第37話
「じゃ、出発出発〜!」
ガコン、と前の席からテーブルを倒して、彼女はレジ袋をガサガサと置いていく。
中から出てきたのはお茶と大量のお菓子。チョコにポテチに細長くてジャガジャガリコリコしているアレだったり。
「待て待て待て待て」
「待てない!だってもう新幹線動いてるわよ?」
駅のホームをとんでもないスピードで通り過ぎていくのが小さな窓から見える。
いや、そうじゃなくて。
「新幹線に止まって欲しいわけじゃなくてだな」
短く息を吐く。
たまにアホの子になるのはなんなんだ。
「ほら、そんな難しそうな顔してないでこれでもどう?」
何を言おうかと迷っている俺の口目掛けて、鳴宮は細長いものをねじ込んだ。
座ってからお菓子を開けるまでほんの数秒。
だめだ、テンションの上がったうちの妻は止められない。
「む……」
しょっぱい塩気にザクッとした感触。
「ほら、美味しいでしょ?」
そう言ってカップからもう一本取り出すと、彼女もザクザクポリポリと食べ進める。
「久しぶりに食べた気がするな」
「なかなか家ではお菓子とか食べないもんね」
なにせ鳴宮の作るご飯が美味しくて。
あ、これはいつも言ってるし恥ずかしくないか。
「毎日美味しいご飯が食べられるからな、ちょっと太ってきたかも」
「んふ、ありがと。あなたのも美味しいわ」
照れくさくなって口を噤む。
なんだこの新婚みたいな会話は……あ、新婚なのか。
「それでね、不健康よりは太っててくれた方が嬉しいわ、妻として」
妻として。
綺麗な形のあごに指を添える鳴宮。
新幹線、美人な同期(妻)が隣にいる事実を再認識して、頭がこんがらがる。
「じゃあ職場の同期としては?」
「不健康よりは太っててくれた方が嬉しいわ」
「同じじゃねぇか!」
「ふふっ」
まったく、緊張感がない。
今日は先方と企画の打ち合わせだと言うのに。
久しぶりに外部の人と仕事の話をするからと、気合入ってる俺が馬鹿みたいじゃないか。
しかし完全にスルーしてしまっていたが、小さいテーブルに並べられた彼女の戦利品へ目を向ける。
「鳴宮、いや、ないと思うんだけど……」
「なぁに?旦那様。そんな改まって」
「お前これ仕事じゃなくて旅行か何かだと思ってないか」
彼女はまんまるな目を大きくすると、ぽかんと口を開けた。
「違うの…………!?」
「違うだろ!どうして仕事の荷物よりお菓子の方が多いんだよ!」
鳴宮の視線が手元と鞄を往復する。
「き……きききき気のせいよ」
いそいそとお菓子を鞄にしまっていく鳴宮。
いやもう遅いからな?お徳用サイズのポテチ見ちゃったから。
「二人で食べたとしても新幹線の中だと全部はなくならないだろ」
「だってだって〜!結婚してから遠出するのはじめてじゃない?」
それはそうだけれども。まぁ新婚旅行どころかプロポーズもしていないから、負い目を感じないわけじゃないけれども。
「でも仕事じゃん」
「打ち合わせなんてどうせすぐ終わるわ。本命はその前後よ」
「すごい自信だな」
「だってこの私とあなたが準備したのよ〜〜」
話している間にもお菓子は彼女の口に吸い込まれていく。
前世は無限の胃袋を持つピンクのもちもちだったりするか?
「取引先にどデカいポテチ持っていくつもりか……?」
「あのね藍野くん、バレなかったら無いのと同じなのよ」
キリッと視線を鋭くして語る鳴宮。
プレゼンする時みたいな声出すなよ。思わず納得してしまいそうになるだろ。
◆ ◇ ◆ ◇
すーすーむにゃむにゃと寝息を立てている鳴宮を見る。
お菓子を食べた後、彼女は打ち合わせ資料を確認し始めたが、すぐに寝てしまったのだ。
今だって赤や青の文字がたくさん書き込まれた資料が、テーブルの上で彼女の帰りを待っている。
窓の外は都会から穏やかな景色へ変わり、やがて再びビル群が見えてくる。
ポーンッと車内アナウンスを知らせる音。
結局ずっと爆睡だったな……。ここで寝たせいで夜寝れないとかいう、子どもみたいなことにならなければいいが。
「そろそろ着くぞ、鳴宮」
寝ている彼女に声をかける。
「もう朝?藍野くん……私のおっきなおっきなポテチの城はどこに……」
どんな夢見てんだ。
ポテチでできた城なんて雨が降ったら一発陥落だろ。
「そんな健康に悪そうな城なんて明け渡しちまえ」
「えへへ……毎日ちょっとずつ食べていくんだ」
あ、住むんじゃなくて食の対象ってこと?やっぱり吸い込んだ相手の能力をコピーするタイプのピンクのもちもちが前世なんじゃないか?
今だ半目の鳴宮。
しかたない、手持ち資料諸々は俺の鞄に入れておくか。
「旦那様〜〜おはようのちゅーしよ?」
隣から腕が伸びてくる。
「いつもしてるみたいに言うなよ」
「ノリでいけると思ったのに……」
「俺のことなんだと思ってんだ」
「うだうだ言いながらも結局は私のお願いを全部聞いてくれるできた夫よ」
そう言い放つと彼女は身体を起こす。
俺たちを遠くまで運んでくれた鉄の箱も、速度を緩める。
ホームに降り立つと、気のせいかもしれないがどこか自分の住む街とは異なる香り。
遠くまで来たという実感が湧いてくる。
「よ〜〜し!一発デカイ花火でも咲かせてやりますか!」
腕をぐるぐる回す鳴宮。
そのままスタスタと歩いていく。
「……鳴宮、実は結構テンション高いだろ」
今にもスキップしそうな彼女の後を追う。
「それはあなたもでしょ、実は」
長年の付き合いというのは怖いもので、顔には出さないようにしていても見透かされてしまうのだ。
「じゃ、結婚してからの初陣と行きましょうか」
少しの緊張すらも心地よい。
あれ、彼女が言うように俺って実は企画課向いてるんじゃないか。
なんて一人頭の中で妙な納得感を噛み締めていると、鳴宮は俺へと拳を差し出した。
いつものように、前にプレゼンで緊張していた俺を励ますときのように。
だから返すのだ、いつものように。
俺は軽く握った拳を彼女の小さな拳に打ち付けた。




