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第14話「クルトが本音を言った」

お読みいただきありがとうございます。クルトが珍しく本音を話した夜の話です。

依頼が続いていた。


 廃坑の翌週から、一週間に二件か三件のペースで仕事が来るようになった。村周辺の魔物除けから、街道沿いの荷物護衛、廃屋の調査まで。難易度はまちまちだったが、四人の動き方が少しずつ合ってきていた。


 カインは前に出る。エラは後方から矢を撃つ。クルトは魔力の使いどころを見極めながら中間で動く。ナオは全体の状況を見ながら動く。それぞれが自然とその位置を取るようになっていた。誰かに指示したわけではなかった。気づいたらそうなっていた。


 ある夜、依頼をこなした帰り道、四人で街道沿いの宿に泊まった。


 カインは部屋に入った瞬間に眠った。荷物を床に置いて、ベッドに倒れ込んで、数秒後には寝息が聞こえた。「元気があるのか無頓着なのか」とクルトが言った。「両方だろう」とナオが答えた。エラも早かった。ベッドに横になって数分後には静かになっていた。起きているときより表情が穏やかな顔だった。


 ナオはしばらく天井を見ていた。宿の天井は板張りで、節目がある。カセン村の家の天井に似ていた。この世界に来た最初の記憶が蘇った。赤ん坊の目で見た、あの天井。十年以上前のことだが、鮮明に覚えている。記憶だけは持ち越せる、というルキアの言葉通りだった。


 窓の外から虫の声がしている。風が木の葉を揺らしている音が、低く続いている。前の世界では、夜にこういう音を意識することがほとんどなかった。都市のアパートの夜は、空調の音と遠くの車の音が常にあった。静かに見えても、人工的な何かが鳴っていた。今は違う。生きているものの音だけがある。それに気づいたのも、この世界に来てからだった。


 クルトはまだ起きていた。


---


「なあ、ナオ」


 暗い部屋で、クルトが言った。声が静かだった。昼間の声と少し違う。


「何だ」


「お前……怖くないのか」


「何が」


「魔力がないくせに前に出ることが」


 ナオは少し考えた。


「怖いよ」


「え」


「怖い。毎回、相手の動きが読めなかったらどうしようとは思う。廃坑のときも、あのオーガ種が来たとき、一瞬どうしようか迷った」


 クルトが黙った。少し間があった。


「そうなのか。全然わからなかった」


「お前に見せる必要がないから見せていない。顔に出てたら余計なことを考えるようになる。だから出さないようにしている。怖さは別のところに置いておく感じだ。うまく言えないが」


「……なんか、それって逆につらくないか」


「つらいかどうか考えたことがなかった」とナオは言った。「そういうもんだと思ってたから」


 クルトが「そうか」と言った。


---


「それ、前世でもそうだったか?」


 クルトがぽつりと言った。


「前世?」


「あ——いや、独り言だ。忘れろ」


 ナオは少し固まった。前世、という言葉をクルトが使った。この世界では一般的な言葉ではない。


「……前世、というのは」


「何でもない。俺の言い間違えだ」


「言い間違えには聞こえなかったが」


「聞こえなかったことにしてくれ」


 ナオはしばらくクルトを見た。暗くて表情が見えない。ただ、声が少し緊張している。


 追わなかった。今は追う必要がない、と判断した。クルトが自分から言わない理由が何かあるなら、待てばいい。それが友人というものかどうか判断はできないが、少なくとも今は引き出す場面ではなかった。前の世界で人間関係が薄かった理由の一つは、こういう間を持てなかったことかもしれない、とナオはぼんやり思った。踏み込むか引くか、そのタイミングがわからなかった。今は、わかる気がする。少しだけ。


「わかった」


 少し間があった。


---


「俺、ずっとお前のことが羨ましかった」


 クルトが言った。声が静かだった。


「魔力もないのに?」


「魔力がある俺が、魔力ゼロのお前を羨ましいって、変な話だよな。自分でもわかってる」


「どこが羨ましいんだ」


「お前は迷わないだろ」


 ナオはすぐには答えなかった。


「迷ってるよ」と言った。「ただ、迷ってても動く。そこが違うだけかもしれない」


「それが羨ましいんだよ」とクルトは言った。声に力が入った。「俺は迷ったら止まる。動く理由が見つからないと、動けない。ナオは違う。見てたらわかる。理由が揃う前に体が動いてる。廃坑のときもそうだった。俺が状況の把握に手間取ってる間に、お前はもう動いてた。あのオーガ種と向き合ったとき、俺は一瞬「もう無理かもしれない」と思った。なのにお前は動いた」


 ナオは少し考えた。


「前はそうじゃなかった」


「え」


「昔は俺も動けなかった。動く理由が見つからなくて、ずっと止まってた。何かをしようとするたびに、これをして何になる、という問いが来て、答えが出ないと動けなかった。それで何もなくなった」


 クルトが黙った。


「だから今は動くようにしてる、というより……動かないと後悔する、というのが体で分かったから、自然と動いてるだけかもしれない。大したことじゃない」


「昔って、いつの話だ」


「……遠い昔だ」


 クルトが「そうか」と言った。それ以上は聞かなかった。


---


 しばらく沈黙があった。暗い部屋で、カインの寝息が聞こえる。遠くで虫の声がする。


「お前、なんでパーティーに残ってるんだ」とナオは聞いた。「渋々だって言ってたじゃないか」


「……最初はそうだった」とクルトは言った。「レス様に声かけられて、断れなかっただけだ」


「今は」


 クルトが少し間を置いた。


「今は……お前らが何かやらかしそうで、目が離せないだけだ。カインは突っ込みすぎるし、エラは一人で完結しようとするし、お前は自分の体のことを後回しにしすぎる。誰かが見ていないとまずい。だから、いる。それだけだ」


「それは渋々とは別の話だな」


「うるさい」とクルトは言った。


 ナオは少し笑った。暗くてクルトには見えなかっただろう。


「明日も早いから寝ろ」とナオは言った。


「言われなくてもそうする」


 クルトが寝返りを打った。しばらくして、呼吸が深くなった。


 ナオは天井を見た。視界の右上を確認した。15.00%。変わっていない。


 ただ今夜は、ゲージがどうこうより、別のことを考えていた。


 前の世界で、こういう会話をしたことがあったか。目的のない夜の会話。寝るまでのおしゃべり。意味のない確認。


 ない、とすぐに思った。川田とは飲みに行ったことがあったが、話す内容は仕事の話か当たり障りのない雑談だった。退職後は誰とも話さなかった。最後の数ヶ月は、声を出す機会が一日に数回もなかった。静かだった。静かなのが当たり前になっていた。


 今は毎日誰かと話している。カインがうるさいくらい話しかけてくる。エラが時々ぽつりと言う。クルトが突っ込んでくる。ナオが短く答える。そのやり取りが一日の中に何度もある。


 それが当たり前になっていた。


 いつからそうなったのか、正確にはわからなかった。ただ、そうなっていた。変えようとしたわけではなかったのに、変わっていた。


 15.00%。天井を見ながら、ナオはその数字を思った。この数字はカインの笑顔で動いた。人間の笑顔が引き金になった。前の世界では、そういう場面が一度もなかった。


 この世界には、あった。


 目を閉じた。今夜クルトと話した内容を、もう一度たどった。怖いか、という問いに、怖い、と正直に答えた。その言葉を誰かに言ったのが、いつぶりだったか。前の世界では一度もなかった。言える場所がなかった、というより、言葉にする前に自分の中で処理して終わらせていた。怖い、という感情を誰かに預けることを、想定していなかった。


 クルトは笑わなかった。「そうなのか」と言っただけだった。それだけでよかった。


 羨ましかった、という言葉も残っていた。クルトが自分を羨ましいと思っていたことは、知らなかった。人から羨ましいと思われることを、前の世界ではほとんど意識したことがなかった。自分を「見られている人間」と認識できていなかったのかもしれない。何かを持っているとか、誰かにとって意味のある存在だとか、そういう感覚が薄かった。


 それが、今は違う気がした。


 理由は言葉にならない。ただ、何かが確実に変わっていた。変えようとしたわけではないのに、変わっていた。それがどういうことなのか、まだわからない。ただ、悪いことではなかった。

次話:第15話「王都の武闘大会に出ることになった」

特例推薦枠で、ナオが王都の武闘大会へ出場します。A〜Cランクの魔力持ちが揃う大会です。続きが気になった方は、ぜひブックマークや【☆☆☆☆☆】評価で応援いただけると嬉しいです!

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