第48話「ルキアに、一つだけ聞いた」
お読みいただきありがとうございます。三十二歳になりました。前の最初の転生の「三十五歳のゼロ地点」の三年前——比べてみると、まるで違う。「〇・五パーセントは今の転生で来るか」、直樹がルキアに一つだけ確かめる夜の話です。
三十二歳になった。
ミュージシャンとして活動し始めて五年が経つ。公聴会から三年が経つ。人間創作規制法案は再上程されなかった。報道がなくなってから久しかった。法案の話をするとき、「三年前のあれ」という言い方をする人間が増えた。三年前、という言葉がそこにあるということは、出来事が時代の一部として定着し始めたということだ、と直樹は思っていた。
あの子どもは九歳になっていた。
コードを押さえられるようになっていた。直樹が最初に作った曲の、入りの部分だけ弾けるようになっていた。五年後にうまくなる、と言ったとき「じゃあ続ける」と言った子どもが、三年で入りだけ弾けるようになっていた。「この先も弾きたい」と言った。「弾けるようになる」と直樹は言った。「いつ」「練習した分だけ早くなる」「じゃあたくさん練習する」。子どもはそう言って弦を押さえた。指がまだ短くて、コードが鳴りきらなかった。それでも止まらなかった。
ライブは月一回続いていた。河合のライブハウスは変わらずにあった。三田が「最近お前の客層が広がってきた」と言った。「二十代から五十代まで来てる。珍しいことだ」。直樹は「そうですか」と言った。「公聴会で弾いた男が、まだ同じ場所で弾いているというのが、本物だという証明になっている」と三田は言った。直樹は「そういうものですか」と言った。「そういうものだ」と三田は言った。
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その日のスタジオ練習は、いつもより長くなった。
四曲目を何度も繰り返した。二番の入りで毎回指が遅れた。直そうと思ったことはなかった。ただ今日は、その音をずっと聞きたかった。公聴会で弾いたとき、議事堂の天井の高い部屋でこの音が出た。廃案になった夜、河合のライブハウスで一人弾いたときもこの音が出た。どの場所でも、同じ場所で同じ音が濁った。その積み重ねが今の音だった。
スタジオを出た後、河合のライブハウスに寄った。今日はライブがない日だった。甥に代を渡すという話が出てからも、河合はまだカウンターにいた。
「なんで来た」と河合は言った。
「寄りたかっただけです」と直樹は言った。
河合が少し間を置いて「練習帰りか」と言った。「そうです」と直樹は答えた。河合がビールを一本取り出した。「飲め」と言った。直樹は受け取った。
しばらく二人とも黙っていた。河合がカウンターを磨いた。直樹がビールを飲んだ。
「来年で二十年になるな、ここで弾いて」と河合は言った。
「そうですね」
「長いな」
「長いです」
「……悪くないな」と河合は言った。それだけだった。
ビールを飲み終えて、直樹はライブハウスを出た。スタジオからここへ寄ったのは、特別な理由があったわけではなかった。ただ、来たかった。そういうことが今は自然にできていた。前の最初の転生では、目的のない行動ができなかった。今は目的がなくても足が動いた。
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帰ってから、脳内でルキアの声が来た。
「今日は何かあった?」
「練習をしていた。特別なことはなかった」
「そうなの」
しばらく間があった。ルキアが何も言わないとき、直樹は待つことにしていた。何か言いたいことがある場合、ルキアは先に沈黙を置く。三回の転生で、そのくらいのことはわかっていた。
「一つだけ聞いていいか」と直樹は言った。
「何を」
「〇・五パーセントのことだ。お前が以前「自分の話だけじゃない」と言った。あの言葉をずっと考えている」
少し長い間があった。
「……それが何か、ということは言えない」
「わかっている。ただ、一つだけ確認させてくれ」
「何を確認するの」
「〇・五パーセントは、今の転生の中で来る可能性があるか」
また間があった。今度はもう少し長かった。
「……わからない」とルキアは言った。「可能性がないとは言えない。ただ、来ない可能性もある」
「来なかった場合は、この転生も99.5%で終わる」
「そうね」
「それでも、お前はロックを解かないか」
「解かない」とルキアは言った。声は穏やかだった。「これはあなたのゲージよ。私の判断で動かすものじゃない」
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直樹は少し考えた。
「お前は今も「業務」として俺を担当していると言うか」と聞いた。
「……それは」とルキアは言って、止まった。
「答えなくていい」と直樹は言った。「一つだけ教えてくれ。俺が三回の転生を通じて積み上げてきたものを、お前は見ていたか」
「見ていた」とルキアは答えた。すぐに答えた。「全部見ていた」
「それだけ教えてくれれば十分だ」
また間があった。ルキアが何か言いかけて止まる気配が、最近増えていた。言えることと言えないことの区別があるのはわかっていた。ルキアが止まるとき、それが言えないことに触れた瞬間だということも、だいたいわかっていた。
「ルキア」
「なに」
「お前が言えないことが何なのか、俺はまだわからない。ただ、お前が何かを持っているということだけはわかる」
長い沈黙があった。
「……何が言いたいの」とルキアは言った。声が少し変わっていた。
「今は何も言わない」と直樹は言った。「ただ、見ていてくれていることはわかっている。それだけ確認したかった」
「……そう」とルキアは言った。少し間を置いてから「なぜ今日それを確認したかったの」と聞いた。
「三十二歳になったから」と直樹は言った。「前の最初の転生で三十五歳のときに、何も残っていないと思った。その三年前の歳になった。比べてみたくなった」
「比べてどうだった」
「前の三十二歳と今の三十二歳は、まるで違う」と直樹は言った。「今の方がいい」
「……そう」とルキアは言った。今度は長い間がなかった。
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しばらく間があった。
「もう一つだけ聞いていいか」
「なに」
「今夜、比べてみてよかったと思うか」
また少し間があった。
「……よかったと思う」とルキアは言った。「あなたが今の方がいいと言った。それがよかった」
「俺の感想を聞いて、お前がよかったと思う理由は何だ」
長い沈黙があった。ルキアが何かを言おうとして止まった。直樹は待った。
「……業務よ」とルキアは言った。声がいつもより低かった。
「そうだな」と直樹は言った。「それ以上は聞かない」
「聞かないの?」
「聞いたら、今夜眠れなくなる」と直樹は言った。
ルキアが何かを言いかけて止まった。それから、小さく「おやすみなさい」と言って声が消えた。
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直樹は天井を見た。三回の転生で、ルキアはずっといた。第一転生でも第二転生でも第三転生でも。脳内で声が来て、罵声を浴びせて、ゲージを下げることもあって、それでもいつもそこにいた。「いつも見てる」という言葉は、初めて会ったときから一度も変わらなかった。
ゲージが上がる瞬間には、いつも誰かの顔があった。カインが笑った顔。師が目を覚ました朝の顔。カールが三日目に繋がったときの顔。子どもが泣いた顔。それが全部、「誰かのために動いた瞬間」だった。
自分の話だけじゃない。
ルキアはあの言葉を言ってから、それ以上のことは言わなかった。言えない、と言った。言えないことには理由がある。その理由がどこにあるのかを考えたとき、ひとつだけ考えが浮かんだ。ただ、それを声に出すことは今夜はしなかった。出したとしても、ルキアは答えない気がした。答えない、というより、答えられない何かがある気がした。
視界の右上を確認した。99.50%。変わらない。
〇・五パーセント。自分の話だけじゃない何かが、そこにある。三回の転生を通じてずっとそこにいた誰かの話が、最後の〇・五パーセントに入っている。その誰かが誰かは、もう薄々わかっていた。ただ言葉にしてしまうと、何かが変わる気がした。今は、ただわかっているだけでいい。
今夜「今の方がいい」と言ったとき、それは本当だった。前の転生のゼロ地点と、今を比べて、今の方がいい。それだけのことが、確かにあった。ルキアの「よかった」という言葉が、まだ少し残っていた。
次話:第49話「時間が経つということ」
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