第18話「試合後、ガルデンが謝りに来た」
お読みいただきありがとうございます。試合の翌日、ガルデンが部屋の前に立っていました。
翌朝、宿の扉を叩く音がした。
ナオが開けると、ガルデン・ウィラードが立っていた。昨日の試合着ではなく、普段着に近い格好だった。槍は持っていない。表情が昨日と違う。緊張している、というより、何かを言うために来た人間の顔だった。
「少し時間をもらえるか」
「どうぞ」
ガルデンが中に入った。ナオは椅子を勧めた。ガルデンは座らなかった。
少し間があった。
「試合前の言葉を撤回する」とガルデンは言った。「農民ごとき、品格が落ちた、と言った。あれは侮辱だった。撤回する」
ナオは少し考えた。
「もう忘れましたが」
「俺は忘れていない。だから言いに来た」
真剣な声だった。礼儀の話ではなく、本人の中に残っているものを処理しに来た、という感じだった。ナオはその意図を汲んで、余計なことは言わなかった。
「わかりました。受け取ります」
ガルデンが少し頭を下げた。それから、顔を上げた。
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「もう一つ、聞いてもいいか」
「どうぞ」
「お前は、なぜ魔力のない体で戦い続ける」
ナオは少し考えた。質問の角度が予想と違った。責めているわけでも、からかっているわけでもない。純粋に、理由を知りたい顔だった。
「別に、戦いたいわけじゃないです」
「では何のために」
「後ろに誰かいたら、前に出るしかない、という感じです」
ガルデンが黙った。少し間があった。
「それだけか」
「それだけです」
「……後ろに誰かいたら前に出る、か」とガルデンは繰り返した。声が低かった。「俺には、その感覚がなかった」
「騎士じゃないですか」
「騎士は後ろに国がある。王がいる。民がいる。だが俺が戦うのは、それのためじゃなかった。強くなりたかった。認められたかった。それだけだった。お前の言う『後ろに誰かいたら』という感覚は、俺の戦いの中になかった」
ナオはその言葉を聞いて、少し考えた。
「それが悪いとは思いません」
「お前は俺を倒した。倒した側が言うか」
「動機の話ですから」とナオは言った。「強くなりたい、認められたい、という動機で戦うのは正当だと思います。俺にはそれがない、というだけで」
ガルデンがまた黙った。今度は少し長い間だった。
「……お前は面白い人間だな」とガルデンは言った。「俺が思っていた農民とは違う。冒険者、ということ自体も、俺が思っていたものと違う。試合前の俺の判断は的外れだった」
「それはわかります」
「謝罪に来て、謝罪以上のことを言わせてしまったな」
「構いません」とナオは言った。「聞かれたから答えました」
ガルデンが少し間を置いた。
「一つ、確認させてくれ。お前は昨日の試合で、三度吹っ飛ばされた。それでも毎回立った。折れる気がなかったのか」
「折れる気がなかった、というより……折れる前に確認が終わった感じです」
「確認?」
「あそこで倒れたとして、後悔するかどうか。立てるなら立つ。立てなかったら諦める。そういう確認を、起き上がるたびにしていました」
ガルデンが「……それが後ろに人がいるということか」と言った。静かな声だった。
「後ろに見ている人間がいると、その確認の答えが変わります。俺一人なら倒れても誰の問題でもない。でも見ている人間がいると、もう少し確かめたくなる。なぜかはわからないが、そうなっていました」
しばらく沈黙があった。
「俺の試合には、それがなかった」とガルデンは言った。独り言のような声だった。「観客がいても、誰かのために戦っているという感覚がなかった。強くなることが目的で、強さを見せることが手段だった。昨日、お前が立ち上がるたびに、俺はそれを考えていた」
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ガルデンが帰った後、ナオはしばらく窓の外を見ていた。
脳内で声がした。
「少し変わったわね」
ルキアの声だった。静かな声だった。
「そうか」
「自覚がないの?」
「どこが変わったんだ」
「後ろに誰かいたら前に出る、という言葉。前世のあなたには、なかった感覚よ」
ナオは少し考えた。
「前の世界では、後ろに誰かいることがなかった。いたとしても、俺が前に出ることを求めていなかった。だから、そういう感覚が育たなかっただけだ」
「でも今世では育った」
「そうみたいだな」
「あなたが変えようとしたの?」
「変えようとはしていない」とナオは言った。「気づいたらそうなっていた。クルトが来て、カインが来て、エラが来て、一緒に動いていたら、そうなっていた」
「それが面白いって言ってるの」とルキアは言った。声に珍しく、何か温度があった。「あなたは変えようとしたわけじゃない。変えようとしないのに、変わってしまった。理由が人にある。それが前世のあなたには一度もなかったことよ」
「そうか」
「そうよ」とルキアは言った。「その変化が積み重なって、ゲージは動く。教えておいてあげる」
「ありがとう。素直だな、今日は」
「うるさい」
声が消えた。ナオは少し笑った。窓の外で、王都の朝の音が続いていた。
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部屋に戻ると、カインがまだ布団の中にいた。
「ガルデンが来てたのか?」
「来てた」
「謝りに来たのか?」
「そういう感じだった」
カインが「へえ」と言った。少し考える顔になった。「負けた相手に謝りに来るか。すごいな」
「お前はどう思った」
「俺? 俺はなんか、かっこいいと思った。負けたのに来るんだから。俺には、できるかな」
「できると思う」とナオは言った。
「そうか?」カインが嬉しそうな顔になった。「なんか急に言われると照れるな」
「照れるところか」
「照れるだろ普通」
クルトがどこかから「うるさい、朝から」と言った。
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エラとクルトも起きてきて、四人で宿の食堂に降りた。
朝食を食べながら、帰り道の話をした。王都を出るのは今日の昼過ぎになる。荷物をまとめて、馬車の手配をする。三日かければ村の近くまで戻れる。
「王都、もう一回来たいな」とカインが言った。「観光できなかった。市場もあるって聞いたし、武器屋も何軒かあるって」
「帰り道に少し寄れる」とナオは言った。「そんなに時間はないが」
「本当か!」とカインが言った。「エラ、寄りたいところあるか?」
「弓の素材を見たい」とエラが言った。「王都には品揃えが違う材料が来ると聞いたことがある」
「クルトは」
「……魔法の参考書が欲しい」とクルトは言った。少し間があってから付け加えた。「ここにしかない版があるはずだ。普通の書店には入らない」
「そういう情報、どこで仕入れてるんだ」とカインが聞いた。
「調べてる」とクルトは短く答えた。
ナオは四人分の注文を確認してから、朝食を食べ続けた。王都に来る前は、一人で旅をすることも、こういう形で複数人と動くことも、どちらも経験のないことだった。今は、複数人で動く方が当たり前に感じていた。その変化が不思議だった。変えようとしたわけではなかった。ただ、そうなっていた。
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午後になって、王都を出た。
出る前に市場に寄った。エラが弓の材料を丁寧に確認していた。クルトが書店で棚を一から確認していた。カインが食べ物の屋台を全部見ていた。ナオは特に何も買わなかったが、それぞれが動くのを見ていた。それだけで時間が経った。
馬車に乗り込んで、王都を後にした。城壁が遠ざかった。カインが「また来よう」と言った。誰も否定しなかった。
視界の右上を確認した。35.00%。変わっていない。今日の動きは、ゲージを動かす種類のものではなかった。ただ、ゲージが気になったのとは別のところで、今日は悪くない一日だったと思っていた。理由を言葉にするのが難しいが、悪くなかった。
次話:第19話「カセン村に帰った」
長い旅を終えて、村に帰ります。




