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第20話「老いて、死んで、反省会」

お読みいただきありがとうございます。ナオはこの世界で長く生きました。仲間たちが少しずつそれぞれの場所へ散っていくのを見続けながら。最後の夜、天井を見上げていました。

時は流れた。


 カセン村に帰ってから、ナオは長い時間をその世界で生きた。冒険者として動き続けた。依頼が来れば出た。問題があれば動いた。拠点はカセン村のままだったが、レスの紹介で王国のあちこちに足を運ぶ機会が増えた。魔力ゼロの冒険者という評判は、良い方向にも悪い方向にも広まった。何度か命に関わる場面もあった。毎回、何とかなった。


 カインは二十七のとき、大きな討伐の依頼で死んだ。


 相手は先の廃坑とは比べものにならない規模の魔物だった。大型の群れで、討伐隊が複数のパーティーで組まれた。カインは最前線にいた。ナオは別の場所にいて、駆けつけたときには終わっていた。


 カインの顔は笑っていた。最後まで、あの顔だった。


 葬儀が終わった日の夜、ナオはひとりで廃坑の近くの丘に行った。何もしなかった。ただそこにいた。涙は出なかった。ただ、翌日から三日間、依頼を受けなかった。何をするでもなく、村にいた。それがナオなりの弔い方だったのかもしれない、と後で思った。


 三日目の夜、クルトが来た。「知らせを聞いた」と言った。それだけだった。二人で話したわけでもなく、食事をしながら時間が過ぎた。クルトが帰り際に「お前がいれば、カインは死ななかったかもしれない」と言った。それからすぐに「そういう話じゃないな」と自分で打ち消した。ナオは何も言わなかった。何も言えなかった。それが正解だったかどうかは、今でもわからない。


---


 エラは二十四で所帯を持った。


 弓の腕は相変わらず確かで、冒険者を続けながら家庭を持つ形になった。夫は同じパーティーの後輩で、真面目な男だった。エラが少しだけ口数が増えた気がした。ナオが「変わったな」と言ったら、エラが「変わっていない」と言い切った。それもエラらしかった。


 クルトは魔法の道を深めた。


 途中から独立して、王都に移った。魔法使いとして名が通るようになった。たまに連絡が来た。「お前は今何をしているんだ」という文面が毎回入っていた。ナオが「依頼をこなしている」と返すと、「それしか言わないな」と返ってきた。


 ナオは長く生きた。この世界での天寿に近い年齢まで、動き続けた。


 途中から、若い冒険者たちに混じって動く場面が増えた。「昔の大会で魔力ゼロが優勝した話を聞いたことがあります」と言われたことが何度かあった。それが自分の話だと告げると、毎回信じてもらえなかった。信じてもらう必要もなかった。


 レスとは最後まで付き合いが続いた。「まだ生きてるのか」と言う挨拶が定番になった。レスが「お前は何のために動いてるんだ、今更」と一度だけ聞いたことがあった。ナオは「後ろに誰かいたら前に出るしかないから」と答えた。レスが「それだけか」と言った。「それだけです」と返した。レスは「変わらないな」と言った。


 最後の依頼は小さな護衛の仕事だった。若い冒険者の後輩と組んで、荷物を届けた。特別なことは何もなかった。


---


 最後の夜、ナオはカセン村の家の天井を見ていた。


 この世界に来た最初の日と同じ天井だった。板張りで、節目がある。視界の右上を確認した。


 【満足度ゲージ:35.00%】


 変わっていない。最後まで、三十五パーセントだった。


「足りなかったか」


 声に出した。答える者はいない。窓の外に虫の声がある。


 思えば長い時間だった。ゴブリンを倒した夜から始まって、廃坑があって、ガルデンとの試合があって、カインが笑った瞬間があって——その後もいくつものことがあった。ゲージが動いたのは二回だけだった。三十五のまま止まった。


 悪くなかった、とは思っていた。前の世界の三十五年より、この世界の生の方が確かな感触があった。誰かのために動いたことがあった。後ろに誰かがいて、前に出たことがあった。カインの顔が、何度も浮かんだ。


 目を閉じた。


---


 気づくと白い空間だった。


 ルキアがいた。今回は前と違って、テーブルがあった。そこに杯が二つ並んでいた。中に何か入っている。ルキアが「飲む?」と言った。


「何が入ってる」


「その世界の酒よ。最後の夜だから」


 ナオは座って、杯を取った。一口飲んだ。村の宴で飲んだものと同じ味がした。


「三十五パーセントね」とルキアは言った。杯を持って、向かいに座った。


「足りなかった」


「足りなかった部分と、あった部分がある。三十五ゼロで終わる人間もいるのよ。そういう人間に比べたら、あなたはちゃんと生きた」


「それは慰めか」


「事実だ」とルキアは言った。普段より少し穏やかな声だった。「あなたはこの世界で、誰かのために前に出た。誰かと目的のない夜の話をした。それは前世のあなたには一度もなかったことよ」


 ナオは少し考えた。


「カインが最後まで笑っていたのを見た」


「知ってる」


「あれが、ゲージが動いた理由だったな」


「最初の上昇ね。あれはあなたが選んで残ったから動いた。カインの笑顔が引き金になったけれど、本質はあなたが選んだという実感よ」


 ナオはもう一口飲んだ。


「悪くなかった」と言った。


 ルキアは何も言わなかった。少し間があった。


---


「次の世界の話をしましょう」とルキアは言った。


「もうあるのか」


「常にある。あなたが行くかどうかの問題よ」


「行く」


「速いわね」


「考えることがある。次でそれを確かめたい」


「何を確かめたい?」


「感情で動く、というのがどういう感覚なのか。論理より先に何かが動く瞬間を、もう少し理解したい」


 ルキアが少し目を細めた。「珍しいことを言う」と言った。「前の世界のあなたは、感情より論理が優先の人間だった。その前提が崩れてきている」


「崩れてきている、というのはわかっている。廃坑でカインが笑ったとき、計算ではなく何かが動いた。試合でカインたちを観客席に見たとき、体が動く前に何かがあった。それが何なのかを、もっと知りたい」


「理由が揃う前に答えが出た」とナオは言った。「ひとつの世界で何かが変わった。次でも変わるなら、行く理由になる」


 ルキアが少し眉を上げた。杯を置いた。


「ひとつだけ言っておく。三十五で止まった理由、わかる?」


「……感情の使い方だろう」


「正確に言えば、感情を先に動かすことが、あなたにはまだできていない。廃坑でも試合でも、あなたは論理で状況を整理してから動いた。感情が計算に追いついている形だった。でも——」


「感情が先に来たとき、何かが違う、ということか」


「そういうことよ」とルキアは言った。「次はそれを試してみたら?」


 ナオは少し考えた。


「感情は効率が悪い」


「だからまだ三十五パーセントなのよ」とルキアは言った。あっさりした声だった。「続けていい?」


「続けてくれ」


---


 次の転生先の話を聞いた。


 時代と場所を聞いたとき、ナオは少し固まった。


「……知っている。その時代のことを」


「前世の記憶ね。知識がある分、楽になる部分と難しくなる部分がある」


「難しくなる部分というのは」


「先のことを知っている。誰がいつどうなるか、何が起きるか、わかってしまう」とルキアは言った。「それでも動けるかどうか、が問われる転生よ」


 ナオは少し黙った。先の展開を知っていて、それでも動く。前の世界では「知っていること」は判断材料だった。今度はその知識が邪魔になる可能性がある。


「わかった」


「じゃあ、行きましょう」


 白い空間が薄くなった。最後にルキアの顔が見えた。普段と同じ顔だった。少しだけ、何かが違う気がしたが、確認する前に消えた。

次話:第21話「今度は京都で、体が全然動かない」

舞台が変わります。次の転生が始まります。

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