないんですか」
「だって、どうしようもないもの。スクローさんの体調は、ギフトに依るところが大きいわ。私達では神様の領域に手を出せないのよ」
訴えかけるように言ったジャックに、女医はそう返す。ジャックは未だに苦しそうな少女を見て、愕然とすることしかできなかった。
「ほら、あなたも戻りなさい。いつまで淑女の寝顔を見てるの」
そう言われれば、帰るしかない。ジャックは後ろ髪を引かれる思いで医務室を出て、壁にもたれてずるずると座り込んだ。
「……くそっ。なんなんだよ」
少女のことなど大嫌いなはずだった。卑劣な手段でジャックのことを利用したのだ。
それなのに、とジャックは思う。
それなのに―――あんな姿を見せられてしまったら、たまらないじゃないか。許せてしまいそうになる。
目の前にちらつくのは蒼白な顔。
己の気持ちがあやふやで、葛藤していたジャックに、話しかける声が、ひとつ。
「おい、あんた」
「?………お前か」
顔を上げたジャックが見たのは、先ほどの少年。用は無いとばかりに目を反らせば、少年はジャックに詰めよるようにして、尋ねた。
「ベルリナは、大丈夫、なのか?それに、あんたは、……ベルリナとどういう関係だ」
「……知人だ」
断じて友人ではない。そうジャックは思ったが、今この場においては、その関係は不利かもしれないと思わずにいられなかった。だから、間を与えずにもうひとつの質問に答えた。
「スクローは大丈夫だ。だが、お前は会うな。お前が近づくから、あいつはあんな風になってしまうんだ」
「俺の、せい?っ!ふざけるなよ!俺はあいつになにもしていない!」
ジャックは胸ぐらをつかまれて、壁に叩きつけるようにして叫ばれた。
ジャックはその手をつかんで振り払う。
「分かってる……でも、そうなんだから仕方がない。スクローに会うなよ」
ジャックはそう言って、姿を消した。少年は、そこに立ち尽くしていた。
気になって仕方がなかった。
ジャックは、本人は認めないだろうが、少女のことが心配で仕方がなかった。気がついたら、保健室で、眠っている少女の脇に佇んでいた。少女は、なんだか苦しそうに眠っていて、魘されているみたいだった。
「おい、スクロー、……起きろ」
ジャックは優しいから、思わず手を伸ばしていた。
ありがとうございました




