第24話
目を開けると、見慣れた天井が視界いっぱいに広がった。
サーッと流れる冷房の風。
揺れるカーテンから漏れた光が、今がまだ昼間だと言っている。
中華料理屋に行く夢を見た。
目の前に並べられるチャーハン、エビチリ、回鍋肉、そして……餃子。
なんだか頬が湿ってる気がする。
あれか?美味しそうな夢見てヨダレでも垂れたか?
だとしたら俺の身体、欲望に正直すぎるだろ。
ハッとしてスマホを手に取る。
なんか食べたいものを鳴宮から聞かれていた覚えが……あれは夢か?現実か?
チャットに記された「ぎょうざ」の四文字
なんつー返信をしてるんだ俺は。しかも鳴宮はそれに「やってやんよ」とばかりに力こぶを作ったうさぎのスタンプを返してきてるし。
これは……迷惑を掛けてしまったな。仕事終わりに買ってくるぞ、あいつ。
ただ、餃子が食べたくなってきたのも事実。
しかも朝起きた時より元気になった身体は、美味しいものをご所望のようだ。
胃さんも「そうだそうだ!何か食わせろ」と抗議の声を上げている。
何はともあれ起きたなら水分だ。寝汗でしっとりした髪に指を入れながら立ち上がる。
寝室のドアを開けて廊下へ出ると、照明がパッと点いた。
そこで違和感。
あれ?物音が聞こえる……。
恐る恐るドアを開ければ、肉の焼けるいい匂い。
「あれ、起きたんだ藍野くん!」
キッチンからひょこっと顔を出したのは我らが妻、鳴宮。
いや待て。
どうしてこいつが家にいるんだ……?
慌ててスマホを見れば、画面には11時30分の表示。
「熱はどう?」
俺が声をかける間もなくトテトテと近付いてきた彼女は、なんの躊躇いもなく額に手を当てた。
顔に熱が集まる。
身を引こうにもいつの間にか腰に添えられた手が身体の自由を奪う。
「まだ熱あるじゃない、寝てなきゃだめよ?それとも〜〜」
それはお前のせいだ、なんて言えるはずもなく。
誘うかのように延ばした語尾、いつか見た艶やかな笑みが視界を覆う。
こっちが弱ってる時に限ってそんな顔するなよ。鼓動が走り始める。
あぁでも、段々と彼女の思考が読めてきた。それがどうにもくすぐったくて。
「そうだよ、リビングに来れば鳴宮に会えるかなって」
「私に会えるか……へ……!?」
「だからそうだって言ってるだろ」
「どうしたの藍野くん!やっぱり最近ちょっと変よ?いや、変って言うのもおかしいか!私的にはハッピーだし!もしかして熱ある?あ、あるのか!ちょっと座ってて、餃子包んだんだから!」
両手を上にあげてわたわたと歩き回る鳴宮。
どうやって息継ぎなしで今のを話したんだ、しかも噛まずに完璧に。
「慌てた人が近くにいると自分は冷静になる」という説がまことしやかに囁かれているが、どうやらアレは本当らしい。
顔に集まった熱がゆっくりと引いていく。
簡単な話、自分の胸に芽生えた気持ちを認めただけのこと。
でもそれは他の人、ましてや本人に伝えるにはあまりにも淡くて不定形で、まだ口にできそうにない。
「なぁ、俺が寝ぼけて送ったチャット見て作ってくれたんだな」
フライパンに餃子を並べる鳴宮に後ろから声をかける。
アップにした髪から覗くうなじ、後れ毛がピーンと張っている。
数秒の沈黙、彼女の肌が橙、赤とグラデーションに彩られていった。
どうやら今度は俺のターンらしい。
普段はぐいぐい来るくせに、やり返されると弱い。
「えぇ、普段わがままを言わない旦那様が珍しく餃子を食べたいって言うなら、つ、妻として叶えてやろうじゃない」
「ありがとな、寝て起きたらしっかり餃子の口だったわ」
「なんだかあなたが素直だとこっちがやりづらいわ……」
「今まであんなに『素直になったら?』って言ってたくせに」
「うーーー、いいの!いいから病人は座るか寝るかしてて!」
鳴宮は顔を背けて口をもにょもにょ動かして顔を逸らした。
その仕草がかわいらしくて、もう書類上は自分のもののはずなのに、誰にも渡したくないだなんて胸の奥が引っ張られるような感覚を覚える。
きっと熱が出ているせいだから。
心の中でそう唱えて、フライパンと蓋で両手が塞がっている鳴宮の髪に手を滑らせた。




