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第33話「反省会・二度目」

お読みいただきありがとうございます。白い空間に戻ってきました。ルキアが酒を注いでいました。二度目の反省会の話です。

白い空間だった。


 前回と同じ場所だった。ただ、何かが違う。テーブルがある。杯が二つある。ルキアが向かいに座っていた。前回はどこか採点者のような顔をしていた。今回は、少し違う。姿勢が柔らかい。腕を組んでいない。杯を両手で持って、こちらを見ていた。


「座って」とルキアは言った。


 直人は座った。


 杯に何かが入っていた。前回と同じ、あの世界の酒だった。今回は京都の酒ではなく、アーデル王国のものに近い味だった。二つの世界が混ざっている感じがした。前の転生でカセン村の宴で飲んだものに似ていた。カインがうるさいくらい喋っていた夜の酒だった。


 その味を確認しながら、直人は少し考えた。今まで二つの世界を生きた。一つ目はアーデル王国の農民から冒険者になった世界。二つ目は幕末の京都で書生をしていた世界。どちらも「直倉直人」ではなかったが、どちらにも直倉直人がいた。記憶が積み重なっていた。それが今、この白い空間に全部ある。


「七十パーセントね」とルキアは言った。


「足りなかった」


「足りなかった部分と、あった部分がある。今世は感情が先に動いた」


「……そうだな」


「自覚はあるのね」


「カールを守ると決めた夜、師を背負って走った夜。理由を考える前に体が決まっていた。あれが感情で動くということだったと、今は思っている」


「そうよ」とルキアは言った。「あなたが計算より先に体が動いた。二つの世界を通じて、初めて起きたことだった」


「まだ三十パーセント残っている」


「残っている」


「次でどうにかなるか」


「どうなるかは、動いてみないとわからない」


 直人は杯を置いた。しばらく何も言わなかった。白い空間が静かだった。前回はこの静けさが落ち着かなかった。今回は、それほどでもなかった。自分がいる場所だ、という感覚に近くなっていた。


---


「見るか」とルキアが言った。


「何を」


「今世の記録」


 直人が頷いた。


 視界の中に映像が浮かんだ。


 カールと三日間かけて言葉を繋いだ場面。三日目の朝、カールが絵を持ってきたとき。絵の向きを見て「繋がった」と声に出したとき。師が「変な才能があるな」と言ったとき。


 師を背負って走った夜の場面。路地を走りながら「死なせない」と声が出た場面。師の体が熱かった。あれは忘れない。


 沖田と縁側で夜を明かした場面。何も言わずに並んで夜明けを待った。沖田がまた咳をした。直人は何も言わなかった。言える言葉がなかった。沖田の顔が月明かりの中にあった。


 映像が消えた。


 直人はしばらく黙っていた。映像が消えた後も、残像のようなものが頭の中にあった。カールの顔、師の顔、沖田の顔。それぞれが違う種類の記憶だった。カールとは言葉なしで繋がった。師とは怒鳴り合いながら笑い合った。沖田とは並んで座って、ほとんど何も言わなかった。


 三つとも、違う形だった。それでも全部、確かにあった。


「悪くなかった」と直人は言った。


「そうね」とルキアは言った。前回と違って、すぐに言った。言い方も前回より素直だった。


---


 少し間があった。


「なあ」と直人は言った。


「何」


「なんでそんなに俺のことを見てるんだ」


 ルキアが少し固まった。一瞬だけだったが、わかった。


「どういう意味」


「どういう意味もない。そのままの意味だ。転生のたびに見ている。反省会のたびに来る。業務だと言えばそれまでだが、他の転生体にも同じようにしているのか」


 ルキアが直人を見た。答えなかった。


「答えたくないなら答えなくていい」と直人は言った。「ただ聞きたかっただけだ」


「……業務よ」とルキアは言った。


 直人は少し間を置いた。


「嘘だ」


---


 ルキアが杯を置いた。


 少し長い沈黙があった。白い空間が静かだった。


「なんで嘘だと思うの」


「声が違う。業務だと思っているときの声と、今の声が違う。お前が俺を採点しているときと、今とで、何かが違う」


「……鋭いわね」


「そうでもない。お前の声はいつも聞いていたから、わかる」


 ルキアが少し目を逸らした。杯を手に取った。一口飲んだ。直人はそれを見ていた。


「前回の反省会より、お前の姿勢が違う」と直人は言った。「前回は採点者の顔だった。今回は違う」


「何が違う」


「うまく言えないが、近い感じがする」


「近い」


「距離が、という話じゃない。なんというか——一緒にいる感じが、前回より強い」


 ルキアがまた直人を見た。言葉が来るまで少し待った。


「……何を言っているのかわからない」とルキアは言った。


「俺もうまく言えない」と直人は正直に言った。「ただ、前回と何かが違う。それだけはわかる」


 ルキアが杯を置いた。


「……次の転生の話をするわよ」


 話が逸れた。直人はそれがわかったが、追わなかった。


 前の転生で、クルトが「前世でもそうだったか」と口を滑らせた夜のことを思い出した。直人はあのとき追わなかった。クルトが自分から言わない理由があるなら、待てばいい、と判断した。今回も同じだった。ルキアが逃げた。それはわかった。ただ、無理に引き出す場面ではないと感じた。


 ルキアが逃げた、というそれだけで、今は十分だった。


「聞く」と直人は言った。


---


 次の転生先の話を聞いた。


「2140年代の日本」とルキアは言った。いつもより少し早口だった。「AIが芸術の九割を生産している時代よ。あなたの転生体は人間のミュージシャン、二十八歳」


 直人は黙った。


「……それ、俺が最初に逃げた側の話だな」


「そうね」


「AI によって仕事を失った、という話を俺は前世でしていた。俺は効率の問題だと思って、抵抗しなかった。今度は抵抗する側か」


「抵抗する側、というより——今度は「お前たちはいらない」と言われる側よ。AIに」


 直人は少し考えた。


 前世で、AIが芸術を生産する、という話題が出たとき、直人は「合理的だ」と思っていた。人間より効率が良いなら、置き換わる。それが自然だと思っていた。今度は置き換えられる側から始まる。


「……なるほどな」


 直人は少し考えた。前世で自分が手放したものを、今度は守ろうとする側に立つ。その逆転が、何かを感じさせた。面白い、という言葉が先に来た。計算ではなかった。それが少し、新しかった。


「行くか」とルキアは聞いた。


「行く」と直人は言った。間を置かなかった。


---


 転生の光が来た。


 前の二回と同じ、白い空間が薄くなっていく感覚だった。ただ今回は、光が来る前に少しだけ間があった。ルキアが何かを考えているような間だった。直人はその間を待った。


「次は難しい転生よ」とルキアは言った。「前の二回は、あなたが異世界に行った。今回は、前世のあなたが逃げた場所に戻る。逃げた理由を知っている場所に、別の立場で入っていく」


「それが難しい理由か」


「自分の過去と向き合いながら動くことになる。それは前の二回とは違う種類の重さよ」


 直人は少し考えた。


「わかった」


「本当にわかった?」


「わかった上で行く、という意味だ」


 ルキアが少し間を置いた。それから「そう」と言った。


「ルキア」と直人は呼んだ。


「なに」


「業務、というのが嘘だとしたら——なんだ」


 ルキアが少し黙った。


「……それはまだ言わない」


「いつか言うか」


「……どうかしらね」


 光が広がった。


「ルキア」


「なに」


「次も見てろよ」


 少し間があった。


「……見てる」とルキアは言った。声が静かだった。いつもの辛口ではなかった。「いつも見てるわ」


 光が強くなった。ルキアの顔が消える前に、何かが変わった気がした。表情が、いつもと違った。何が違うのかを確認しようとしたが、光が先だった。


 ただ、最後に見たルキアの顔が、頭の中に残った。


 白い空間が消えた。


次話:第34話「三度目は、俺が逃げてきた世界だった」

「AIでいい」と言って仕事を手放した男が、次はどんな世界で目を覚ますのか。

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