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第10話「魔物の巣に行くことになった」

お読みいただきありがとうございます。南の森の魔物の巣討伐を命じられました。正面突入を主張する兵士たちと、ナオの考え方は最初からずれていました。

村はずれへの魔物の出没は、その後も続いていた。


 ナオがゴブリン三匹を倒した夜から数日が経ったが、別の群れが同じ方向から来る気配があった。足跡が増えていた。草の荒れ方が大きくなっていた。偵察に行ったナオの判断は、巣がある、というものだった。群れの末端を叩いても、元を断たなければ終わらない。解決策は巣の討伐だけだ。


 レスが村に来たのは、その翌日だった。


「巣の場所はわかるか」


「おそらく南の森の奥です。三百メートルほど入ったところに、岩壁があります。そこに穴があると思います。ゴブリンの巣は岩壁に掘るのが多いと聞いていたので。二週間ほど、足跡を追っていました」


「二週間」とレスが繰り返した。何か考えるような間があった。


「行けるか」


「偵察なら」


「討伐だ」とレスは言った。「兵士三人を付ける」


 指示に従え、という言葉がついてきた。ナオは少し考えた。兵士に「指示に従え」と言われる立場で行くのか、という違和感はあった。ただ、巣を潰すこと自体は必要だと判断していたので、断る理由もなかった。


「わかりました」


---


 出発は翌朝だった。


 兵士三人の名前はリード、コル、マルだった。全員二十代で、ナオより頭一つ二つ大きい。装備が揃っていて、動き方が訓練されている。実力はある、とナオは判断した。問題は、最初から態度がはっきりしていたことだった。


「お前が荷物を持て」とリードが言った。出発前に、追加の装備の入った袋を投げてよこした。


「わかりました」とナオは答えた。


「返事だけは良いな」とコルが言った。三人で笑った。ナオは笑わなかった。笑えない、というより、笑う必要を感じなかった。このくらいの扱いは想定内だったし、腹を立てるほどでもなかった。


 ナオは荷物を担いで、三人の後ろについた。気にしなかった。荷物持ちでも、現場に行けるなら目的は達成できる。立場より結果の方が大事だ。こういう態度を取る人間は前の世界にもいた。組織の中で、肩書きだけで判断する人間。怒っても状況は変わらない。問題の所在はシステムにあって、個人にあるわけではない——などと考えながら、ナオは黙って荷物を担いだ。


 森に入ったところで、ナオが前を歩いて道を示した。足跡と草の荒れ方を確認しながら進んだ。十日以上追いかけてきた跡だ。目をつぶっても辿れる自信があった。自然と先頭に立っていた。三人は黙ってついてきた。


---


 岩壁が見えてきた。


 ナオは止まって、岩壁の前で状況を観察した。入口が二つある。正面の大きい穴と、岩壁の左側に回り込んだところにある小さい穴。正面の穴の周囲に、爪の跡が集中している。複数体が頻繁に出入りしている跡だった。


「正面から入ってはいけません」とナオは言った。「入口の周囲の爪の跡の濃さと向きを見ると、内部で待ち伏せしている個体がいます。複数の個体が待ち構えている可能性があります。左奥に裏口があります。そちらから分散して入れば——」


「黙ってろ、魔力ゼロが」


 リードが遮った。声が大きかった。


「俺たちは正規の騎士だ。ゴブリンの巣に戦略も何もいらない。正面から押し込む。それで終わりだ」


「いや、ただ入口の構造から見て、袋叩きにされる——」


「お前は荷物を持って外で待っていろ。俺たちの仕事に口を出すな」


 三人は正面の穴に向かった。


 ナオは一拍置いた。


 迷った。余計なことはするな、という判断と、このままでは三人がまずいことになる、という判断が、数秒間ぶつかった。


 前の世界だったら、迷ったままでいただろう。「お前たちが決めたことだから、俺には関係ない」と思ってそのままにしていた。動く理由が見つからないまま、状況が進んでいくのを見ていた。


 今は違う。三人がやられたら、村への脅威がまた続く。それに、何より——目の前で何か起きているのを見て見ぬふりをするのが、今の自分にはどうもできなかった。


 舌打ちをした。


 裏口に向かった。


---


 裏口は狭かった。体を横にしてやっと通れる幅だった。荷物を外に置いて、中に入った。


 内部は薄暗く、土と石と腐った何かの臭いがした。


 中から声がしていた。正面から入ったリードたちと、複数の魔物の気配が混ざり合っていた。叫び声と、甲高い鳴き声が重なっている。予想通りだった。


 ナオは内部の構造を素早く把握した。岩の通路が分岐している。音の方向から、中央の広い空間がある。そこにリードたちが追い詰められているはずだ。


 音を立てずに動いた。


 最初の一体は通路の曲がり角にいた。背後から。音を最小限にした。次の分岐で二体目。そちらも静かに処理した。


 中央の広間が見えた。


 リードたちが壁際に追い詰められていた。ゴブリンが五体、三人を囲んでいた。魔力を使い果たしかけているのか、三人の動きが明らかに鈍い。コルが一体と打ち合っているが、押されている。マルが壁に背中をつけている。


 ゴブリンたちの注意がリードたちに向いている。


 ナオは動いた。


 一体目、背後から。気づかれる前に仕留めた。二体目が振り返りかけた瞬間に、側面から横に払った。転ばせてから仕留めた。三体目が声を上げた。ナオはそちらに向かいながら、残りの二体の位置を確認した。三体目を正面から当てた。四体目は反応が遅かった。五体目が叫んだ——声を出す前に当てた。


 静かになった。


 ナオは息を整えた。今の動きは、訓練したものと少し違った。考えていなかった。体が動いて、結果がついてきた。そういう感覚だった。


---


 リードが壁にもたれたまま、ナオを見た。


 コルとマルも黙っていた。息が荒い。三人とも、消耗しているのが顔でわかった。


 誰も何も言わなかった。


「外に出ましょう」とナオは言った。「まだ奥にいるかもしれません。一旦撤退して、数を確認してから判断した方がいい」


 三人は黙ってついてきた。


 森の外に出て、陽光の下に戻った。ナオは荷物を回収した。三人はまだ沈黙していた。


「中は終わりました。他に動く気配はありませんでした。討伐は完了していると思います」


 リードが何か言おうとした。口を開いて、閉じた。もう一度開いた。


「……助かった」


 短い言葉だった。腹が立っているのか、恥ずかしいのか、ただ疲弊しているだけなのか、リードの表情からは読み取れなかった。


「お役に立てたなら」とナオは答えた。


 コルが小声で何か言った。聞き取れなかったが、謝っているような口の動き方だった。マルは空を見ていた。誰かを責める気は最初からなかったので、ナオは特に何も言わなかった。指摘が正しくても、言い方が悪ければ相手は動かない——前の世界で覚えたことだ。今更蒸し返しても仕方がない。


---


 帰り道は静かだった。


 行きと違って、誰もナオに雑用を言いつけなかった。荷物も、誰かが自然に引き取っていた。マルが荷袋を持っている。コルが前を歩いている。特に何かが変わったわけではなかったが、空気が違った。


 視界の右上を見た。0.00%。変わっていない。そうか、まだか。今日も動いた。ただ、「俺にしかできない」という実感には、まだ届いていない。裏口から入ったのは、偵察をして入口の構造を把握していたからだ。その知識は確かに自分だけが持っていた。しかし「俺が選んだ」という実感に比べると、まだ薄い気がする。


 難しいな、とナオは思った。何が正解かはルキアに聞いてもわからない。自分の魂が判定する、と言っていた。判定基準を自分で感じ取るしかない。


 まあ、続けていくしかない。


次話:第11話「パーティーを組まされた」

レスから正式にパーティー結成を命じられます。カイン・エラ・クルトとの出会いです。

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