第31話「籠城。刺客は毎晩来た」
お読みいただきありがとうございます。師を診療所まで運んだ後、直之介は扉の前に立ちました。毎晩、来ることがわかっていました。一週間の話です。
師の熱が下がらなかった。
三日経っても本調子に戻らなかった。傷は塞がりかけていたが、体力が落ちていた。直之介は師につきっきりになった。昼は薬を煎じ、食事を用意し、水を換えた。夜は眠りながら耳を立てていた。
問題は外からも来た。
昨夜の件が広まったらしかった。二日目の夜、近くの道場の男が来た。「堂島の診療所はこのあたりに迷惑をかけている。外国人の出入りが目立つ。早く移転しろ」と言った。直之介が「師は怪我をして動けません」と答えると、「それはこちらの知ったことではない」と言って帰った。
三日目も来た。別の男で、同じようなことを言った。直之介は同じように答えた。
毎日来るなら毎日答える。それだけだった。前の転生で、ギルドの上位冒険者に絡まれ続けたときと同じ感覚だった。相手の言葉に揺さぶられても意味がない。答えを変える理由がない限り、同じ答えを返す。それだけのことだった。
師が「お前は同じ言葉を何度でも繰り返せるのか」と聞いた。「理由が変わっていないので」と直之介は答えた。師が「変わった書生だ」とまた言った。
四日目の夜、刺客が来た。
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戸の外で気配がした。夜中過ぎだった。
直之介は起きていた。眠れない、というより、眠らないようにしていた。気配が止まらない限り、眠る気になれなかった。
戸が開いた。
二人が入ってきた。夜目が利くように目を慣らしておいた。暗さは問題なかった。一人目が来た。かわした。押した。倒れた。二人目が刀を出した。室内で刀を使うのは動きにくい。その点は直之介の方が有利だった。腕を制した。倒した。
二人が地面に転がった。師が「何だ」と声を上げた。「何でもないです」と直之介は言った。「寝ていてください」
「何でもないわけがないだろ、どんな音だ」
「問題ありません」
師が「不思議な書生だ」と言って横になった。
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翌日も、圧力が来た。
道場から三人来た。「昨夜、門下の者が行方不明だ。何か知らないか」と言った。直之介は「存じません」と言った。三人がしばらく直之介を見た。何かを言おうとして、やめて帰った。
沖田が来たのは、その日の夜だった。
戸を叩く音がした。直之介が開けると、白い羽織だった。
「通りかかった」と沖田は言った。「何か騒がしい気がしたので」
「通りかかって立ち止まれるものですか」
「立ち止まったんだから立ち止まれる」と沖田は言った。中に入ってきた。師の容態を見た。「重くはないか」
「熱が続いています。傷は浅かった」
「そうか」とすぐに言った。それ以上は聞かなかった。「外は来るか」
「毎晩来ています」
「今夜も来るな、たぶん」と沖田は言った。縁側に腰を下ろした。「せっかく通りかかったことだし、もう少しここにいてもいいか」
直之介は少し間を置いた。
「助かります」
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その夜、三人が来た。
戸が開いた瞬間、沖田が動いた。
直之介は見た。速かった。前の転生の末期に鍛えた感覚で見ても、追いきれないほど速かった。三人のうち二人を、真剣ではなく鞘で制した。一人が直之介の方に来た。対処した。
三分もかからなかった。
沖田が縁側に戻って座った。直之介も壁に戻った。しばらく沈黙があった。
「強いですね」と直之介は言った。
「そりゃあな」と沖田は言った。それだけだった。
少し間があった。
沖田がまた咳をした。
直之介は聞こえた。今夜の咳は昨日より少し深い気がした。それ以上は何も言わなかった。言える言葉がなかった、というより、今は言う場面ではないと思った。沖田は自分の体のことを知っている。それは顔を見ればわかった。
「お前、剣はどこで習ったんだ」と沖田が言った。
「遠い昔のことです」
「また遠い昔か」と沖田は言った。笑っていた。「いつかちゃんと話してくれよ」
「いつかは話します」
「その「いつか」が来ることを期待しとく」
その後は黙って夜が明けるのを待った。
夜明け前、沖田が帰り際に言った。「副長が、お前のことを聞いていた」
「土方さんが」
「また来い、と言ったらしいが、来ないから気になってると。何があったか話しておいてやろうか」
「お願いします」と直之介は言った。「師が回復したら行きます」
「そうか」と沖田は言った。戸口で少し振り向いた。「お前、この先どうするつもりだ」
「この先というのは」
「京都で書生のままでいるのか。それとも、別の話が来たときに動くか」
直之介は少し考えた。
「来てから考えます」
「それでいい」と沖田は言った。軽い声だった。「来てから考える人間の方が、俺は好きだ。では」
沖田が行った。空が白くなり始めていた。
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一週間が過ぎた。
師の熱が下がり始めた。六日目の夜から、少し楽になった。七日目の朝、師が自分で起き上がった。
「お前、ずっといたのか」と師は言った。
「はい」
「眠れたか」
「少しは」
師が直之介を見た。直之介は師を見た。師の顔が戻っていた。熱で赤かった頬が、いつもの色になっていた。
「なぜ残った」と師が聞いた。静かな声だった。
直之介は少し考えた。理由はいくつかあった。師が心配だった。外から来る者を追い返さなければならなかった。逃げる気になれなかった。どれも本当だったが、どれが一番かと聞かれると、答えが出なかった。
「……ここにいたかったので」
考えた末の言葉ではなかった。一番短い言葉を選んだら、それになった。
師がしばらく直之介を見た。それから笑った。師がこういう顔で笑うのは、珍しかった。眉をしかめたり、口の端が少し動いたりする笑い方ではなく、顔が素直に変わった笑いだった。
「それでいい」と師は言った。「理由なんて、それで十分だ」
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その夜、直之介は縁側に座って夜空を見ていた。
体が重かった。一週間の疲れが一度に来た。ただ、今夜は眠れる気がした。師が目を覚ました。それだけで十分だった。
視界の右上が動いた。
【満足度ゲージ:53.00% → 70.00%】
直之介は少しの間、その数字を見ていた。十七パーセント。累計七十。前の転生と合わせると、だいぶ進んだ。
脳内で声がした。
「……今日は何も言わないわ」
ルキアの声だった。いつもの辛口とは違った。静かな声だった。
直之介は少し待った。何か続くかと思ったが、続かなかった。
「……言わないのか」
「言わない」
「なぜだ」
少し間があった。
「師が笑ったから」とルキアは言った。「そういう場面に言葉をつけたくない、という気分もある」
「珍しいな」
「たまにはそういうこともある」
声が消えた。
直之介は夜空を見続けた。70.00%。この数字の重みが、少しずつわかってきていた気がした。前の転生でカインが笑ったとき、決勝でカインたちの顔が見えたとき、今夜師が笑ったとき。数字が動く瞬間には、誰かの顔があった。
そういうことか、とぼんやり思った。
数字が動く瞬間に、自分が何をしていたかを振り返った。廃坑でオーガ種を倒した後のカインの笑顔。決勝の観客席にいたカインたちの顔。カールを守ると決めた夜に沖田に話したこと。そして今夜の師の笑い。
すべてに共通しているのは、自分が動いた結果として、誰かの顔が変わった、ということだった。顔が変わる瞬間が、直之介の中の何かに触れた。数字はそこで動いていた。
前の世界では、誰かの顔が変わることを見る機会がなかった。自分が動いた結果が誰かに届いているとしても、それを確認できる場所にいなかった。今は、確認できる場所にいる。それが変わったことの一つだった。
70.00%。残りは三十パーセントだった。
次話:第32話「それぞれが、自分の場所で散った」
幕末の幕切れ。直之介の最後の夜の話です。




