第15話「王都の武闘大会に出ることになった」
お読みいただきありがとうございます。レスが特例推薦枠を使ってナオを王都の武闘大会へ送り込みます。参加者はA〜Cランクの魔力持ちばかりです。
レスに呼ばれたのは、依頼が一段落した週の終わりだった。
「王都で武闘大会がある」
ナオは話を聞きながら、何となく嫌な予感がした。
「年に一度、王都で開かれる。アーデル王国公認の武闘大会だ。騎士団や貴族の子弟が多く参加する。魔力の高さを競う場でもある。観客も多い」
「はい」
「お前を出す」
やはりそうか、と思った。
「魔力ゼロが武闘大会に出るのは」
「前例がないな」とレスは言った。あっさりした言い方だった。
「なぜ出すんですか」
「面白いからだ」
また面白いだった。ナオはこの男が「面白い」という言葉を使うとき、大体ろくでもないことを考えているのを学んでいた。
「参加者は魔力持ちが揃っています。俺では勝ち目が」
「それを見たい」
「俺が負けるのを?」
「お前がどこまでやれるかを、だ」とレスは言った。少し間があった。「それとも、本当に負けると思っているのか」
ナオは少し考えた。
参加者の構成がわからないうちは答えが出ない。相手を見ていない段階で「勝てる」も「負ける」も言う気になれなかった。
「参加者のリストはありますか」
レスが一枚の紙を出した。ナオは受け取って、黙って読んだ。
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参加者は三十二名。その中で優勝候補として名前が挙がっているのは三人だった。
一人目、ガルデン・ウィラード。王国騎士団の現役騎士で二十四歳。魔力ランクA。昨年の大会準優勝。槍の使い手で魔力強化を全身に施す接近戦が主体。
二人目、セリア・ナルブ。東部貴族の娘で二十歳。魔力ランクA。魔法戦士の訓練を積んでおり、攻撃魔法と剣術を組み合わせた戦闘スタイル。前評判では今年の最有力候補。
三人目、マルク・ドゥロ。中部の騎士家出身、二十二歳。魔力ランクA。防御魔力を特化させた耐久型で、相手を疲弊させてから仕留めるのが得意。
その他に目を引いた名前がいくつかあった。十代の若手が複数いる。魔力ランクBが大半で、Cランクも数人いる。実力の幅は広そうだった。一回戦から四回戦の試合がどう組まれるかによって、誰と当たるかが変わる。組み合わせはまだ発表されていない。
そしてリストの最後の方に、ナオの名前があった。
「ナオ・カセン。魔力ゼロ。カセン村出身、冒険者。特例推薦枠」
特例推薦枠、という欄が設けられていた。領主クラスが特別に推薦した参加者に適用される枠らしかった。備考欄に小さく「観客向けエントリー」と書かれていた。要するに、見せ物として機能することを期待されている枠だった。
「これを使ったのは」
「俺だ」とレスが言った。「特例推薦枠の行使は一年に一回だけだ。使った」
ナオは少し黙った。
「……一回しか使えないのに、俺に使ったんですか」
「だから面白いだろう」
ナオは答えなかった。答える言葉が見つからなかった。
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パーティーに話したのは、その日の夜だった。
カインが「武闘大会!?」と言った。テーブルを両手で叩きそうな勢いだった。
「すごいじゃないか! 王都の大会だろ? 俺、見に行くからな。絶対行く」
「観戦なら止めないが」
「止めるわけないだろ。お前が出るんだから!」とカインが言った。それから少し考えた顔になった。「……でも、魔力Aランク相手に魔力ゼロは、普通に考えたら厳しくないか?」
「そうだな」とナオは答えた。
「お前が「そうだな」と言うときは、なんか考えがあるときだよな」
「参加者リストを見てから考える」と言った。リストはもう読んでいたが、答えを出すのは早すぎた。
クルトが腕を組んで黙っていた。しばらくしてから「なんでレス様はそういうことをするんだ」と言った。
「本人いわく、面白いからだそうだ」
「……その人、ちょっとどうかしてないか?」
「レスさんなりに何か考えがあると思う」とエラが言った。珍しく自分から話した。「理由もなく動く人じゃない。今まで見ていて、そう思ってる」
クルトが「お前もそう思うか」と言った。エラが短く頷いた。ナオはそのやり取りを聞いていた。
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大会は王都で行われる。出発は十日後だった。パーティー全員で行くことになった。依頼は一時中断する。カインが「王都に行けるのか!」と無関係なところで喜んでいた。エラが「浮かれすぎないように」と言った。カインが「わかってるって」と言いながら全然わかっていない顔をしていた。
その間、ナオはいくつかのことを確認した。
武闘大会のルールは、相手が降参するか、場外に出るか、動けなくなるか、審判が止めるかで勝敗が決まる。魔法の使用は自由。武器の使用は制限あり——素手と短剣以内の刃物に限られる。つまり、剣を持ち込むことはできない。これはナオにとって条件が変わらなかった。短剣は今の主武装だ。
参加者は全員が何らかの魔力を持っている。魔力ゼロは名簿の中でナオだけだった。
ギルドでは早速、大会の結果を予想する賭けが始まっていた。参加者に対して賭け率が設定されている。ウィラードが一・五倍、ナルブが一・三倍、ドゥロが二・二倍。そして最後の方に、ナオの名前もあった。
「四十三倍か」とクルトが言った。賭け率の紙を見て、呆れた顔だった。「珍品扱いだな」
「まあ」
「怒らないのか」
「怒る理由がわからない。こちらの実績からすれば妥当な数字だ」
クルトが「……お前は本当にそういうところが独特だな」と言った。
「そうか」
「そうだよ。普通は腹が立つ」
ナオは少し考えた。腹が立つかどうかより、どうすれば四十三倍の評価が動くかの方が気になっていた。動かせれば、何かが変わる。動かせなければ、評価は正しかったということだ。どちらになるかは戦ってみるまでわからない。
レスが特例推薦枠を使った意図も、たぶんそこにある。ナオが何もできずに初戦で退場するのか、あるいは何かが起きるのかを見たい。そういう「確認」のために動く人間だ、とレスを見ていて感じていた。面白い、という言葉には、単純な期待と、実験的な観察が両方含まれているのだろう。
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出発の前夜、ナオはひとり宿の窓から外を見ていた。
脳内に声がした。
「やる気、ある?」
ルキアの声だった。珍しく、からかうような調子だった。
「……まあな」
「珍しい。素直じゃないか」
「別に素直じゃない。ただ、どこまでやれるか、という問いには答えを出したい」
「負けたら?」
「また次を考える」
「勝てると思ってる?」
ナオは少し考えた。
「相手を見ていない段階では何も言えない。ただ、戦えると思っている」
「違いは?」
「勝てるかどうかは結果の話だ。戦えるかどうかは自分の中の話だ。今の俺には戦う理由がある。それで十分だ」
少し間があった。
「……相変わらずね、お前は」とルキアが言った。呆れているような、面白がっているような声だった。「ゲージは変わらないわよ。勝っても負けても、それだけで動くわけじゃない。あなたが何を感じるかが問題」
「わかってる」
「本当に?」
「わかってる」
声が消えた。
ナオは窓の外を見た。遠くに王都の灯りがぼんやり見えた。明日にはそこに着く。
強い相手と戦うことへの恐れはある。ただ、恐れより先に「確かめたい」という気持ちがあった。自分がどこまでやれるか。魔力ゼロという前提で、どこまで動けるか。前の世界では、自分を試す機会がほとんどなかった。試そうとしなかった、とも言える。いつも手前で止まっていた。
今は違う。
手が止まっていない。先に体が動いている。なぜかはわからないが、そうなっていた。
武闘大会という場に、特例枠という形で放り込まれることになった。誰かが笑うかもしれないし、最初の相手に瞬殺されるかもしれない。それはわからない。ただ、断る気にもなれなかった。前の世界では、こういう話が来たとして、断っていただろうか。おそらく断った。ロジカルに考えて、勝ち目がないなら参加しない。その判断が自分の中では「合理的」だった。
今は、合理的かどうかより先に「確かめたい」が来る。それがいつからそうなったのか、はっきりとはわからない。ただ、そうなっていた。
王都の灯りが、遠くでまだ光っていた。
次話:第16話「一回戦、魔力Bランク騎士を三秒で倒した」
大会一回戦が始まります。相手は魔力Bランクの騎士です。




