第9話「魔力アリの兵士に、魔力ナシが勝つ方法」
お読みいただきありがとうございます。訓練場で、魔力強化を使う兵士レオンとの試合が始まります。魔力ゼロが魔力持ちに勝つための方法を探す話です。
開始の合図は、レスの「始め」の一言だった。
レオンが踏み込んできた。
速かった。ナオが予測していたより一段階速かった。魔力強化で身体能力を底上げしている、とわかってはいたが、実際に受けてみると次元が違った。自分の目が動きを追えても、体がついてこない。
木刀が肩口に入った。吹っ飛んだ。
土の上を転がって、起き上がった。右肩に鈍い痛みがある。肩から首にかけて、しびれるような感覚が走っている。ただ、折れてはいない。動ける。痛みは情報だ、とナオは思った。どこに当たったか、どういう角度だったかを痛みが教えてくれる。
笑い声が上がった。見物している兵士たちだった。
「まぐれで魔物を倒しても、人間相手じゃこんなものか」
ナオは聞こえないふりをした。そういう声は、情報にならない。今必要なのは、レオンの動きを整理することだった。
踏み込みの速さ、木刀の軌道、体重の移動の仕方。一回で把握できる情報量には限界がある。もう何回か受けないとわからない。
「もう一度、お願いできますか」
レオンが片眉を上げた。
「お前から来てみろ」
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ナオから仕掛けた。
正面から走り込んで、木刀を斜めに振った。レオンが軽くいなして横から打ってきた。また吹っ飛んだ。今度は受け身がうまくいって、転がり方がマシだった。腰を打ったが、立てる。
「二度目も同じか」と誰かが言った。別の誰かが笑った。同じではない、とナオは思ったが、声に出す余裕はなかった。今回で腕の角度と腰の使い方がわかった。一回目とは収穫が違う。
ナオは起き上がりながら、頭の中で整理した。
レオンの動き方に、一つ気になることがある。魔力強化で力を上げているとき、踏み込みのタイミングが一拍遅れる。厳密には「遅れる」ではなく、強化の処理が入る瞬間だけ体の動きが固まる。コンマ数秒の話だが、三回目の踏み込みで微かに見えた。気のせいかもしれない。もう一回確かめる必要がある。
「もう一度」
レオンが苦笑した。「懲りないな」
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三度目は腹に入った。
息が止まった。仰向けに倒れて、空を見た。雲がある。青い空に白い雲。しばらくそれを見ていた。息が戻るまでの時間が、二回目より長かった。
起き上がった。膝が笑っている。三回で体への蓄積がある。もう一発受けたら立てなくなるかもしれなかった。
レスが広場の端で黙って見ていた。腕を組んで、表情がない。何を考えているかわからない顔だった。
ナオは立ちながら、頭の中で答え合わせをした。三回で、レオンの動きのパターンが掴めた。確信に変わった。魔力強化の「切り替えのタイミング」が、毎回ほぼ同じ位置にある。踏み込む直前の体の沈み込み——そこで一瞬、強化が切れる。全身に力が入ったまま踏み込もうとすると、どうしても体の軸がぶれる。その瞬間に動けば、間合いに入れる。
問題は、その瞬間に動けるかどうかだ。
こちらの反応が間に合うかどうか。三回やられた体に、もう一度その動きができるかどうか。理論上は可能だ。でも体が答えを出す前に、頭が正解を見つけても意味がない。
前の世界でも、これはあった。頭で答えが出ているのに、体が動かない。部屋から出ようと思っているのに、足が床から離れない。あのときとは種類が違うが、構造は似ていた。違うのは、今は「やりたい」という気持ちがあることだ。答えを出して、動こうとしている。三回やられた体が、また立ち上がっている。それは前の世界では、できなかったことだった。
「もう一度」とナオは言った。
「しつこいな」とレオンが言った。ただ、笑い声は止んでいた。周囲の兵士たちも、笑うのをやめていた。何かを感じとっているのかもしれなかった。
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四度目だった。
ナオから踏み込んだ。正面から。二回目と同じように見えただろう。狙い通りだった。同じ動きをしてくれれば、レオンも同じ対応をする。そして同じ対応をすれば、踏み込みのタイミングが同じになる。
レオンが構えを変えた。踏み込みに入った。
ナオは全身でその動きを見ていた。レオンの右足が地を踏む寸前——体の沈み込みがある。そこだ。
今だ。
ナオはそのコンマ数秒に体を滑り込ませた。考えた、というより体が動いた。頭が指令を出す前に、足が出ていた。レオンの踏み込みが完成する前に、間合いの中に入った。木刀をレオンの胴に当てた。
レオンの体が止まった。
固まったのは一瞬だった。次の瞬間には態勢を立て直そうとしてきた。ナオは間合いを切って離れた。追い打ちはしなかった。足が言うことを聞かなかった。三度吹っ飛んだ体は、もう一撃受ける余裕をとっくに失っていた。
二人とも止まった。広場が静まり返っていた。誰も声を出さなかった。
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「……一本」
レオンが言った。静かな声だった。感情がない声だった。
「もう一度やれば負けていた」とレオンは続けた。「俺が本気を出すより先に、お前の体が限界だ。でも、一本は取った。俺から、一本取った」
「ありがとうございました」とナオは言った。息が上がっていた。腕が震えている。右肩はまだ痛い。
さっきまで笑っていた兵士たちが、誰も声を出さなかった。
レスが広場に入ってきた。ゆっくりと歩いてきて、ナオの前に立った。
「面白い」とレスは言った。品定めの顔ではなかった。純粋に、何かを見つけたときの顔に見えた。「魔力強化の隙を突いた。あれはどこで覚えた」
「今日、三回やられながら見ていました」
レスが少し間を置いた。
「……今日初めて気づいたのか」
「はい」
また間があった。レスはナオをじっと見た。
「お前は何者だ」とレスが言った。命令ではなく、単純な疑問だった。
ナオは少し考えた。
「ただの農民の三男です」
「それ以上の答えはないのか」
「今のところは」
レスは少し笑った。笑ったのかどうかよくわからない表情だったが、口の端が動いた。
「レオン」とレスが言った。
レオンが返事をした。
「お前の評価は」
レオンはナオを見た。一拍置いてから答えた。
「本物です。まぐれじゃない。四回目の動きは——俺も経験した動きじゃなかった」
「村に帰れ」とレスがナオに言った。「また来るかもしれない」
それだけ言って、レスは広場を出ていった。レオンも続いた。去り際にレオンがナオを一瞥した。何か言いたそうな顔だったが、何も言わなかった。
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帰り道は、来た道と同じ街道だった。
一人で歩きながら、ナオは視界の右上を確認した。0.00%。変わっていない。そうか、まだか。一本取っただけでは足りないのか。あれが「俺にしかできない」と言えるかどうか、自分でも自信がなかった。偶然かもしれない。次にやれば負けるかもしれない。
ただ今日は、三回吹っ飛ばされながら、立ち上がった。その事実は確かだった。
前の世界では、一度うまくいかないと動く気が失せていた。コンサルの仕事でも、転職活動でも、部屋での生活でも。うまくいかない、だから動かない。動かないから変わらない。それがループしていた。
今日は、三回やられて四回目に立った。誰かに命令されたからではない。ルールで決まっていたからでもない。立ち上がる理由があったから立った。それだけだ。
ゲージが動かないのは、まだ足りないからだろう。「俺にしかできない」という実感には届いていない。ただ今日初めて、自分の力で何かを掴んだ感触がある。三回吹っ飛ばされてパターンを読んで、四回目に一本取った。それは誰かに教わったわけでも、才能があったわけでもない。諦めずに立ち続けた結果だった。
空が夕方の色に変わり始めていた。帰ったらクルトが待っているだろう。どうなったかと聞かれる。ナオは答えを考えた。「一本取った」と言えばいい。それだけが今日の事実だった。
次話:第10話「魔物の巣に行くことになった」
レスの指示で、南の森の魔物の巣へ向かいます。




