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第6話「生まれ変わっても、世界は理不尽だった」

お読みいただきありがとうございます。十六歳のナオは、毎日空き地で騎士の動きを真似て修行を続けていました。魔力ゼロへの差別は変わらない。それでも続けるのは、やめる理由がないからです。ある夜、村の空気が変わります。

十年が経った。


 赤ん坊だった体は成長し、今は十六歳になっていた。名前はナオ。農民の三男。カセン村の生まれ。魔力はゼロ。その事実は六歳の検査から変わっていなかった。


 視界の右上には相変わらず【0.00%】が浮かんでいる。十年経っても動いていない。それはわかっていた。どうせ農作業と観察だけでは上がらない。でも今の段階でできることをやっておくのが先だと、ナオは判断していた。


---


 カセン村は小さかった。


 山の麓にある農村で、百戸ほどの家が集まっている。周囲に畑があり、川があり、南の森の手前に小さな市場がある。見た目は平和だった。朝には畑に出る音がして、夕方には炊事の煙が上がる。子どもたちが走り回り、老人が縁側に座っている。普通の農村の風景だった。


 ただ、この村を動かしている構造には、ナオが前の世界でも見たことのある「空気」があった。


 この世界では、魔力が社会的な立場を決める。カセン村の領主一族は魔力持ちで、徴税と土地管理を握っている。農民のほとんどは魔力が低く、ゼロの者も珍しくない。ただ魔力ゼロは「役に立たない存在」と見なされる傾向があり、雑用を割り振られたり、村の意思決定から外されたりすることが多かった。


 事実上の農奴扱い、とナオは内心で整理していた。


 怒りがないわけではなかった。ただ怒ったところでこの構造は変わらない。前の世界でも、怒りを動力にしても長くは続かなかった。必要なのは観察と判断だった。


 この十年、ナオは観察を続けていた。誰が何を持っていて、誰が何を求めていて、どういう流れで物事が動いているか。前の世界で染みついた「情報を集めてパターンを読む」という癖は、この体になっても残っていた。


 それとは別に、体を鍛えていた。


 毎日夜明け前に起きて、村外れの空き地で体を動かした。農作業で自然と筋肉はついていくが、それとは別に意図的に鍛えていた。騎士や旅人の動きを見て盗んで、反復した。理由は単純だった。自分の体を使えるようにしておきたかった。それだけだった。


 この世界に「魔力がない者が戦えるわけがない」という常識があることは知っていた。ただ、常識はその世界の「平均的な条件での話」だ。前の世界でも、「AIが仕事を奪う」という常識はあった。その中で何をするかを考えてこなかったのが問題だった、とルキアには言われた。今回は違う動き方をしてみる気があった。


 できるかどうかより、やってみて判断する。それだけだ。


 十年間、ナオは体を動かしながらもう一つのことをしていた。村を往来する人間を観察して、戦い方のパターンを分類していた。この世界の人間は魔力を使って体を強化する。その強化の仕方には癖がある。踏み込みのタイミング、力の入れ方のリズム、目線の動き。ナオには魔力がない。だから魔力強化の「外側」から観察できた。それが何かの役に立つかどうかは、まだわからなかった。


---


 幼馴染のクルトは十七歳だった。


 ナオより一歳上で、同じ農民の出身だったが、微弱とはいえ魔力を持っていた。それだけのことで、クルトの村内での立場はナオより一段高かった。本人もそれをよく知っていた。背が高く、愛嬌がある顔立ちで、村の若者たちの中では自然と中心になりやすいタイプだった。悪い奴ではない。ただ、自分の立場を維持することにかけては抜け目がなかった。


「ナオ、ここの水汲みやっといてくれよ。俺は今日、市場に行かなきゃいけないから」


 今日で三度目だった。水汲みは本来クルトの担当の作業だった。


「わかった」とナオは答えた。


 クルトはそれだけで満足したように歩いていった。


 文句を言うつもりはなかった。クルトが悪人かと言われれば、そうではない。この世界のルールに従って動いているだけだ。魔力ゼロには雑用を押しつけていい、という慣習が村にあり、クルトはその慣習に乗っかっているだけだった。


 問題は慣習であって、クルトではない。前の世界でも、問題の所在を個人に帰属させると解決策がぼやけるという経験を繰り返した。この場合も同様だった。


 水桶を担いで井戸に向かいながら、ナオは村の南側を見た。


---


 最初に気づいたのは、二週間前だった。


 村はずれの草むらに、引っかき傷のついた木がある。傷の高さと角度からすると、人間の仕業ではなかった。刃物でもなく、爪か牙で抉ったような形だった。村人たちはそれを見て見ぬふりをしていた。


 翌日も確認した。新しい傷が増えていた。


 その翌日も増えていた。近づいてきている、とナオは判断した。傷の深さも増していた。最初は様子見だったものが、巡回から「テリトリー主張」の段階に移っている、という解釈が近そうだった。


 村の長老に話を持っていったが、「子どもが余計なことを言うな」と一蹴された。魔力ゼロのナオが何を言っても、この村では聞き流される。それも想定内だった。


 自分で確認するしかない、と思った。


 夜中に何度か村はずれを見に行った。足跡があった。人間よりも幅広く、爪の跡がついている。数からして一匹ではない。三、四匹程度の群れが巡回しているような動き方だった。


 この世界に来てから十年、村の大人たちが話す魔物の話を集め続けていた。動き方のパターン、弱点になる部位、群れの行動原理。情報として頭には入っている。体で経験したことはなかったが、知識としては揃っていた。


 問題は、いつ来るか、だった。


---


 水汲みを終えて帰る途中、クルトとすれ違った。


「ナオ、南の森の方、最近変な臭いしない?」


「してる」


「なんか気になるよな」とクルトは言った。「でもまあ、俺たちが動くことじゃないか。領主に任せておけばいい」


 ナオは答えなかった。


 任せておけばいい、という判断自体は正確だった。この村の問題は、在る権力が対処するものだという構造がある。ただ、その構造が機能しない場合のことを、誰も考えていなかった。


 クルトは心配していない、とナオには見えた。正確には、心配しないように考えないようにしていた。この村の大半の人間が、見て見ぬふりをしていた。魔物の気配は全員が感じているはずなのに、誰もそれを声に出さなかった。声に出すと対処しなければならなくなるからだ。その気持ちはわかる。対処できる保証がなければ、見て見ぬふりをした方が精神的に楽だ。


 ただ、ナオには「見なかったことにする」という選択がしにくかった。前の世界で、見えているのに動かなかった結果がどうなったかを、体で知っていたからだ。


 前の世界でも似たことがあった。問題がはっきり見えているのに、誰も動かない場面。組織の中でよくあった。動く役割の人間が動かないなら、動ける人間が動けばいい。それだけのことだ。


 夜、ナオは農具の置いてある納屋に入った。鋤、鍬、長い柄のついた農具が並んでいる。手に取って重さを確認した。重心の位置、振ったときの感触、腕への負荷。訓練で体に入れてきた動きと、この農具が合うかどうかを確かめた。


「まあ、いける」


 声に出して確認した。いける、というのは過信ではなかった。経験がないのはわかっている。実際にやってみなければわからないことの方が多い。ただ、やる前から「無理だ」と判断するための材料が手元にない以上、とりあえず動いてみるしかない。


 前の世界でできなかったのは、動く理由が見つからなかったからだ。今は理由がある。来たら対処しなければ誰かがやられる。それだけで十分だった。理由の大きさより、理由がある、という事実の方が大事だとナオは感じていた。


 視界の右上を見た。0.00%。変わっていない。


 まあいい。とりあえず、来たら対処する。

次話:第7話「魔物が来たとき、俺だけ逃げなかった」

村にゴブリン上位体が迫ってきます。続きが気になった方は、ぜひブックマークや【☆☆☆☆☆】評価で応援いただけると嬉しいです!

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