85話 種明かし
旋風が顔を真っ赤にして丸盾を捨てると、腰の短剣に左手を持っていく。
するとバンブロック。
『〈マジックバックから出さなくて良いのか?〉』
その意味を知っている旋風は、さらに怒りが込み上げてくる。
『〈ウガアアアアッ〉』
吠えながら短剣を引き抜き、バンブロックに向かって来た。
縦に横にと短剣を振り回す旋風だが、完全に怒りに任せた攻撃なため、剣筋の予想は簡単だ。
それに利き腕では無い左手での攻撃など、恐るに足らずであった。
バンブロックは余裕で避けまくる。
その頃になると、観客席がざわつき始める。
元ランクAの人気剣闘士が、こんな姿を見せるとは思っても見なかったからである。
バンブロックが大きく振り被る。
そこへ旋風の短剣を持った左手が伸びてきた。
そこへ待っていたかのように、グラディウスが振り下ろされた。
短剣を握った左手が、ボトリと地面に落ちる。
少しの間をおいて、悲鳴が闘技場に響き渡る。
『グアアアァッ』
痛みに耐えつつ数歩下がるも、旋風は義手をバンブロックに振りかざす。
『〈俺はまだ活躍出来るんだ……あの栄光を手に……〉』
何かつぶやきながらも、バンブロックに向かって来る。その執念に驚きながらも、バンブロックはグラディウスを突き放った。
突き出されたグラディウスは、旋風の胸の真ん中に刺さる。
旋風の目がカッと開く。
そして刺さったグラディウスに、ゆっくりと視線を移すと、悔しそうな表情を浮かべる。そしてそのまま力尽きて崩れ落ちた。
静まり返る観客席。
観客の誰もが、旋風が負けた現実を信じられないのである。
そこでバンブロックは、旋風の義手をねじり出す。
ねじり切ろうと言うつもりではなく、腕から義手を外そうとしているのである。
バンブロックは義手を取り外すと、外した右手を指差す。
『〈こいつの右手は義手じゃない。見ろ、ちゃんと右手はあるだろ〉』
確かに義手をしていた右手は健在だった。
観客の誰もが『なぜ?』という顔をするが、そんな反応は無視して話を進める。
次にバンブロックは取り外した義手を割って見せ、その中身をさらして見せた。
中にはブレードを飛ばす装置と、小さな袋が入っている。
『〈観客共、これを見ろ。何だか分かるか?〉』
その小さな袋を指差すバンブロック。
『〈これはマジックバック、拡張袋とも言う魔道具だ〉』
マジックバックとは、見た目よりも容量が大きい魔道具である。魔術により中身に入る容量を増やした魔道具で、増えた容量により値段も変わる。
バンブロックの話は続く。
『〈このマジックバックに、何種類かのブレード隠し持っていたんだよ。それを取り出しては、中に仕込んだ装置で射出してたって訳だ。つまり魔術なんかじゃなく、魔道具を使った仕掛けを魔術だと言い張ってたんだよ〉』
そう言いながらも、マジックバックからブレードを取り出して見せる。
バンブロックは試合中に、義手に割れ目が出来て中身が見えた時、自分の考えに確信を持ったのである。
魔術だと言うのに詠唱は無いし、義手の中身が白く輝いて見えたのも変だった。初めから違和感は感じていたのだ。
魔術が使えるのと使えないのとでは、周りの見る目が違う。魔術が使えるだけで、周囲からは尊敬され羨ましがられる。
特に剣闘士の様な見世物の世界では尚更だ。
観客を騙してまで人気を得ようとるのも、仕方無いとも言えた。
しかし何より、決められた武器以外の使用は禁止されている。この義手もギミックを隠してたことにより、無許可での使用という判断になる。それに魔術でない毒の使用も、許可がないと駄目だ。つまり反則行為だった。
種を明かされ驚きを隠せず、観客席は喧騒に包まれる。
審判団も試合終了のドラムを鳴らすのを、忘れるほどだ。
そしてバンブロックは説明を終えた所で、手にした義手を、投げ捨てて歩き出した。
もちろん出入り口へ向かってだ。
その背中にバチバチと拍手が送られる。
初めは数人だけだったが、バンブロックが一歩進むごとに拍手は増えていく。
その後には“幼女の専門家”コールが始まった。
そして観客席が拍手と歓声で荒れ狂い始めた頃、やっと試合終了のドラムが鳴った。
バンブロックはそれをBGMにして、闘技場から退場するのだった。
バンブロックの完全勝利である。
だがバンブロックの輝くグラディウスは、どうなるのだろうか。魔道具という事を隠しての使用である。ただし魔道具と知らなかったと言えば、真偽の判断はつかないと思われる。
通常は、専門の技師が色々な道具を使い、時間を掛けて魔導具の判定をするのものであって、素人が見たり使ったりして判別など出来ない。
そもそも魔導具のギミックを知らないと、それが魔導具でも発動しない。たまたま輝くグラディウスが、発動しただけなのである。
そうなると輝くグラディウスはルール的に、グレーゾーンといったところか。
控え室に戻ると、他の剣闘士達が畏怖のこもった視線を向けてくる。
今までもそこそこ一目置かれる立場にはなっていたバンブロックだが、今まで以上の扱いなのは間違いない。
特に試合前に会話した馬系獣人などは、部屋の隅で縮こまったまま、視線を合わそうとしない。
それは旋風という剣闘士がそこまで強者で有名であり、そんな奴にバンブロックが勝利したからである。
しかし旋風は元ランクAであって、今はランクBの剣闘士だ。単にランクBに勝ったに過ぎない。それがコロシアム管理者側の考えだった。
つまりコロシアム管理者にしたらバンブロックは、人気はあるが所詮ランクBという位置付けである。
ただバンブロックが養成所に帰ると「あの旋風に勝利した」と、大騒ぎとなった。
まるで偉業を達成でもしたかのようだ。
これもウマッハが、大儲けしたからに他ならない。そして養成所に“箔”が付いたからである。
その夜は広場に露店を並べての、お祭り騒ぎとなった。
バンブロックにも、特別手当を含んだファイトマネーが支給された。なんと1,800ガジャである。
そういった金は娼婦へと消えていくのが、剣闘士としての通常の金の使い方なのだが、バンブロックは違った。
情報を得る金に使ったのだ。
そもそもププやモナの目が怖くて、娼婦に金を使うことも出来ない。バンブロックにそんな勇気はなかった。
情報屋は日用品を売る露店のオーク店主なのだが、求める情報内容にも気を付けなくてはいけない。
情報屋と言っても、所詮はグリーンスキンだ。下手な質問をして密告されたら、たまったものではない。
バンブロックは慎重を期すため、獣人のモナに交渉を頼んだ。人間だと怪しまれやすいからだ。
まずはこの街が、何処にあるのかである。
大陸の何処にあるか分かれば、人間領との位置関係も分かる。
一番良いのは地図の入手だ。本当はグリーンスキンの駐屯地や、見張所等を知りたいのだが、それはあまりに露骨過ぎる情報なので聞けない。
まずはこのバドの街が、大陸のどの辺りに位置するのか、大まかに地面に描いてもらい、後でモナに説明してもらった。
しかしモナから話を聞いたバンブロックは、頭を垂れて落胆した。
バドの街から人間領内への道のりは、徒歩で行く逃走経路としては遠過ぎたからだ。脱走するには獣車が必要だった。
だがそれが分かっただけでも、十分に収穫である。
バンブロックは前金として、この情報に全財産を渡していた。
そして次回、地図を持って来て貰える事となり、その時にはまた新たな金が必要だとモナに伝えられた。
情報にはやはり金が掛かるのである。
バンブロックが娼婦テントの方を物欲しそうにじっと見つめていると、モナが激しく突っ込む。
「おい、ロック。何処を見てんだよ」
「い、いや、ちょっとな……」
「ひとつ言っておくがな、あそこの娼婦を利用した奴はな、高確率で病気を移されるらしいぞ。それで一週間後には、それが原因でモゲるって噂だぞ……知らんけど」
「じょ、冗談はよせよ……」
「なあロック。ちょっと前に、ここのランクEとランクCの剣闘士がさ、試合の負傷が原因であの世へ逝ったの覚えているか」
「ああ、覚えているよ。腹を斬られた2人だよな。ポーション治癒したけど、翌日の朝には逝っちまったな。残念なことしたよな。良い剣闘士だったのに」
「実はあれはな、腹の負傷が原因じゃなかったんだよ、知らんけど」
「何が原因だったんだよ」
「モゲたらしいよ」
「はあ?」
「あの2人な、その前の週にあの娼婦テントを利用したんだってよ。それでモゲたって噂だね」
「う、嘘だろ……」
「……し、知らんけど」
バンブロックの背に冷たい汗が流れた。
次回投稿は土曜日の予定です




