第17話「決勝、魔力Aランクを倒した瞬間」
お読みいただきありがとうございます。決勝の相手はガルデン・ウィラード、魔力Aランク。これまでとは次元の違う相手と向き合う試合です。
決勝当日の朝は、静かだった。
ナオは宿の窓から外を見ていた。夜明け前に目が覚めた。体が緊張しているわけではなかったが、眠れなかった。考えていた。対戦相手のガルデン・ウィラードのことを。
昨日の準決勝を控室から見た。映像ではなく、通路から一部が見えた。ガルデンは四回戦の相手を二分かからずに倒した。魔力強化を全身に施し、槍を振るう。槍そのものに魔力を込めるのではなく、体の出力を上げる型だった。体が動く速さが純粋に上がる。魔力Aランクが全身強化すると、その速さは人間の限界をはるかに超える。
魔力なしでそれに対応するのは、単純には無理だった。
では何をするか、と考えた。昨日の夜、四人で話し合ったことは役に立った。エラが「強化型は動き出しの一歩目に魔力の消費が集中する」と言った。クルトが「魔力の出力が最大になる瞬間と、抜ける瞬間がある。そこに間がある」と言った。カインが「俺はよくわからないけど、お前なら何かわかるだろ」と言った。
その「何か」が、あるかどうかはわからなかった。ただ、動いてみるしかない。
前の世界では、勝てない相手を前にしたとき、最初から諦める選択をしていた。合理的に考えて、勝ち目がないなら動かない。それが「正しい判断」だと思っていた。今は違う。勝てるかどうかより、試してみたい、という気持ちが先に来る。その変化がいつからか、まだわからない。ただ、今朝の自分は怖いより確かめたいが勝っていた。
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試合は正午だった。
会場に入ると、昨日より人が多かった。立ち見が出ていた。観客席の上の方まで人が詰まっている。決勝に魔力ゼロが残ったことで、城の中からも人が来たらしいと聞いた。
アナウンスの声が響いた。
「決勝戦。青コーナー、王国騎士団所属、魔力ランクA、昨年準優勝、ガルデン・ウィラード選手! 赤コーナー、カセン村出身、冒険者、魔力ランクなし、ナオ・カセン選手!」
青コーナーから、ガルデンが出てきた。背が高く、肩幅が広い。槍を持っている。顔が引き締まっている。昨日の試合で見た印象と変わらない。実力者の顔だ。
ガルデンがナオを見た。それから、ゆっくりと口を開いた。
「農民ごときが決勝に来るとは、この大会の品格が落ちたものだ」
声が会場に響いた。観客席がざわめいた。
ナオは答えなかった。答えようとは思わなかった。試合前の言葉は消耗だ。試合に必要なことだけを考える。
ガルデンはまだ見ていた。「言いたいことはないのか」と言った。
「試合を始めてもらえますか」とナオは言った。
審判が中央に立った。ガルデンがため息をついて構えた。ナオも構えた。
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合図と同時に、ガルデンの速度が上がった。
魔力が全身に走った瞬間、その体が変わるのがわかった。動作が鋭くなる。槍が来た。横に飛んでかわした。石の床に槍先が当たり、火花が散った。
距離を取った。足が震えていない。息を整えた。速い。今まで見た相手とは次元が違う。ただ、動き出しの一歩目に少し間がある、というクルトの言葉が頭にあった。その間を使えるかどうか、やってみるしかない。
ガルデンが再び来た。今度は速かった。かわしきれなかった。槍の腹で弾かれた。吹っ飛んだ。床を転がった。
起き上がった。
観客席から声が上がった。カインの声かもしれなかったが、確認する余裕がなかった。
三度目の攻撃が来た。今度は読もうとした。一歩目の重心を見た。右、だった。左に回り込んだ。槍が通過した。ガルデンの脇に入れた。肘を叩いた。ダメージにはならない。ただ、届いた。手に確かな感触があった。
脳裏でレオンとの稽古の映像が浮かんだ。「魔力強化がある相手は、強化が入る前と後で速さが変わる。その切れ目を探せ」と言われた。切れ目がある。それを信じて体を動かした。
「……ほう」
ガルデンが言った。声が変わった。余裕が消えた。
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それからが本番だった。
ガルデンが本気を出した。魔力の出力が上がった。動きがさらに速くなった。ナオは三回吹っ飛ばされた。床に転がるたびに起き上がった。肩が痛い。脇腹に鈍痛がある。吹っ飛ばされた回数だけ、体にダメージが蓄積していた。
「なぜ立てる」
ガルデンが言った。声に力が入っていた。疑問というより、確認のような言葉だった。
ナオは答える前に、少し考えた。
なぜ立てるか。
痛みはある。動けるかどうかは、起き上がってみるまでわからない。ただ、起き上がる前に諦める理由が見つからなかった。
視界の端を見た。観客席の一角。そこにカインが立っていた。客席で立ち上がって、叫んでいた。声は聞こえないが、口の動きでわかった。「ナオ!」と言っていた。隣にエラがいた。両手を握って、じっとこちらを見ていた。クルトが立ったまま、腕を組んで、目をそらさずに見ていた。
三人の顔が見えた。
カインは叫んでいた。笑いながら叫んでいた。いつもと同じ顔だった。廃坑でナオがオーガ種を倒したあと、足を負傷しながら笑っていたときと同じ顔だった。エラはただじっと見ていた。手を強く握っている。クルトは表情を変えず、ただこちらを見ていた。目をそらさなかった。
何か、動いた。
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前の世界では、後ろに誰かがいる、という感覚がなかった。見ていてくれる人間がいる、という感覚が、長い間なかった。自分が動いても誰かには関係なく、動かなくても誰かには関係なかった。そういう場所に、ずっといた。
今は違う。
後ろに、いる。
見ている人間が、いる。
それだけで、足が動く。倒れても起き上がれる。論理じゃない。理由を考えた結果じゃない。ただ、そうなっていた。
廃坑でオーガ種と戦ったとき、逃げられたのに逃げなかった。あのときと似た感覚だった。後ろに誰かがいるから前に出る。それがこの世界で自分に起きていることだった。
「後ろにいる奴らが見てるから」
声に出していた。答えたつもりではなかった。自分に確認した言葉だった。
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ガルデンが動いた。今大会最大の出力だった。全身の魔力が走った。槍が来た。
ナオは右に一歩だけ動いた。一歩目の重心を最後まで見ていた。右だった。槍が通過した瞬間、体ごとガルデンの懐に入った。腕を取った。体を低くして、重心を入れ替えた。そのまま引いた。
ガルデンが崩れた。
床に落ちた。
ナオは押さえた。ガルデンが動こうとした。動けなかった。数秒後、ガルデンが「降参だ」と言った。
静寂があった。
それから会場が揺れた。
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視界の右上が動いた。
【満足度ゲージ:15.00% → 35.00%】
ナオはしばらく動かなかった。三十五パーセント。二十ポイント上がった。廃坑のときは十五パーセントだった。今回は二十。合計で三十五。
なぜ今回の方が大きく動いたのか、少し考えた。廃坑では「後ろに三人がいるから逃げなかった」という実感だった。今回は「後ろに三人が見ている、だから立つ」という実感だった。受動的に守るのではなく、自分が見られていることを知って、それでも選んで動いた。その違いかもしれなかった。
脳内で声がした。
「……及第点より上ね」
ルキアの声だった。珍しく、はっきりした声だった。
「今回は何が理由だ」
「見ていてくれる人間がいる、と気づいて、それでも前に出た。前の世界では一度もなかった感覚ね。あなたが選んで動いた。義務でも命令でもなく」
「そうか」
「喜ばないの」
「喜んでいる。声に出さないだけだ」
少し間があった。「……そう」とルキアは言った。声が短かった。
声が消えた。
会場の喧騒がナオの耳に戻ってきた。カインの声が聞こえた。どこかで叫んでいる。遠くのはずなのに、声だけははっきり聞こえた。
次話:第18話「試合後、ガルデンが謝りに来た」
試合の翌日、ガルデンが部屋の前に来ます。




