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第44話

「デートに行きましょう、旦那様」


 土曜日の朝。

 彼女がいれてくれたコーヒーを飲みながら存分に欠伸を楽しんでいると、そんなお誘いが耳に入ってくる。


 休日の社畜なんて、酸素を二酸化炭素に変えるだけの逆植物みたいなものだ。


「突然だな」


「恋はいつだって唐突なのよ」


「それっぽいこと言って誤魔化そうとしてないか?」


 なんだ「恋は唐突」って。流行りの歌詞か何かか?

 というかこれは恋じゃないだろ……だめだ、これ以上考えると沼に沈んでいきそうだ。


「えへ、バレたか」


「……それで、どこに行きたいとかあるのか?」


 テーブルの向かいに座ると、鳴宮は身を乗り出してスマホをこちらに向けた。

 画面に映っていたのは色とりどりに書かれた「フードフェス」の文字。


「どう?涼しくなったしお外とか行きたいんだけど〜」


 いいじゃないか、フードフェス。世界各国の料理とか有名店のメニューとか来るやつだろ。

 休日の昼ごはんにぴったりだ。


 それに酸素を二酸化炭素に変えるだけじゃないところを見せないとな。


「よし、行くか」


 返事にかかった時間はほんの数秒。

 鳴宮は目を大きく開いた。


「そうやってノリのいいところ、私は嫌いじゃないわよ」


 嫌いじゃないと好きの違いを見分けるのは案外難しい。


「なんてったって元企画課だからな」


 だからこちらも言葉を濁すのだ。


 あの部署にいれば現場合わせ……というかその場で対応みたいなことが多いから、思いつきで行動するのに否もなくなる。


「元、ねぇ……現でしょ」


 小さく呟かれた言葉は、リビングを漂って換気扇に吸い込まれた。


◆ ◇ ◆ ◇


「おい、どうしてこんなくっつく必要があるんだ」


 もはや歩きづらいくらいに近付いて腕を組んでいる鳴宮。もはや二人三脚だろこれ。

 彼女が軽く振った香水が自分にも移りそうだ、いろいろ柔らかい部分が当たってるし……。


「会社ではいちゃいちゃできないでしょう?」


 当たり前だ。考えてもみろ、成人して社会人経験も数年の男女が、公共の場である会社でいちゃつきだしたら……共感性羞恥で肌がゾワゾワしてしまう。


「その分を外で発散する意味がわからないんだよ、せめて家で」


「え!家ならいちゃいちゃウェルカムってこと!?ちょっと早く言ってよ〜〜!フードフェスなんて行くのやめて帰る?ずっとソファで過ごしましょ」


 降り注ぐ鳴宮の早口。

 だめだ、今日はアホの子の日だ。


 しかも家を出てまだ数十秒だよな、会話の密度がすごいって。

 あと、せめて家でとは言ったものの家でOKかは議論の余地がある。……まぁ絶対だめかと言われれば、そんなこともないというか……。


「冗談冗談!せっかく愛しの旦那がデートに乗り気なんだから、この機会を逃す手はないわ」


 茶化すように腕をぽんぽんと叩いて、鳴宮は嬉しそうに笑った。


 マンションのエントランスを出て駐車場へ。


「いいの?ほんとに電車じゃなくて車で行って。お酒飲めないわよ」


 そう、今日は車移動の予定だ。

 フードフェスの会場へは電車で行けなくもないが、体力とアルコールを天秤にかけた結果、運転に傾いたのだ。

 どうせ酒を飲んだら電車で帰るのもしんどいしな。


「いいんだよ、たまには」


「……ほんとにお酒飲みたくなったら飲んでいいからね、帰り私運転するし」


「はいはいありがとな、大丈夫だよ」


 せっかくだから妻を隣に乗せてドライブでも楽しみたい、なんて本人に言ったら調子に乗るから口には出せないが。


 車に近づくと解かれる腕。

 やけに寂しく感じるのは、きっと寒くなりつつある季節のせいだ。


 両側のドアを同時に開けて、中で合流。


「部屋を出た時からずっとくっついてたから、離れると寂しいわね」


 真面目な顔でそんなことを口走る鳴宮。

 意図せず自分が思っていたことをそのまま言い当てられて、内心焦る。


「それならずっとくっついてないといけなくなるな」


「今からでも遅くないわ、そうしましょ?会社なんてやめて二人でずっと過ごすの」


 ふふふふふと不気味な声を上げながら彼女は笑う。

 心なしか、目のハイライトが消えている気が……。


「ちょっと怖いって」


「うそうそ!何もせずに二人でいるより、しんどくても一緒に働いてる方が私は好きよ」


 表情を和らげて、鳴宮はシートベルトに手を伸ばす。


「お金があるなら今すぐにでも仕事辞めるけどな」


「ま、それは世の社会人の悲願よね〜」


 ままならないわ〜と軽く口ずさむ鳴宮の声を聞きながら、車のエンジンをかける。

 ずぅんと響く低音、この「今から出かけるぞ」という感覚が好きだ。


「運転する時のあなた、楽しそうよね」


「え、顔に出てるか?」


「んーん、なんとなく雰囲気が……ふわふわしてるというか」


 気をつけよう。

 この歳になると、純粋に楽しんでるところを他人に見られるのが恥ずかしいのだ。


 頬の筋肉に意識を集中してなんとか真顔を作っていると、隣からパシャリと音が聞こえる。


「ん?」


 振り向けば、カメラを構えた鳴宮。

 疑問よりも先に「何しても様になるなぁ」なんて感想が頭を通り過ぎていく。俺も末期だな。


「カメラ持ってきたの!いつか将来、こんなことあったねって笑いたいから!」


 どうやらこの関係が未来まで続くことは、彼女の中で既定路線。

 言葉だけ見ればそれだけ。たったそれだけのことが嬉しくて、引き締めたはずの表情が少し緩んだ気がした。

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