第8話「魔力ゼロのくせに、なんで強いんだ」
お読みいただきありがとうございます。ゴブリン討伐の翌日、村は沸いていました。クルトがやってきて、副領主の息子レスが現れます。
翌朝、村中の話題になっていた。
魔力ゼロのナオが、ゴブリン上位体を三匹、農具一本で片づけた——その話が夜明けとともに広まり、昼前には村の隅々まで届いていた。ナオが畑に出ると、見知らぬ子どもが走り寄ってきて、何も言わずに顔を見て走って帰った。井戸端では女たちが小声で話していた。老人が「わしが若い頃は」という話を始めていた。隣の畑の農夫がナオに向かって軽く頷いた。昨日まで視界に入っていなかったような扱いをされていた人間が、今日は挨拶してきた。
ナオはいつも通り農作業をした。特に話すことも、アピールすることもなかった。腕の傷は浅かったので、布を巻いてそのままにした。目立ちたかったわけではない。来たから対処した、それだけのことだった。
ただ、この村で「魔力ゼロが三匹倒した」という事実が広まることには、意味があるかもしれない、とは思った。魔力がなければ何もできない、という常識に対する小さな反証になる。それが今後どう機能するかはわからないが、損ではなかった。
クルトが来たのは昼過ぎだった。
「まぐれだろ、あれ」
開口一番だった。
「どうだろうな」とナオは答えた。
「三匹は多かった。何かの間違いで転んだだけじゃないのか。お前に魔力がない以上、魔物に勝てるわけがない。それがこの世界の常識だろ」
「転んで三匹同時に倒れるのは難しいと思うが」
クルトは少し黙った。反論を探しているような間だった。
「まあ……まぐれにしても、危ないことはするな」とクルトは言った。「お前に何かあったら、俺が困る」
雑用の話か、とナオは思ったが、口には出さなかった。クルトの言い方は乱暴だったが、心配しているのは本当だろう。それは伝わっていた。
「わかった」とナオは答えた。
---
レスが村に来たのは、その翌日だった。
副領主の息子で、二十代の若い男だった。身長はナオより頭一つ分高く、体格がいい。この地域でも上位に入る魔力量を持つと聞いていた。鎧こそつけていないが、腰に剣を佩いている。巡回の兵士二人を連れて、馬で村の入り口に現れた。
ナオはちょうど荷運びをしていたところだった。
レスはナオを見つけると、馬から下りた。
「お前がナオか」
「そうです」
「昨夜の話は聞いた。ゴブリン上位体を三匹、農具で。魔力はゼロだな?」
「はい」
レスはしばらくナオを見た。品定めするような視線だった。ナオは視線を受けながら、同じようにレスを観察した。立ち方、目の動かし方、剣の位置に対する体の向き。戦い慣れた人間の構えが自然に出ている。強い、とナオは判断した。それよりも、ナオに対して「興味がある」という表情をしているのが気になった。馬鹿にしている顔ではなかった。
「信じがたい話だ」とレスは言った。「農民の三男が、農具でゴブリン上位体を三匹か。話を聞いた兵士は全員まぐれだと言っていた。俺もそう思う。ただ、事実であれば話が変わる」
「証明してみろ。俺の訓練場で、俺の兵士と戦ってみせろ」
命令口調だった。断る選択肢が最初から想定されていない言い方だった。
ナオは少し考えた。
断ることはできる。ただ、レスの立場を考えると、断った場合の影響が村全体に及ぶ可能性がある。農民が副領主の息子の申し出を断れば、どういう扱いを受けるかは想像できた。それよりも、受けた方が得られるものがある。訓練場の兵士と形式的に戦えるなら、自分の現在地がわかる。実際の魔力持ちと向き合うのは初めてだ。ゴブリン相手で通用したことが、人間相手でも通用するかどうかは別の話だった。
「……わかりました」とナオは答えた。
内心では「なんで俺、あいつに話を合わせてるんだ」と思っていたが、それを言っても状況は変わらない。断る理由より、受ける理由の方が多かった。
---
レスが帰った後、クルトが飛んできた。
「聞いた。訓練場に呼ばれたんだって?」
「うん」
「断れよ。なんで受けるんだ。レス様の兵士に魔力ゼロが勝てるわけないだろう。ボコボコにされるだけだぞ」
「ボコボコになるかどうかはやってみないとわからない」
「ボコボコになったときの俺の立場は? お前が世話になってる村で、魔力ゼロのお前を送り込んだの俺だぞ」
「それは確かに申し訳ない」とナオは言った。「ただ、やってみない理由にはならない」
「お前は楽観的すぎる」
「楽観というより、やってみてから判断した方が正確だと思ってる」
「違いがわからん」
クルトは頭をかいた。本気で心配しているのが伝わった。
「レス様は強い。兵士たちも本物だ。お前が農具でゴブリンを倒せたのは俺も見た。でもそれと、鍛えた人間と戦うのは話が別だろ」
「そうだな」とナオは答えた。「たぶん最初は負ける」
「だったらなんで行くんだ」
「最初は負けるが、何かわかる。それが次に繋がる」
クルトは続きを言いかけて、止まった。ナオの顔を見て、何か言おうとして、やめた。
「お前といると、何か言う気が失せるんだよな」とクルトは言った。腹を立てているわけでもなさそうな口ぶりだった。
「すまない」
「謝るな。むしろ……まあ、なんでもいい」
「……気をつけろよ」と最後に言った。
ナオは頷いた。クルトなりの友人としての言葉だということは、十年の付き合いでわかっていた。
---
訓練場は村から半日の距離にある領主館の敷地内にあった。翌朝早くに出て、昼前には着いた。
街道を歩きながら、ナオは頭の中で情報を整理した。レオン、という名の兵士が相手になる。体格は自分より大きい。魔力を持っている。訓練を積んでいる。自分との違いは多い。ただ、どんな相手でも動き方には必ずクセがある。最初の数回は、そのクセを掴む時間だと考えれば、負けても情報を得られる。損ではない。
前の世界では、負けること自体を避けようとしていた。失敗が見えているのにやらない、という判断を「リスク管理」と呼んでいた。ただ、それは「やらない理由を探す」のと同じだった。今はそれをしたくなかった。
石造りの建物が並んでいる。庭に演習用の土が敷かれた広場があって、木製の的や訓練用の武具が並んでいた。ナオが今まで見たことのない規模だった。カセン村の農家の子が来る場所ではなかった。
レスが広場の端に立っていた。腕を組んで、興味深そうな顔をしていた。興味があるのか試したいのか、どちらかははっきりしなかった。兵士が数人いた。その中の一人——二十代半ばに見える、体格のいい男——がナオを見て鼻で笑った。
「これか。魔力ゼロのが」
「そうだ」とレスが答えた。「レオン、お前が相手をしろ。ただし木刀を使え。力加減はしなくていい」
レオン、とナオは名前を記憶した。体の動かし方を観察した。立ち方が安定している。重心の位置が低く、どの方向にも動ける準備ができている。魔力強化に慣れた体の使い方だった。ゴブリンとは根本的に違う。ゴブリンは本能で動く。人間は判断して動く。判断が入る分、クセも深い。
「よろしくお願いします」とナオは言った。
レオンは答えなかった。
ナオは広場の中央に立ち、手渡された木刀を確かめた。農具の柄より短い。重さも違う。感触が手に馴染むまでに少し時間がかかりそうだった。ただ、慣れない武器で戦う状況というのは、実戦でも普通に起きうる。今慣れておくのは無駄ではない。
「準備はいいか」とレスが言った。
「はい」とナオは答えた。
レオンが木刀を構えた。余裕がある。当然だろうとナオは思った。相手からすれば、農民の子どもと打ち合いをさせられているのだ。本気を出す気もないかもしれない。
それは好都合だった。
視界の右上を見た。0.00%。変わっていない。
まあいい。まずやってみる。
次話:第9話「魔力アリの兵士に、魔力ナシが勝つ方法」
レオンとの試合が始まります。続きが気になった方は、ぜひブックマークや【☆☆☆☆☆】評価で応援いただけると嬉しいです!




