第32話
「乾杯!!!!!」
響き渡るジョッキの音。
「やっぱり一杯目はビールに限る」の言説通り、新入社員も中堅社員も、役員だって黄金色の液体を迸らせている。
そこにこだわる理由もないが、なんとなく乾いた喉に通る最初の液体は、ビールがいいのだ。
お偉いさんの鶴の一声で始まった宴会は、揚げ物のオンパレードだ。
コース決めたやつでてこい。鳴宮か?
ここにいる人間の半分くらいは、唐揚げ一つでもう胸が苦しくなるのだ。
「藍野、若いんだからチキン南蛮とかポテトとか食ってくれ〜!」
先輩が少しずつ大皿をこちらへ寄せている。
「だめですよ、俺だってもうキツいんですから」
なんとか阻止すべく、皿に添えたゆびに力を入れる。
「よし、ここは正々堂々ジャンケンといこう」
「良いですね、普段の恨みをここで……!」
「え、待ってくれよ。俺に恨みあるの?藍野。来週1on1とかしとく?」
「いや別にないですよ」
「びっくりするからやめろって〜あ、生一つ……二つください」
通りがかりの店員さんを捕まえてビールを注文する先輩。
今日はペースが早いなぁ……ん、二つ?それってもしかして俺のか?
「先輩、俺まだ半分くらいビール残ってるんですけど」
ジョッキを持ち上げて彼に見せつける。
黄金の波が円状の小さな海に巻き起こった。
「半分はもうないってことだろ?」
とんでも理論すぎる。満杯以外は延々と注がれ続けるじゃねぇか。
「今の時代、アルハラですよ!」
「いつもお前と飲んでるから加減はわかってる、大丈夫だ」
一体誰に対して何が大丈夫なんだ。
普段は表情一つ動かさずに請求書とにらめっこしている先輩が、飲みの席ではこれだもんなぁ。
積極的にとまでは言わないが、やっぱり誘われたらご飯くらい一緒に行った方が得すると思うのだ。
「じゃあ揚げ物ジャンケンしますか」
「昔は欲しくて仕方がなかったが、今となっては……なぁ?」
「それは言わない約束ですよ」
夫婦喧嘩は犬も食わないなんて言うが、おっさん達が揚げ物を押し付け合う絵面も相当きついだろう。
「「最初はグー、ジャンケンポン!」」
俺がパーで先輩はグー。よし!なんとか油に胃を支配される未来は避けられたな。
「ふぅ〜勝利の美酒うめぇ〜〜!」
煽ることも忘れない。
これは勝者の特権、いわば歴史を綴るのと同じようなものだ。
「容赦ないな……人の心とか」
「こんなに優しいのに」
大皿をスッと先輩の前へ寄せる。
「どこがだよ!……わーったわーった!食べりゃいいんだろ食べりゃ」
もりもりと唐揚げを口に含んではビールで流し込む先輩。
潔いな……経理課は他の部署にも強く言わねばならないことが多い、やはりそういう時にも思い切りの良さが必要なんだろう。
急に二杯も飲んでしまった(飲まされた)アルコールのせいで、頭の回転が鈍い気がする。
さてさて先輩とずっと話すのもいいが、ここは他部署にも目を向けるのもいいだろう。
経理課にいる限りはいつだって話せるのだから……経理課にいる限りは。
一通り愚痴を吐き出し合うと、先輩は他の課に挨拶してくるわと言いながら、ジョッキだけ持って席を立つ。
あ、そういえば、せっかく押付けた揚げ物が……!
いつの間にか俺の周りには人が少なくなっていた。
飲み会あるあるだよな、こう一瞬凪というか、誰にも見られていない瞬間が横切るのは。
「やっほ〜〜!藍野、飲んでる?宣言通り来たよ〜」
前言撤回、少なくとも一人には見られていたようだ。
さっきまで先輩が座っていた場所に腰を下ろしたのは、ご存じ人事課の花巻だ。
「おう、飲んでる……というか飲まされてた」
「あー、あの人かなり飲むもんね。ってか会社と雰囲気違いすぎでしょ」
「あれ花巻、先輩のこと知ってるのか」
「昔何かの飲み会で一緒だったことあるんだ」
流れるようにメニューに目を走らせて、彼女はドリンクを注文する。
やっぱり人事課となると個人的なことから噂まで、幅広い人の情報を握ってるんだなぁ……逆らわんとこ。
「お前もペース中々だな」
「今日くらいは飲まないと!会社の奢りなんだし」
そう言って彼女は、早速運ばれてきた梅酒を俺のジョッキにコツンと当てると、迷わず口をつけた。




