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第2話「自由になったはずなのに、何もできない」

お読みいただきありがとうございます。退職後、本を読み、youtubeを見て過ごした直人。ところが半年も過ぎるとやることがなくなっていきます。

最初の数ヶ月は、それなりに過ごせていた。


 積んでいた本を読んだ。youtubeを見た。映画を見た。散歩をした。以前から気になっていた語学アプリも試した。社会人になってからずっと「時間があればやりたい」と思っていたことを、順番に試していく日々だった。次にすることが常にあったから、空白を感じる暇がなかった。


 転職活動も、ぼちぼち始めた。エージェントに登録し、いくつか面談を受けた。「なぜ退職されたんですか」という定番の質問に「モチベーションの低下です」と正直に答えると、エージェントは毎回少し困った顔をした。「もう少しポジティブな言い方にしませんか」と言われた。正直に言えないなら転職活動自体が面倒だと思い、しばらく保留にした。


 貯金は当面もつ。焦る必要はない。


 そう思っていた。


---


 半年が過ぎたあたりから、少しずつ変わり始めた。


 変わった、というより、やることが減っていった。


 本は読み終えた。映画もひと通り見た。youtubeや語学アプリも飽きた。散歩は続けていたが、どこを歩いても似たような景色になってきた。料理は毎日するほどの意欲がなく、コンビニで済ますことが増えた。


 転職活動を再開しようとして、止まった。


 どの求人票を見ても、「自分がそこで何をするか」がイメージできなかった。コンサルの求人もある、メーカーの求人もある。スキルも経験も、書類上はそれなりに揃っている。でも応募する理由が出てこなかった。「なんとなく似たような仕事を続ける」という選択肢が、どうにも空虚に感じられた。


 以前は「仕事のため」という軸があった。本を読むのも、スキルを磨くのも、情報を集めるのも、全部その軸があったから動けていた。


 軸がないと、こんなに動けないのか。


 そのことに、半年かけて気づいた。


---


 秋になった。


 退職してからどのくらい経つか数えるのをやめた。月日の感覚がぼんやりしてきた。曜日も関係ない、締め切りもない、スケジュールもない。一日が均質になると、一週間が均質になり、一ヶ月も均質になった。


 外出する頻度が減った。


 出かける理由を考えると、「目的のない外出」になる。目的がなければ動けない。コンビニへは行く。それ以外は、だいたい部屋にいた。


 飽きていたyoutube動画を見る時間が増えた。料理、旅行、ゲーム実況、ドキュメンタリー。どれも悪くなかった。ただ、見終わった後に何も残らなかった。スキルが身につくわけでも、誰かに話すわけでも、仕事に使えるわけでもない。ただ見て、終わった。


 でも見続けた。他にすることがなかったから。


---


 「何かをしようとするたびに、それをして何になるという問いが先に来る」


 あるとき、直人はそう気づいた。


 コンサルタントとして働いていたとき、この問いには常に答えがあった。「仕事のため」「案件のため」「クライアントのため」。理由があれば動ける。理由がなければ動けない。それが自分の仕様だと思っていた。


 ただ今になって考えると、会社にいたとき「目的がある」と思っていた時間の多くが、実はAIに渡せるものだった。分析も、整理も、提案書の骨格も。残った仕事——飲み会、根回し、感情的なケア——は昔から苦手で、やる気が起きなかった。そこに意味を感じられなかった。


 だから辞めた。それは正しい判断だったと今でも思う。


 ただ、辞めた後に残ったのが「何もない」だとは、思っていなかった。


 AIにできないことをやりたくなかった。AIにできることに意味を感じなくなった。


 その両方がそろった先にあるのは、何もできないということだ。


 頭でわかっても、動けなかった。


---


 いつの間にか、一日一食になっていた。


 食欲がないわけではなかったが、食べるために動く気力が出てこなかった。動くためには理由が必要で、「腹が減った」だけでは弱かった。コンビニへ行くのも億劫になり、買い置きのカップ麺で済ます日が続いた。カップ麺もなくなると、何も食べない日があった。


 身体が重くなってきた。


 頭は動いていた。ぼんやりとだが、考え続けていた。でも身体がついてこなかった。ソファに座ったまま、立ち上がるタイミングを逃し続けた。


 これはまずいと思った。まずいとわかっていた。ただ、「まずいから動く」という回路がうまく働かなかった。動くためには「何をするか」が要る。「まずい状況を改善する」というのは目的として弱かった。


 ある日の昼過ぎ、直人はソファから落ちた。


 落ちた、というより、ずり落ちた。踏ん張る力が入らなかった。床に横になったまま、天井を見た。窓の外で日が傾いていくのを、そのまま眺めた。


 起き上がろうとした。起き上がれなかった。起き上がれないというより、起き上がる理由が出てこなかった。のどが渇いていた。水を飲みに行けばいい。でも立てなかった。


 意識がある。ただ、遠くなっていく感じがした。


 死にたいわけではなかった。ただ動く理由がなかった。そういうことだ。そういうことが、こんなに重いとは思っていなかった。


 視界がぼやけ始めた。


 最後に浮かんだのは、特に何でもなかった。


 意識が、消えた。

次話:第3話「真っ白な空間と、うるさい女神」

目が覚めたら白い空間でした。そこには「うるさい」女神がいます。続きが気になった方は、ぜひブックマークや【☆☆☆☆☆】評価で応援いただけると嬉しいです!

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精神異常者
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