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第33話

「それでさ、藍野と話したいって言ってた子を連れてきたわけよ」


 ズレた眼鏡を持ち上げながら、花巻は後ろを向く。


「ちょっと!何いつまでもモジモジしてんの!飲み会よ?」


「だ、だって……自分から話すの勇気がいるというか、仕事以外で何話せばいいか……」


「あぁもうせっかくここまで来たんだから!」


 引っ張られてきたのは大人しそうな後輩さん。

 多分見たことある、よな……?どこでだっけ。


「あ、あの!以前お仕事でたしゅけていただいて……あぅ」


「ごめんね〜藍野、この子昔からこんな感じで」


「いやいや、確か前にも会ったことあるよね?」


 未だ減らないビールに口をつけて、彼女の顔を見る。


「覚えていただいて光栄です!あのあの、ありがとうございました!どうしてもあの時のお礼を言いたくて……」


 あー、なんか異動したての営業課かどこかのやつに絡まれてたの仲裁したんだっけ。鳴宮と結婚するより前の話だったな。

 思えば異性に絡みに行くやつ営業ばかりじゃねぇか。


 まぁ一番人数が多い課だからだと信じたい。いい人もいるんだ、本当に。

 善良な営業マンたちに心の中で手を合わせる。


「わざわざそれ言うためにここに?」


 律儀なことで。


「はい!あと、ちょっとでも仲良くなれたら……なんて」


 緊張が解れてきたのか、そこからは話に花が咲く。

 人事課で出回ってる噂とか、今度の人事異動とか。仕事の話から始まり、映画が好きとか普段は飲み会に来ないけど、今日は珍しく参加してみたこととかプライベートの話まで。


 あ、そうだ、今度鳴宮と映画観よう。

 心の中の妻が親指を立てた気がした。


 気づけばジョッキも五杯目。表情の筋肉が緩んできた頃。


「また、絶対また飲みに行きましょうね!藍野さん!今度はえーっと、二人、でも……」


 身を乗り出してこちらに顔を近づける後輩さん。

 視界の端で花巻が「あちゃー」と額に手を当てている。


 どうしたどうした……。


 戸惑っていると、後ろからどす黒い視線が背中に突き刺さった。


 勘違いであってくれと願いながら振り返ると、遠くの方で鳴宮がこちらを見ていた。


 いや、あれは視界に入ってるなんて生易しいものじゃない。どう考えても視線で俺の心臓を貫きに来てる。


 そのまま鳴宮はどこからかマイクを取り出すと、仁王立ちで口を近づけた。


「あーっ、あー!マイクテストマイクテスト!」


 ひぇ、完全に声が怒気に支配されてるじゃねぇか。

 長い付き合いの俺たちならわかる。


「あ、藍野!あとは任せた!すまん!今日はひなちゃん幹事側で隙だらけだと思ってたのに……あの子藍野のこと好きすぎでしょ……」


 訳のわからないことを口走りながら、グラスと後輩さんを掴んでスタコラと人事課に逃げていく花巻。

 残されたのは冷めたフライドポテトにビールのジョッキ。


 しなしなになったそれを口に放り込む。

 そんな慌てて逃げなくても……。


「それでは今からビンゴ大会を始めようと思いま〜す!」


 鳴宮の司会は続く。飲み会も後半戦、盛り上げるための企画が用意されているらしい。


 ……企画課の割に落ち着いたイベントだな。

 もっととんでもないことやると思ってたが。


「え〜〜ビンゴの景品はただいま全社チャットでお送りしました、ご確認のほど……」


 言い終わらないうちに各所で歓声が上がる。

 異様な空気に、俺もスマホで慌てて社内チャットを開く。


 高級ホテルレストランの招待券、電子レンジ、最新ゲームハード、ここまではわかる。

 海外旅行に最新型乾燥機付き洗濯機、あとなんだこの「次回賞与1.2倍」って……。化け物みたいなスケールの景品に目が眩む。


 企画課の割に落ち着いているなんて思っていたのが間違いでした。

 というか次回賞与にまでどうやって手を入れるんだよ……ここに並べられている以上嘘ではないだろうが。


「今回のビンゴは、社長始め役員の皆様にご協力いただいております」


 誰もが頭に浮かべた疑問に、彼女はすらすらと答えていく。

 鳴宮が話す度に巻き起こる歓声と拍手。これもうちょっとしたライブ会場だろ。


 テーブルに視線を移せば、いつの間にかビンゴのカードが配られていた。

 ただ単に数字が並んでいるだけなのにワクワクするって凄いよな。


 真ん中に指を通して準備する。

 こんなの当たれば儲けもの、当たらなくても雰囲気を楽しむものなのだ。


「ビンゴが当たった方は手を挙げてください!前で抽選して景品を決定します……それでは最初の番号は〜!」


 巨大なスクリーンに映された数字がひとつ、またひとつと増えていく。


 ふとポケットの中が震えた。

 恐らくプライベートのチャットだろうが、誰だ。


『さて、被告藍野くん』


 前の方ではランダムで出た番号を読み上げる鳴宮。あれ、今まさにマイクを持ってるのに……。

 誰が被告だ。何の罪も犯していないのに……無罪を主張する。


 あ、今目が合ったな……あいつどうやってチャット打ってるんだ。


『ほら、目が合ったんだからチャット返しなさいよ』


『どうやって打ってんだよ』


『気合いよ気合、かわいい後輩にデレデレしてた藍野くん』


 言葉に棘しかないな。

 別に飲み会だから誰とでも話すだろ。


『言いがかりはやめてくれ』


『言い訳なら後で聞くわ、だから』


 間違いなく鳴宮は今、こっちを向いて片目を閉じた。

 それは夫婦の仲睦まじい営みではなく、必ず獲物を狩るという捕食者の所作だった。


『飲み会終わったら一緒に帰るわよ』

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