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第19話「カセン村に帰った」

お読みいただきありがとうございます。村に帰ると、景色が変わっていました。

村に戻ったのは、王都を出て四日後だった。


 道中は特に何もなかった。荷物護衛の依頼を一件こなしながら帰った。カインが「帰り道でも仕事か」と言った。クルトが「依頼を受けたのはお前だろ」と返した。カインが「そうだったっけ」と言った。エラが「そうよ」と短く言った。


 村の入口に差し掛かったとき、ナオは少し足を止めた。


 村の様子が違った。


 出発前と比べて、何かが変わっている。すぐに何が変わったかを確認した。農地だった。村の南側——かつて魔物の出没で封鎖していた区画の柵が外されていた。その土地に、新しく畑が開かれている。まだ作物は育ちきっていないが、土が耕されて、苗が並んでいた。封鎖を外したのはナオが出発した後だろう。この短期間で、ここまで手をつけたのか。


「なんか変わってないか、村」とカインが言った。「あそこ、前は柵があったよな」


「そうだな」


---


 村の中に入ると、すぐに声がかかった。


 年長者のヴァンだった。ナオを見て、少し表情が柔らかくなった。ヴァンはいつも表情が硬い。それでも変化がわかった。


「帰ったか」


「はい」


「王都での話は聞いた。大会で優勝したと」


「準決勝からは運もあったと思います」


「謙遜するな」とヴァンは言った。「お前が動いた結果だ」


 少し間があった。


「南の畑を見たか」


「入ってきたときに」


「お前が南の森の巣を片づけてくれた。それで封鎖を外せた。今年の秋から作付けができる。来年には収穫が出る。村にとっては大きかった」


 ナオは少し考えた。南の巣を潰したのは、レスの指示で動いたからだった。村のためにやった、という意識はなかった。結果として村の土地が増えたのは、自分の行動の余波だった。特に頼まれてもいないことが、こちらまで来ていた。


「それは、良かったです」とナオは言った。言葉が少し足りない気がしたが、他に言いようがなかった。


「お前らしい答えだな」とヴァンが言った。笑っているのかどうかわからない声だった。「意図してやったわけじゃないのはわかっている。それでも、結果として村が助かった。そういうことが積み重なって、人間の評判というのは変わっていく。お前の名前は今、この村だけじゃなく周辺の村にも届いている」


「それは知りませんでした」


「王都の大会で優勝したという話も、早かった。商人が持ってきた。三日もしないうちに村の全員が知っていた」


「カインが大会に出たことを誰かに話したのかもしれません」


「おそらくそうだ」とヴァンは言った。「あの子は口が軽いからな」


 ナオは「そうですね」と答えた。それが悪いとは思っていなかった。カインが話すことで情報が広まる。それで村に恩恵があるなら、それはそれで機能している。


「まあ、今夜は宴だ。疲れているだろうが、参加しろ」


「わかりました」


---


 夕方から宴が始まった。


 村の中庭に人が集まった。テーブルが並んで、食べ物と酒が出た。子どもが走り回っていた。ナオが王都の大会で優勝したことは、すでに広まっていた。「本当にあのナオが」という声が聞こえた。「昔から変な子だったが」という声も聞こえた。ナオは後者の方が実感に近いと思った。


 カインがすぐに馴染んだ。初めて来た村なのに、三十分後には村の若者たちと肩を並べて話していた。エラは端の方で座っていたが、村の少女たちが話しかけてきて、少しずつ会話が生まれていた。クルトは料理を確認しながら「美味いな、これ」と一人で言っていた。


 ナオは端のテーブルに座って、全体を見ていた。


 前の世界では、こういう場所が苦手だった。目的のない集まり。初対面の人間と話さなければならない状況。何かを期待されているのかどうかわからないまま、周囲に合わせる感じ。会社で働いていた頃の歓迎会や忘年会は、毎回消耗した。席を立つタイミングを常に考えていた。


 今は、違う。


 消耗していなかった。誰かと話さなければならない、という感覚がなかった。ただそこにいて、周囲の音を聞いていた。カインの笑い声が聞こえる。エラが珍しく声を立てて笑う音がした。クルトが誰かに突っ込まれて「そういう意味じゃない」と言っている。それだけのことが、音として耳に入ってきて、悪くなかった。


 何かが変わった、というより、気づかないうちに慣れていた、という感覚に近かった。こういう場所にいることへの抵抗が、前の世界にいた頃より明らかに薄かった。誰かのそばにいることが、消耗ではなく普通になっていた。いつからかはわからない。ただ、そうなっていた。


---


 日が暮れてしばらくしてから、クルトがナオの隣に来た。


「お前、なんで端に座ってるんだ」


「全体が見えるから」


「主役が端に座るなよ」


「主役というわけでもないだろ」


「村の宴の発端はお前だろうが」とクルトは言った。それからテーブルに肘をついた。「……なんか、久しぶりだな。こういう感じ」


「こういう感じ、というのは」


「王都にいるあいだ、ずっと緊張してた。試合がある、誰かが来る、次の日の準備をする。何もしていない夜がなかった。今日はそれがない」


「そうだな」


「お前は緊張してなかったのか」


 ナオは少し考えた。


「緊張はしていた。ただ、そこに気づく余裕がなかっただけかもしれない。今日ここに帰ってきて、少し緩んでいる気がする」


「俺も同じだ」とクルトは言った。「カセン村が落ち着く、というのが、なんか妙な感じだな。俺の生まれはここじゃないのに」


「人間は場所より人に馴染むんじゃないか」


「……またそういうこと、急に言う」


「違ったか」


「違ってはない。ただ急だ」とクルトは言った。それから少し黙った。「……まあ、悪くはない。ここにいるのが。そういうことだろ、お前が言ってるのは」


「そういうことだ」


「もう少しわかりやすく言え」とクルトは言ったが、声に力はなかった。


 カインがこちらに気づいて、手を振ってきた。ナオは軽く返した。


---


 夜が深くなってから、宴が落ち着いた。


 ナオは少し離れたところに移動して、夜空を見ていた。カセン村の空は星が多い。王都では建物と灯りで空が狭かった。ここでは視界が開いている。


 視界の右上を確認した。35.00%。変わっていない。


 今日は特別なことは何もなかった。南の畑が増えていた。ヴァンに話を聞いた。宴があった。それだけだった。ゲージは動かない。ただ、今夜は数字のことより別のことを考えていた。


 自分が動いたことの余波がある、というのは不思議な感覚だった。南の畑を意図したわけではなかった。魔物の巣を潰したのは、目の前に問題があったから動いただけだった。その動きが、気づかない間に何かを変えていた。


 前の世界では、そういう余波を感じたことがなかった。仕事で案件をこなして、報告書を出して、次の案件に移った。自分が動いたことの先に何があるか、確認しようとしなかったし、確認できる立場でもなかった。クライアントの先に何があるかは、自分の仕事の範囲外だった。成果物を渡せば終わりだった。その先を見ようとする気力が、終わり頃にはなくなっていた。


 今は、余波が見える。小さいが、確実にある。ヴァンが言った言葉が、今夜ずっと頭の中にあった。「お前が動いた結果だ」。特に意図しなかった動きが、誰かの土地を広げていた。それがどういう意味を持つのか、まだ全部はわからない。ただ、悪いことではなかった。


 カインの声が遠くから聞こえた。まだ誰かと話している。エラが「もう遅い」と言っている声が続いた。クルトが「うるさい」と言った。


 ナオは星を見ながら、少し笑った。暗くて、誰にも見えなかった。

次話:第20話「老いて、死んで、反省会」

この世界での最後と、ルキアとの二回目の出会いです。続きが気になった方は、ぜひブックマークや【☆☆☆☆☆】評価で応援いただけると嬉しいです!

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